14・花が咲く令嬢、婚約者を思い出す(前)
ついに。
ついに、この時が来てしまった。
フィーネはベッドから起き上がった状態のまま、ぼんやりと前を見つめていた。
フェローの悲しすぎる過去と、想いを通わせた二人。
そして。
「キス……」
自分の唇に触れる。
体温が少し上がった気がした。
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放課後。フィーネは二階のカフェテラスに居た。
フェローが毎日世話をし、フィーネも会いにいっているモクレンは、既に二人の背丈を越えて成長を続けている。
「聞いているのか? フィーネ」
いつもなら直ぐに教会へ向かっているフィーネだが、昨日の夢が夢だけにフェローに会うのを躊躇っていたら、婚約者に捕まってしまった。
隣国モデラートと接した広大な領地をもつクルツ辺境伯の次男、ユーベルト・クルツ。
「あら、すみません。何かお話になりました?」
「……フェルマータ侯爵と知り合いだったのか、と聞いたんだ」
「フェルマータ侯爵?」
知り合い以前に名前すら聞いたことがない。
首を傾げるフィーネに、婚約者は苛立つようにテーブルを指でコツコツと叩いている。普段は温厚な彼にしては珍しい。
「君のような田舎貴族じゃ知らないだろうが、高位貴族では有名な話だ。初代のフェルマータ侯爵は帝国が皇子の不祥事で荒れた際、皇族の代わりに建て直しただけではなく、その手腕で他国を説き伏せて神殿を設立した。領地も屋敷も持っておらず、銀行に預けてある莫大な資金も手付かずのままだというのに、時代の節目には必ず皇帝の前に姿を現す”亡霊侯爵”」
「まあ……そんな方が」
神殿を建てたという事は、誰かの配偶者だろうか。少なくともフィーネが降りた時代にはなかったので、それ以降に建てられたはず。
昔の事を考えれば、神殿のお陰で随分と便利になり、フェローともすぐに再会できた。天使の一人として是非ともお礼を伝えたい。ハルモニかフェローなら何か知っているだろうか。
ついまたぼんやりしていると、再び婚約者に名前を呼ばれてしまった。
「その”亡霊”が君との婚約に横やりを入れてきたんだ。父と兄が慄いていたから一喝してやったよ。”君との婚約は皇族によって結ばれたもの。白紙にすれば皇太子の護衛騎士になる俺の忠誠心を疑われる”とね」
「皇太子……? ユーベルト様は第二皇子の護衛騎士じゃありませんでした?」
「っそんな事も知らないのか!? 君の愛しのグラード元皇太子は廃嫡され、妃共々離宮に幽閉された! それによってレガート様が皇太子になったんだ!」
「すみません、もう関わりたくなかったので……」
元々、周囲に対しての関心もない。元皇太子の結婚も、領地中に新聞を振り撒かれてようやく知ったくらいなのだ。
そういえば城に大きな雷が落ちた頃、周囲がそんな話をしていた気もするが、関わりたくなかったので聞き流していた。
「それに、その件は誤解だと何度もお伝えしたはずです」
「初恋の人に似ていたとか言う話か? 信じるわけがないだろう。元皇太子の弟のレガート様でさえ似ていないのに」
そう言われても、素顔のフェローと本当に似ていたのだから仕方ない。今なら新聞に見入ってしまった理由がよく分かる。
しかし瓜二つなのは容姿だけで、纏う雰囲気も姿勢も人と話す態度も全く違った。一目見てすぐに帰ったのに、まさか婚約させられることになるとは、本当にフェローに申し訳ない。