16・逃げ出した令嬢、再会を果たす(前)
フィーネはずっと、フェローに隠していたことがある。
いつも懺悔室で別れた後、ハルモニにトイレへ行くと嘘を吐いて、とある部屋へ寄っていた。その部屋の扉には鍵がついていたが、かかっていたことは一度もない。
最初に泣き疲れて寝てしまったフィーネが目を覚ました部屋であり、寝落ちしてしまったフィーネが運ばれた先もこの部屋だった。尋ねたことはないが、この部屋が誰のものなのか気付いている。
スン、と息を吸えば、彼がいつも付けているモクレンの香水の匂いがした。皇都に行った時に探してみたものの、同じものは見つからなかった。
ベッドの上のシーツを剥いで、頭から被る。そうすると彼の匂いに包まれて、抱き締められているような心地になるのだ。
クローゼットに入っている神父服でも試してみたが、やはりこれが一番手っ取り早い。フェローと触れ合えない寂しさを少しでも補いたいがための行為だったが、今ではもはや精神安定剤──どころか麻薬の域に入ってしまっている。
自分が今どういう状況かも忘れてウットリしていると、部屋の外から扉が叩かれた。
「──フィーネ。そこで何をしているんだい?」
「!」
フェローの声に、フィーネはようやく我に返る。逃げなければならなかったのに、つい癖でフェローの部屋に入ってしまった。
慌てたフィーネはシーツを頭に被ったまま、なぜか枕まで抱えだした。
「フィーネ、いるんだろう?」
「っ、な……何もしてないわ!」
「本当に? シーツを被ったり、枕に顔を埋めたり、私の服を着たりしていないかい?」
「どうして分かるの!?」
「君の香りがするんだ、分からない訳ないだろう。君が楽しそうにしているから目を瞑っていたけどね」
「盲点だったわ……」
フェローの匂いを満喫すればするほど、フィーネの匂いが残っていたという訳だ。気付かれていないと思っていたが、最初からバレていたらしい。
だったらもう開き直るしかない。フィーネはベッドに横になって枕に顔を埋めた。乙女なので自分の体臭が心配になったが、最後になるかもしれない機会を無駄にしたくはない。
「さて。どうして逃げたりしたんだ? 私に怒られると思ったからかい?」
「ふももふも……?(怒られる……?)」
「ああ、やはり分かっていないんだね。後でそれはお仕置きするとして、それで?」
「えっ? ええと、その、」
「入るよ」
「だ……ダメ!」
なんだか不穏な事を言われた気がするが、ドアノブが回る音が聞こえたので慌てて止める。シーツを被ったままなのでよく見えないが、扉は開いてしまったものの部屋には入ってきていないようだ。
ぼんやりと見えるフェローを見つめたい気持ちを抑え、ギュッと目を閉じる。
「どうして入ってはいけないんだい? ここは私の部屋なんだが」
「そ、そうだけど……あ、危ないわ!」
「危ない?」
「襲われてしまうわ!」
「君が私に?」
「貴方が私によ!」
だってもう、堪えられない。好きなのに触れられない。顔を見ることも出来ないなんて。
それなのに好きな気持ちだけがどんどん増えていく。こんな事になったのは全て自分のせいで、フェローが悪い訳じゃない。そうずっと我慢してきたけど、もう限界だ。