10・恋する令嬢、空回る(後)
前回は貴族令嬢らしいのではと恋文をしたためてみたものの、あまりに長すぎて伝書鳩に逃げられてしまった。天使だった頃の名残か、動物の感情がなんとなく分かるのだが、長すぎる手紙にトラウマを抱えているらしい。
そもそも近くにいるのだから自分で届ければいいのだと教会へ向かい、会いに来たのだから直接伝えようと手紙を読み上げた。あまりに長すぎて途中で夜になってしまい、神官に「これ以上は(ジジイが)危険なので…」と手紙を取り上げられて寮へ帰らされた。
次の日に続きを読み上げようと教会へ行ったが、フェローは手紙に対する感謝を告げるばかりで、絶対に返してくれなかった。
「刺繍……はダメね。子供の頃に白いハンカチを真っ赤にして両親に止められているの」
「そうだね。聞いているだけで卒倒しそうになるから、絶対にやめてくれ」
「手作りのクッキーを贈ろうとしたのに、ほとんどお母様に作ってもらったし」
「型抜きとラッピングは君がしたんだろう? 美味しかったし、可愛かったよ」
「もう、甘やかさないで!」
貴族令嬢になれば何でも出来るという訳ではない。それぞれ練習する努力や才能が必要なのだろう。
あの頃よりずっと賢くなれたはずなのに、あの頃の自分を越えられない。今の方がずっとフェローの事が好きなのに。
「──フィーネ。私のために何かしようとしてくれるのは嬉しいが、私は君が傍に居てくれるだけで充分幸せなんだ。少し前までは、こうして会話をすることも出来なかったんだから」
「……不安なのかもしれない。天使の力を失ったのに、完璧な貴族令嬢にもなれなくて。私、貴方に何もしてあげられない」
「ははは、何を言っているんだ。君は私を愛してくれる、空を巡る太陽のように。例え沈んでも月を照らす、永久の輝き。──昔も今も、その輝きにどれだけ救われてきたことか」
「お、大袈裟だわ……」
「そうかな?」
昔のフェローはなぜか仮面で顔を隠していたけど、優しいし頭も良くて、なにより帝国の皇子だった。フィーネだけでなく、誰も彼もに愛されていただろうに。
彼が手に入った事こそ奇跡のようなものなのに、フェローはフィーネからの愛を心から喜んでくれる。なんて愛おしい。
前世よりも昨日よりも、どんどん彼の事が好きになる。
「……これからは頑張りすぎないようにするわ。頑張っても頑張らなくても、貴方は愛してくれるんでしょう?」
「勿論。……やめてくれる気はないんだね」
「こういう所も好き?」
「そうだね。大好きだ」
なんだか肩の力が抜けたような気がしたのと同時に、眠気に襲われる。
そういえば徹夜をしていたんだった。例の台詞を考えるために。
「……フィーネ?」
「ごめんなさい、少しだけ……」
ランプが置いてある格子前のテーブルに両腕をのせて、フィーネは完全に寝る姿勢に入った。
令嬢としてはあるまじきマナーだが、こんな自分でも愛してくれるというのだから、今回だけ甘えてしまおう。
「おい、寝るな。フィーネ!」
「私の事は……放っておいていいから……」
「放っておけるわけないだろう!?」
「どうすんだ、ジジイ。辛いなら俺が運ぶけど?」
「彼女に触れるな! ……私が運ぶ」
出来ることなら彼が来てくれるまで起きていたかったけれど、流石にそれは叶わなかった。
今日のお詫びに今度また母にクッキーを焼いてもらおうと、心に決めて。