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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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晦冥の雷雲

 朔夜さくやとゼルティアナ。二人の尽力で『嘆きの光陰』ルシフェルを近隣の村々よりも遠く、先刻まで異教の神と激闘を繰り広げてきた荒野に舞い戻って来た。

 しかし、その神はどんな名前でどういう戦いをして来たか、朔夜にはがいまいち思い出せない。ぼんやりと霧が掛かっているように記憶が朧気おぼろげだ。

 ナハティガルナがその神の名前を抹消した影響だろうか。不便な話だ。


(いや、もうどうでもいい……)


 鈍色の翼をはためかせ、六本の四肢で地を駆けるルシフェルに追随しながら大太刀を振るう朔夜さくや

 壁のように隙間なく殺到する触手と触腕。ぬらりと光る光沢は粘液によるもの。それらを掻い潜るごとに飛沫として肌や服に付着して気持ち悪い。思わず顔を顰める。


 この時ばかりは朔夜も、くつわを並べる弓兵をうらやましく思った。

 伸びて来る鈍色の触手群をおとりに、家屋ほどの体躯で機敏に動く双頭の狐は攻撃を当てにくい。


 全く不発という訳ではないが、本体に当たるのは常に桜の花弁による爆炎。響き渡る絶叫のせいで術式《櫻天陣おうてんじん》が使えない。

 術式破壊の喚声かんせい。これほど厄介やっかいな攻撃も無い。更に脳が揺さぶられて判断がにぶる。


 体力の面からも、あまり時間はかけてられない。だが、特に妙案も無い

 ゼルティアナの放った矢が頭部を破壊。頭を失って動きが淀む。それに乗じ、躍り掛かって一閃。真っ二つにした全身を爆炎で焼き尽くした。


「はあっ はぁ…………っ」


 もう何度目か分からない肉体の完全消滅。最早、燃え尽きて気配すらない。これで残り十九体。いや、さらに増えていた。

 人心地着いて肺から空気を吐き出す。その反動で大きく吸気。それから呼吸を整える。


 超速の自己再生。五体を完全に滅却しても、たちどころに復元されていく。ゼルティアナの矢が絶えず襲っているため回復は遅いが、どんどん再生速度が上がってきている気がしてならない。

大魔法グランキャスト 繫栄する(デンドリティック)生命の大樹ヴィータ》。


 その効果は無限増殖。身体が完全に復元すると、尻尾の触腕が一本剥落はくらくし、そこから新たな個体が誕生する。

 超速の再生能力を持つ個体が無限増殖。考えただけで背筋が凍えた。従来の超獣ゴライアスから見ると、かなり小柄な部類だが、これが増え続けるとなると厄介極まりない。


 改めて、相対する敵の規格外な能力や不条理さに顔を歪めて唾棄だきした。

 魔力と神気は我らが祭神より無限に供給されるから問題ない。が、自分も彼女も体力が無限に続くわけではない。肩を上下させながら途中で小休止を挟む。

 ゼルティアナも突破口を開こうと知恵を絞っているのだろうが、状況は変わらない。


(神殺しが、効かない……)


 事態が膠着こうちゃくする最大の要因がそれだった。

 あらゆる霊的加護と魔法効果を打ち砕く『神殺し』。

 それが効果対象外となると、これは発汗のような単なる代謝現象と判断する外ない。


 完全に消滅したそばから復元するなど、生命活動としてはどう考えても理不尽の極みだが。

 人間が知り得る理の外。改めて超獣ゴライアスという存在の謎が深まった。

 やがて、対峙しているルシフェルの背中から。新たに一対の虫のはねが生えた。褐色で半透明のそれが震え出すと、絶叫のような不協和音が大気を震わせた。脳が揺れて極めて不快だ。


「くぅっ…………」


 揺さぶられる頭を抑えて耐え忍ぶ。形態変化。超獣ゴライアスは個体によっては身体を変化させる事があった。戦闘に適応していると言ってもいい。

 その変化は他の個体にも伝播し、毒音波が氾濫はんらんして脳が揺さぶられる不快感に顔をしかめた。


 絶叫を轟かせていた双頭は炎と雷を撒き散らして朔夜に吶喊とっかんして来る。脇を固めるように無数の触手と八本の触腕が展開。しかも速度が上がっている。相当厄介だ。

 ただ、幸いなことに一体ずつしか攻撃をしてこない。められているだけかもしれないが。


(ゼルティアナに向かわせる訳にはいかない)


