8・許された令嬢、恋をしたい(後)
「帝国にはツテがあるし、領地だろうが金だろうが交渉材料はいくらでも用意できる。──ここで引いてくれれば、もう少し長生き出来ただろうに。あのバカもコレと比べればマシに見えるな」
「? ええと……交渉は上手くいかなかったの?」
「時間が欲しいとは言われたが、まあ、同じようなものだね。想定通りだから心配することはない。簒奪者になって君を皇妃にするのが一番手っ取り早いんだが、周辺国に影響して君の姉妹に迷惑がかかるかもしれないからね。最後の手段にしておくよ」
「ふふ、貴方も面白いことを言うのね。私に皇妃は無理よ」
「そうかい?」
「ええ。貴方は私だけの王子様でいてほしいもの」
「ブッ!」
ハルモニが吹き出した。やっぱり笑われているのだろうか。変な事を言ったつもりはないが、不安になってくる。
もう黙っていた方がいいのか悩んでいると、向こう側のフェローがガタリと席を立った。
「──フィーネ。十秒だけ耳をふさいでいなさい。すぐに戻る」
よく分からないまま耳をふさいでいると、本当にすぐフェローが戻ってきてくれた。
「すまない、ハルモニのしゃっくりが止まらなかったみたいでね。止めてきたから、もう大丈夫」
「ああ、しゃっくりだったのね。よかったわ」
一度始まるとなかなか治まらないのだ。それを止められるなんて、やはり彼はスゴイ。今度しゃっくりが起きたらフェローに直してもらおう。
フィーネがそんな事を考えていると、フェローが「それで、」と話を切り出す。
「今後、君には毎日ここへ来て、その日にあった事を私に教えてほしい。昔の記憶を見たなら、それも」
「毎日会えるのは嬉しいわ。それで? 他に何をすればいいの?」
「……何も」
「何も?」
「君は顔に出るし、嘘をつけないだろう? まだ計画が気付かれると困るからね。君には悪いが、他の事は私達に任せて好きなことをしなさい」
やっと汚名返上の機会が巡ってきたかと思えば、蚊帳の外に連れていかれてしまった。
原因を作ったのはフィーネだし、フェローの言い分も分かる。寂しいが、それで計画の邪魔をしてしまったら本末転倒だ。
けれど、ここですんなり引き下がるフィーネでもない。
向こう側に見えていないだろうが、ニコリと笑顔を作る。
「好きにしていいのよね? 何でも?」
「……計画の邪魔にならなければね。する前に一言は言ってほしいかな」
「なら私、貴方と恋がしたいわ」
好きなことをしろと言ったのはフェローだ。
フィーネの好きなものなど、前世からずっと変わらない。
「…………もう好きなのに?」
「前世は前世だもの。今の私はまだ貴方のことを全て思い出した訳ではないし、貴方だって今の私を知っている訳ではないでしょう? 私はただの女生徒として、神父の貴方にもう一度好きになってもらうの」
「私は君と会話する度に惚れ直しているのに?」
「そしてモクレンの木の下で結ばれて、二人は前世の記憶を取り戻し、貴方に”昔の君よりずっと魅力的だ”って言われるの!」
「少しは私の話を聞いてくれ」
ただの思い付きだが、なかなか良い案だと思う。両思いだと思うと離れた距離が寂しく感じるが、片想いだと思えば逆に燃える。
前世のフィーネだって頑張ってフェローを手にいれたのだ。今世のフィーネだって自分の力で勝ち取らなければ。
しかし。
「困ったわ……抱きつけないと胸を押し付けられない」
「…………君は清々しいほど変わっていないよ……」
なんだかフェローの声が疲れ果てている。やはり風邪を引いたのかもしれない。
のど飴を贈ろう。貴族令嬢なので、これくらいの気遣いは当然である。