9・恋する令嬢、空回る(前)
なんだか世界が違って見える。
フィーネが恋をしたからか、フェローという希望を得たからか、その両方なのか。
「──さて。今日は、どういったご用ですかな?」
木製の細かい格子の奥から聞こえてくる声に、フィーネは頬を赤らめる。
フェローはズルイ。姿を見せてくれないし触れさせてもくれないのに、声だけでも容易く人の心を奪っていく。
「……お聞きしたい事があります」
「なんでしょう?」
「その……」
彼ともう一度恋をしたい。前世の自分よりも好きになって欲しい。そう思ったのは事実だ。
しかし時折──なんだかとても恥ずかしい事をしているような気がする。
視線を逸らし、膝の上に置いていた両手をモジモジと動かす。彼は静かに見守ってくれている。
お陰で勇気が出てきて、フィーネは意を決したように口を開いた。
「……あ……」
「あ?」
「赤ちゃんは恋愛対象に入りますか!?」
貴族令嬢は自分から告白しない。遠回しに相手へ好意を伝えて告白してもらうのだ。
既に自分から告白どころか泣き落としまでしてしまったが、それはそれ。
昨夜ほとんど寝ずに考えた渾身の台詞だったが、なぜか相手からの反応はない。
とはいえノーと答えてもいないのだ。もしかしたら良く聞こえなかったのかもしれない。
彼と再会を果たし、俯くのを止めたフィーネは再び口を開く。
「赤ちゃんは──」
「いや、聞こえている。聞こえているから言わなくていい。──すまないが、質問を変えてほしい」
「質問を……?」
「私は恋愛に年齢は関係ないと思っているが、その質問にイエスとは答えられない」
誤解しないようゆっくりと考えて、前向きなフィーネはしっかりと理解した。
「分かりました。ありがとうございます、神父様」
「……本当に?」
「はい。貴方様のようなお年の方でも、赤ちゃんに恋をして頂けると分かってホッとしました」
「だからその言い方はあらぬ誤解を招くと言っているんだ、フィーネ嬢」
「ところで神父様、目の前に貴方に可愛がってもらいたい赤ちゃんが──」
「”フィーネ”」
名前を呼ばれたら、恋愛ごっこは一旦中断。いつの間にか決まっていた暗黙のルールだ。
思うような反応が得られず頬を膨らませるフィーネに、フェローはため息を返す。
「……今度は何を参考にしたんだ?」
「図書館にあった恋愛小説よ。年上の平民教師に貴族令嬢が恋をするの。探した中で一番似ていると思ったのだけど」
「そのまま引用するならまだしも、改変したからじゃないかな?」
「そのままじゃ私の気持ちは伝わらないもの」
「改変しても伝わってないんだよ……」
引用前の台詞は「年下でも恋愛対象に入りますか?」だったが、フェローとの年齢差をオリジナリティとして混ぜてみたのだ。
しかし、そこがよくなかったらしい。貴族の告白は難しい。
「特に最後の台詞はなんなんだ?」
「貴方が言わないから代わりに言ったのよ。”私は赤ちゃんでも愛するよ。おや、目の前に可愛らしい赤ちゃんがいるね”って」
「…………君がどうしてもというなら………いや、やはり無理だ。私のなけなしの倫理に反する。すまない……」
「そうね、貴方は赤ちゃんじゃなくて私が好きなんだもの。嘘を吐かせるのは申し訳ないわ」
「……うん。全然分かってないけど、分かってくれたならいいんだ……」