11・天使と皇子は愛を知る(前)
『フィーネ?』
『……』
『どうした? なぜ降りてこない』
フィーネの大好きな彼。心地よい声。
でも今は会いたくないし、聞きたくもない。
『フィーネ』
『…………放っておいて』
彼が悪いわけではない。フィーネが何も分かろうとしなかっただけ。
想い続けていれば必ず叶うと、勝手に思い上がっていただけ。
『放っておける訳ないだろう? 一体何が──』
『婚約者がいるって、どうして教えてくれなかったの?』
『…………見ていたのか』
ほんの好奇心だった。彼が帰った後、こっそり城までついていったのは。
馬車から降りたフェローは仮面を外していて、フィーネが見惚れる間もなく、一人の女性が駆け寄った。
”殿下!”
”──やあ、愛しのテヌート。迎えに来てくれたのか”
”婚約者ですもの、当然ですわ”
貴族はしがらみがたくさんあり、政略結婚が多いことは聞いていた。ただの婚約者なら、ここまでショックを受けなかった。
フェローの彼女を見る瞳は、明らかに違った。ずっと見ていたから嫌でも分かってしまった。
フィーネは姉妹の真ん中で、いつも放っておかれていた。
姉も妹も大好きだったけれど、自分だけを愛してくれる人が欲しくて大地へ降りた。
初めて彼に会った時、この人だと思った。愛情に飢えた、愛情深い人。
彼をたくさん愛してあげたい。彼にたくさん愛されたい。そう強く願った。
それなのに。
『……言ってくれたら、諦めたのに。半年も……無駄にしたわ』
諦めたくない。この半年と少しの間で、もっと好きになってしまった。
嘘なんて吐きたくないのに、それでも真実を知ってしまった今、彼に好意を告げても困らせるだけだ。
涙が溢れる。泣いたのは幼い頃以来だろうか。もしかしたら初めてかもしれない。
沈黙が続いた後、フェローがポツリと呟いた。
『──すまない』
『、っ』
『君に知られる事が怖かった。不義理だったのは認める。だが──私を諦める事だけは許さない』
そう言うなり、彼はモクレンの木を登り始めたかと思えば、フィーネが呆けている間にすぐ隣までやって来た。
我に返って慌てて逃げ出そうにも、強い力で抱き寄せられてしまう。今までそんな風に触れてきたことなどなかったくせに。
『は、離して!』
『逃がさない』
『私の事なんて好きじゃないくせに!』
『好きだよ。たった今自覚した』
『…………え?』
抵抗を忘れて顔を上げれば、フェローと目が合う。
仮面を外した彼の瞳は、昨日よりもずっと蕩けているように見えた。
『──好きだ、フィーネ。どうか俺を選んでくれ、愛おしい人』
彼の唇が重なる。
初めてのキスは、涙の味がした。