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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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旅立ちの前夜

 いななく涼風が駆けていく。焦土と化した荒野に残されたのは、耳が痛い沈黙だけ。

 突然、刀身の紫炎が噴き上がったと思うと、次の瞬間には消失していた。


「? ヴィレンヴィア…………?」


 怨霊に呼びかけるも、返事はない。いつの間にか、妖刀化が解けていた。


『どうやら、逝ったようだな……』


礙巌がいがん』が刀身からシャルに呼びかける。にわかには信じがたい。自ら意志で昇天する怨霊の話など、聞いたことが無かった。


(……いや、今はいい)


 シャルにはやるべき事がある。結界内を魔力で注意深く走査。しかし、何の存在も確認できなかった。


「よし、帰ろう」


 息が整うと即座にきびすを返し、エブリシュカの背に乗った。途中、双子も拾ってその場を後にする。

 空に舞い上がった後、蠢く触手は、もう見えなかった。


「終わった気がしないな……」


 釈然としない、複雑な心境がゼルティアナの顔に滲み出ていた。その思いは、この場の誰もが共通するものだった。お陰で口数が少ない。


「取り敢えず、聖上の元へ辿り着くまでは油断は禁物じゃのぅ」


 白い顎髭をしごくレオポルド。その考えにシャルは同意し、首を縦に振った。

 蒼穹そうきゅうを翔ける火竜の君。シャルたち前線組は疲労も色濃く、誰も口を開かない。

 最後の抵抗。あれは恐らく、わずかな魂の残滓ざんしがなせるわざ


 あの時ゼルティアナが狙い定められなかったのは、魂の残滓が全ての触手に残っていたから。

 そう考えれば、特定の箇所に狙い定められなかった事にも一応の説明は付く。

 ヴィレンヴィアに燻ぶる呪怨の炎が、それらを焼き尽くした。

 ただ、それで何故、怨霊である彼女が急に昇天したのかまでは分からない。


「――――ま。それこそ、本人のみぞ知るといった所だよね……」


 ここには居ないが。

 エブリシュカの背に乗り、蒼穹を眺めながらシャルは独りごちる。

 その後、一行は一度も会敵することなくイシャード上空に舞い戻って来た。

 神殿の祭壇には、ナハティガルナの他に守護職や冒険者たちが上空のシャルたちに手を振っていた。


(メルティナ……)


 旋回しながら高度を落としていく中で、琥珀色の長髪を風になびかせる舞姫の姿が見えた。

 帰って来た。安堵を浮かべるシャルは、素直にそう思えた。



 その後。この日、デューリ・リュヌ全土を襲った『黎明破曉れいめいはぎょう』の騒動は『青天の乱』として歴史にその名が刻まれる事となった。

 彼らはまるで、青天の霹靂へきれきのように晴れ渡る日に何の前触れもなく突如として襲い掛かって来た事から、その名が付いた。


『青天の乱』の鎮静化に最も貢献したのは十二仙。とりわけ、騒動の最中に現れた超獣を倒した朔夜さくやとゼルティアナ、レオポルドの活躍は数ある功績の中で燦然さんぜんと輝いていた。

 歴史にはナハティガルナの寵児であるシャルディム、クロアを始めとした冒険者の活躍は記される事がなかった。手柄はあくまで十二仙の物とされた。


 そして、誰も覚えていない陽光神イリスコリアスの名は、どこにも存在しなかった。

 したがって、彼らが何故蜂起したかも特に言及されることはなかった。


  〇                            〇


『嘆きの光陰』ルシフェルを倒し終え、既に三日が経過していた。

 連戦に次ぐ連戦を経験したシャルディムたちは翌日を完全休養に充て、神殿の復旧作業は後日改めて開始し、既に二日目。瓦礫がれきの撤去が終わり、後は祭壇の再建を待つだけ。


 しかし年の瀬も近い事もあり、まずは都市の復興が優先された。

 軍人から浮浪者まで。都市に住む人間が総出となって復興が進められた。

 問題は医療。町医者であったプレッツィオは既に死亡。看護師のラーニャと軍医だけではとても手が足らず、医者の大家でオヴェリアの実家であるレピドゥス家からも応援を寄越してもらった。


 物資の輸送といい、人的資源の動員といい、飛空艇の戦艦はこういう時に便利だった。

 といっても、戦闘で中破した戦艦フォルネウスは改修工事の真っただ中だったが。

 今回の騒動で最も厄介なのが、各都市が同時襲撃を受けた事で倒壊した建物を修復するための建材が不足するであろう事が予測できること。


 それに。収穫最盛期にむしの被害を受けたレバトでは、食料の備蓄が今後の懸念材料になるだろうし、経済への影響はこれからかなりの場面で出て来るだろう。問題は山積していた。

 反乱が沈静化されても、日常は続いていく。元の生活に戻るには、長い時間が掛かりそうだった。


 今日も街の復興を手伝っていたシャルディムは夕食も終え、寝間着の黒い甚平に着替えて寝るだけだった。

 最近、メルティナはシャルの部屋に来ていない。したがって、尻尾をモフモフする人間も居ない。


(まあ、それは別にいいんだけどさ……)


 やってくれと、頼んだ覚えはない。成り行きでそうなっただけ。自分に言い聞かせる。

 枕元の明かりを消す直前、ドアからノックが聞こえた。


朔夜さくや様かな?)


