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1・落としたい天使、落ちたくない皇子

『今から五百年前、神は告げた。”これより百年に一度、私の子を大地に降ろす。子が心から愛する者と出会い、心から愛された時、子は人となり、愛した者に奇跡を授け、大地に祝福をもたらす”』


 白モクレンの木の下に、一人の少年が腰を下ろして本を読んでいる。

 ここからでは彼の金の髪とたくましい肩、白手袋をした手とスラリとのびる足くらいしか見えない。

 しかしフィーネは知っている。彼の顔の上半分は仮面で隠されていて、そこから覗く瞳が金色であることを。


『人間は神の子を天使と呼び、最初に降りた天使は自分によって起きた戦を嫌って天へ戻り、二番目に降りた天使は自分へ向けられる欲望を恐れて天へ戻った。三番目と四番目も相手すら見つけられなかったと、そう記されている』


 凛とした、響く声。木の上に器用に寝転がったまま、うっとりと耳を傾ける。

 そのままゆっくりと瞼を下ろしていき、閉じる寸前で彼がこちらを見上げ、目が合った。


『君がその五番目ということか? フィーネ』

『……』

『寝るな、フィーネ』


 自分の名が、彼に呼ばれるだけで酷く特別な調べに聞こえる。

 せっかく彼がいるのに眠るなんて勿体ない。でも構ってくれるのが嬉しくて、つい意地悪をしてしまう。


『もっと呼んで、フェロー』

『……フェローチェだ』

『これからたくさん呼ぶのよ? 短い方がいいわ』

『勝手に決めないでくれ。──私は君を選ぶつもりはない』


 そう言うと俯いて黙ってしまったので、フィーネは羽を出して木から降り、後ろから抱きつく。フェローは油断していたらしく、勢いのまま二人共々倒れこんだ。

 こうしていると、彼と初めて会った時のことを思い出す。


『”見つけたわ、私の愛おしい人”』

『──相変わらず人の話を聞かないな、君は』


 身体を起こしたフェローにすぐ引き剥がされる。見上げれば、彼の仮面で隠れていない部分が真っ赤になっていた。

 最初は怒っているのかと思っていたが、どうやら照れているらしい。それでも、フィーネはよく分からないが。


『何度も言っているだろう。女性がそう気軽に触れてくるものじゃない。特に君は胸が──いやなんでもない』

『姉と妹には気持ちいいって評判なのに。フェローも気持ちがいいでしょう?』

『なんで君は人が失言をした時だけちゃんと聞いているんだ? それにその言い方は誤解を招く』

『貴方が私のものになってくれなくても、私は貴方のものだもの。遠慮なく使って気持ちよくなって?』

『だからその言い方は──もういい』


 ため息を吐き、フェローは本を拾って立ち上がる。そろそろ「休憩時間」が終わるようだ。

 前に彼から聞いた話では、ここは「学園」で、フェローは「生徒」として「勉強」をしに来ているらしい。今は「休憩時間」で、それが終わればまた「勉強」して、日が暮れたら「城」に帰って「執務」があるのだとか。

 フィーネはよく分かっていないが、彼がとても忙しい事は知っている。寂しいが、引き留めてはいけない。

 彼はまだフィーネのものではないのだから。


『──また会いましょう、フェロー』


 初めて会った頃に比べれば、会話をしてくれるようになっただけでも充分な進歩だ。

 それが一歩どころか半歩だったとしても、彼がお爺さんになる頃にはフィーネに夢中になってくれるはず。


『……』

『フェロー?』


 いつもならすぐに立ち去ってしまうのに、なぜか彼は立ち止まったまま動こうとはしない。

 声をかけてようやく二歩ほど歩いて、また止まってしまった。


『──今日で半年だ。君と会ってから』

『はんとし……?』

『……そう短くはない時間を君と過ごしたという事だ。君の気持ちには応えられないが、天に戻るつもりがないのなら、君が大地で生きていけるように手を尽くそう。大地に生きる一人であり──帝国の皇子として』

『???』

『…………君に、この世界のことを教える。なるべく時間を作って、会いにくる』

『本当!?』


 なんて今日は素敵な日なんだろう。

 沸き立つ歓喜に身を任せ、フィーネはフェローの背中に飛び付いた。


『嬉しい! 大好き!』

『~~っだから抱きつくな! 胸が、胸が当たっている!!』

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