4・懺悔する令嬢、抱き締められる
神官のハルモニにエスコートされて辿り着いた教会は、確かに以前とは見違えていた。
ほこりっぽさも無くなり、長椅子も教壇も綺麗になっている。ステンドグラスも磨かれ、差し込む夕陽によって輝いていた。
「本当に見違えましたね……」
「ありがとうございます」
「どうして今まで無人だったんですか? 大教会からも離れていないのに……」
周囲を見渡して人影を探しつつ、神官に尋ねる。内心は緊張と期待でいっぱいで、気を紛らわせないとどうにかなってしまいそうだった。
フィーネの質問に、神官はステンドグラスを見上げて笑う。その目が酷く冷たいもののように見えたのは、気のせいだろうか。
「この教会は”象徴”なんですよ。建物だけで神官がいない。それこそに意味があるのです」
「……? でも転属されてきたんですよね?」
「ええ。私も抵抗したのですが、脅されて仕方なく。──ほんと、なんでクソジジイの色恋に付き合わされなきゃなんねぇのか」
「え?」
「いえ、独り言ですのでお気になさらず。さあ、懺悔室はこちらですよ」
恋……とかなんとか聞こえたような気がするが、神官が独り言だと言うならそうなのだろう。
そんな事より、とうとう懺悔室まで来てしまった。今にも口から心臓が出てしまいそうだ。
頬を赤らめて両手で口を塞ぐフィーネに、神官は優しく声をかける。
「おや、具合でも悪いのですか? 仕方がありません。今日はこの辺りで──」
「──ハルモニ」
「!」
「よければお入りなさい、お嬢さん」
低い声。夢の中の「彼」とは違う、明らかな大人のもの。
それなのに胸が苦しい。苦しいのに、ずっと聞いていたい。
フィーネは誘われるように懺悔室へ足を踏み入れる。背後で扉が閉められた。
中央には椅子が置いてあり、ランプの光が薄暗い部屋を照らしている。隔てられた向こう側は、細かい木の格子が邪魔で何も見えない。
けれど、
「どうぞ、おかけなさい」
「──」
「お嬢さん?」
「……フィーネと……呼んでくれませんか」
いけない、とフィーネの中で誰かが叫ぶ。それが前世の自分なのか、今の自分かは分からない。
けれど一度羽ばたいてしまった鳥は、止まることを知らない。
長い沈黙。
根負けしたのは相手の方だった。
「──フィーネ」
「……っ」
涙が、溢れる。
フィーネは、ついに──見つけてしまった。
「わ、私…っ、」
「……」
「私、ずっと──ずっと、探していた人が……いたんです。婚約者も、いるんです」
フィーネはただひたすらに、「彼」に恋をしていた。
けれどそれはあくまで「前世」のフィーネだったのだと、今なら分かる。
「それなのに、私──っあ、貴方を、好きになってしまった…っ!」
この人は「彼」ではないかもしれない。
そもそも婚約者がいるのだから、前世のことなど忘れなければならないのに。
その全てを裏切って、今世のフィーネは恋をしてしまった。会ったばかりの、この人に。
前世の相手など見つからなくていい。婚約者なんて要らない。
この人だけが欲しいと、芽吹いたばかりの感情が叫んでいる。
「ごめんなさい……っ、ごめんなさい……!」
突然こんな事を言ってしまって。
待っているかもしれないのに迎えに行けなくて。
婚約者にふさわしくなくて。結局、両親や領民に迷惑をかけてしまう。
フィーネは泣き続ける。
嗚咽が部屋の中で嫌なくらい響く中、向こう側で席を立つ音が聞こえた。
「────座りなさい」
「っ、」
「座って、ランプの明かりを消して、目を閉じているんだ。──すぐに行く」
先程までの穏やかな口調とは違い、少し早口でどこか荒々しい。そのまま部屋を出てしまう。
怒られるのかもしれない。けれど不思議と恐くはなかった。座ってからランプの火を吹き消し、目を閉じる。
彼が言った通り、すぐに背後の扉が開き──強く、抱き締められた。
ふわりと香る、柑橘に似たこの匂いを、フィーネはよく知っている。
「例え義父君が──大地に住まう者全てが許さなくとも、私が許す。君は何も間違っていない、フィーネ」
「っ、貴方は……、」
耳元で囁かれる声は、酷く甘い。
フィーネを愛してくれている両親でも、こんなに煮詰めた声で呼びはしない。
「今はまだ明かすことは出来ない。面と向かって会う事も。──君を迎えに行くために必要なんだ、すまない」
「……迎えに、来て……くれるの?」
「勿論。私は君のもので、君は私のものだ。──もう少しだけ待っていてくれ」
抱き締める手に触れれば、握り返される。皺の多い手が、こんなにも愛おしい。
フィーネは何度も何度も頷いた。いくらでも待つ。きっと彼も、ずっとフィーネを待っていてくれたから。
「うれしい……私、貴方にもう一度恋をしたのね」
応えるように「彼」の抱き締める腕が強まった。