 十二仙の三人は、戦闘が終わってもまだ帰ってはいなかった。もっとも、それはナハティガルナも同じだったが。

 ついでに戦艦で物資輸送に来たオヴェリアもまだ滞在している。

 神殿に居座る彼女はまるでメルティナと入れ替わるように、お姉ちゃん面して積極的なスキンシップを図って来た。お姉ちゃん呼びの強要とかでシャルはいい加減、辟易へきえきしていた。


(さっさと帰ってくれないかな……)


 憮然ぶぜんとした顔の下、そんな事を考える。無表情のままドアを少しだけ開ける。いい加減寝たいし、姿を見たらすぐに閉めよう。そう心に決めて。

 ドアの隙間から外を覗くと、そこに立っていたのは意外な人物。


「え? メルティナ…………?」


 驚いたシャルは真相を確かめたくてドアを開け放つ。訪問者は琥珀こはく髪を後ろに垂らした長身の女性であることに間違いなかった。相変わらず寝間着は目のやり場に困る。


「こんばんは、シャル……」


 微笑むメルティナの表情がかげって見えたのは、夜だけではない筈。取り敢えず、他の誰かに見られる前に部屋に招き入れた。

 カーディガンを羽織ってうつむき気味な彼女と並んでベッドに腰掛ける。

 何か話があるのだろう。シャルは無言のまま、メルティナの言葉を待った。


「…………あの」

「うん」


 薄暗い部屋に沈黙が停滞する。互いに壁を見詰めて顔を見ない。

、やがて、意を決したメルティナが向き直って口火を切る。


「……私は明日、ここを出ようと思います」

「え?」


 余りにも意外、そして唐突な申し出に思わずシャルは彼女の顔を見た。暗闇の中で彼女の表情は芳しくない。それでも、その瞳に宿る決意は本物だった。

 別離。何故だかそんな言葉が頭を過ぎり、胸を締め付けて来る。


「あれから、私なりに色々考えました……」


 これからのこと。術式が破壊され、上位精霊を失った心臓のこと。自分の実力のこと。

 今の、神殿での生活に不満はない。孤児院の子供たちの世話や復興を手伝う日々にも、やりがいと充実感を覚えている。


 だが。このままで、本当にいいのだろうか?

 そんな疑問が、ふとした瞬間に脳裏を過ぎる。瓦礫がれきの撤去作業の中、現状に対し言いようのない違和感が首筋を焦がす。

 子供たちと駆け回っている時、はやる焦燥が胸にくすぶった。


「……私は、今まで自分ではそこそこ強い方だと、そう思っていました」


 ――――でも、違った。

 シャルとくつわを並べて戦ううちに、己の実力不足を感じた。さらに自身の術具である心臓、その機能の喪失。不足している実力が、余計に脆弱ぜいじゃくになった。


「このままじゃいけない。純粋にそう、思ったんです」


 現状ではシャルにとって自分は足手纏まといでしかない。そんなのは嫌だ。メルティナは自分自身に納得ができない。

 だからこそ、


「ナハティガルナ様の所で、修行させてもらえることになりました」

「そう、なんだ……」


 シャルは辛うじてそれだけ言葉を絞り出した。他になんて言えただろう。疑問が胸に残る。


「はい……」


 シャルの顔を見詰めるメルティナの顔には、決意が滲んでいた。

 対して、自分はどうだろうか?

 ただ戸惑いが心に波紋を立て、掛ける言葉が見つからない。


「もし………もし、一緒に来てくださいって。私がそう言ったら、どうします?」

「え――っと…………」


 困惑を浮かべ、真っ直ぐな視線に思わず視線を逸らしてしまった。

 シャルは経営健全化のため、神殿を通じて軍や冒険者など種々の組織と約定を交わしている。

 ここを出るとなると、適任者への引継ぎ等々の手続きをしなくてはならない。

 なんにせよ、迂闊には即断答できない立場にあった。


「言ってみただけです」


 忘れてください。その一言でシャルは安堵した。本気だったらどうしようかと。気が気でない。


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