 彼女の方が自分よりも疲労が色濃い。自分が矢面に立たなければ。大太刀に神気と魔力を込めて一瞬で振り抜く。爆炎の斬閃が敵を斬り裂く。傷口から爆砕して五体が焼尽した。

 別個体を相手取りながら一瞥する。また再生し出すと、今度は三頭目が生えて来た。


「なっ――――」


 朔夜は顔が引きった。これ以上何か先があるのだろうか。考えるだけで気持ちが暗澹として来る。


「ああ、もうっ」


 粘液に塗れた肌を拭い、砂塵さじんと粘液に汚れた白銀の長髪を書き上げながら接敵。

 新しく映えた頭部から放たれたのは竜の咆哮ほうこう。本能的に全身がすくみ硬直した。


(しまった――――っ)


 戦慄で総身が震え上がり、背筋が凍った。動きを停止した朔夜の四肢に絡み付く触腕。

 高々と宙に浮かべられはりつけにされた。

 相手は未知の敵。どうしてもっと警戒しなかったのか。後悔したがもう遅い。


「朔夜ッ!」


 険しい顔付きのゼルティアナが名前を呼ぶ。矢継ぎ早に放たれる矢は無数の触手と触腕によって迎撃され、貫通して朔夜の拘束を解いてもまた別の触手が絡み付いて状況が変わらない。

 寧ろ、無駄撃ちによって彼女の余力が無くなり、状況が悪くなる一方だ。


 スルスルと触手たちは高度を下げ、三頭の狐が大きく顎を開く。

 一閃。爆音を轟かせる激しい雷霆らいていが過ぎ去ったかと思うと、朔夜の身体は拘束から解放されていた。


「ふむ。どうやら、間に合ったようじゃのぅ」


 声の方を見上げれば、そこには歴戦の老兵。レオポルドの破顔に迎えられた。

 朔夜を抱える身体を反転させると、仕込みの刃部から大気をつんざく雷鳴がほとばしる。鈍色の体表が焦げ付いて黒ずんだ。

 突如、天から降り注ぐ雷霆。雷光に斬り裂かれたルシフェルたちはことごとく身体を炭へと変えた。


「それで。どういう状況じゃ?」

「…………」


 それはこっちの台詞。朔夜は言いかけて止めた。

 老練なる十二仙の出で立ちは褌一丁。

 なるほど、羽音による術式破壊によってお召し物が弾け飛んだらしい。可愛そうに。


「……気を付けて。わたしが斬り刻んでも、存在が消滅したにもかかわらず無限に再生して来る上に増殖し続けてる」

「それは厄介じゃのう。取り敢えず、雷雲でも呼んでおくかの」


 雷光を纏い、神速の剣術を振るってルシフェルの身体を雷で斬り刻むレオポルド。しかし、彼の攻撃も決定打には程遠い。攻撃されている傍から再生が始まっている。

 やがてあたりが暗くなり、土砂降りでも振って来そうな暗雲が垂れ込めて来た。


 レオポルドの神刀『ミョルニル』。雷雲召喚の能力によって呼び出された漆黒の雷雲が大気中に万雷をき散らす。晦冥かいめいの闇の中で光が爆ぜ、鈍色の五体が黒く煤けて飛散した。

 やがて跡形もなく消え去り、漆黒の雷雲だけが残された。

 再び荒野に静寂が戻る。

 だが――


「やっぱり、まだ居る」

「どこにじゃ?」


 雷雲の下で辺りを見渡しても、ルシフェルの姿は既に影も形も無い。

 影。そう、影だ。

 無明の闇と影。それだけがあった。


「まさか……」


 朔夜が自分の足元に視線を落としたのと、そこから触手が伸びて来たのはほぼ同時。反射的に回避運動。空中に身を躍らせた。

 降り注ぐ雷鳴。影から伸びて来る無数の触手をことごとく焼き払った。


 再び響く叫び声と羽音の不協和音。発生源が解らない。闇に紛れているようだ。

 レオポルドが展開する雷雲に乗り、高度を取って足元から状況を俯瞰する。大雷で何度焼き尽くしても触手や触腕は無数に生え、無秩序に振り回されるそれは止まることを知らない。

 気配はしても、肝心の本体が確認できなければ攻撃しようがない。手詰まりだった。


「おいっ 状況が悪化しているぞ。足を引っ張りに来たのかっ⁉」


 脳を揺らし、耳をろうする不協和音が響く中。見かねたゼルティアナが神弓で飛行し、二人が浮かぶ雷雲に近付いて来た。


「やれやれ。精神の涵養かんようがまだまだだのぅ……」

 

 激昂げきこうする鬼人女性に対し、老人は小言を返す。いがみ合う二人。この時間が無駄だ。


「取り敢えず。一旦、雷雲は下げた方がいいと思う」


 このままでは、状況が好転しないのは明白。超獣ゴライアス打倒のため、更なる方策を試す必要がある。そのためにも、敵の姿が視認できないのは痛い。


「仕方あるまい……」


 程なくして、暗晦あんかいの雷雲は去った。日が差す地上には鳥翼とはねを広げたルシフェルの軍勢が待ち構えていた。


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