双子と狙撃銃
シャルはすぐさまメルティナの胸部圧迫による心肺蘇生に入る。反動をつけて肋骨の上から心臓を圧迫、それを繰り返して鼓動の再開を待ち望んだ。
「かはっ」
途中で咳き込むと苦しそうに背中を丸める。後ろからさすってやり、介抱した。
「なっ――」
メルティナの呼吸が安定した頃。朔夜が絶句。顔を上げると、神だった超獣が再生し始めていた。跡形もなくなった筈の肢体がみるみるうちに復元されていく。
「二人とも、都市外に出すのだ。このままでは、結界が保たん」
都市を包む結界。それは超獣の来襲から人々を守るため、ナハティガルナが編み上げた術式。
「あの嘆きは魔力や《アニマ》の紐帯に強く作用する。大音量で長時間聞けば、人体にも危険が及ぶぞ」
魔力や《アニマ》に直接干渉するから術式が崩壊する。そういう絡繰りだ。
ナハティガルナの指示に二人は表情を険しくなり、弾かれるように行動を開始した。
《百花繚乱の太刀 桜吹雪》。頭の再生が終わる直前、最接近した朔夜が触手に白刃を押し当て爆炎の噴射でもって城壁の外に吹き飛ばす。宙に浮いた巨体をゼルティアナの矢が更に敵を吹き飛ばした。
二人と一体は城壁の外へと消え、シャルたちの視界から消えてしまった。
残されたのは冒険者たちだけ。
しかし、それも無理はない。
冒険者が竜などの精強な魔物たちと戦えるのは、種々の術式の恩恵があってこそ。
その前提を覆す『嘆きの光陰』は冒険者にとって最悪の相手だった。
「さて、シャルディムよ。エブリシュカを連れ、舞台があった場所まで来てもらおうか」
立ち上がったナハティガルナが凛と背筋を伸ばし、ゆっくりと歩き出す。
「私が持ちますよ」
申し出たのはクロア。銀狐の半面は無事だが、妖刀は無事では済まなかったようだ。
下着姿で仰向けのエブリシュカをクロアが優しく抱え上げ、お姫様抱っこで持ち運ぶ。
血涙を流す瞼を閉じていれば、本当に眠っているかのよう。彼女は既に事切れていた。
恐らくは術式破壊の影響。メルティナの場合、心臓が回復術式の対象である生体術具だったので術式が壊れただけで済んだ。
エブリシュカは多分、魂に直接術式が刻印されていた。その余波で魂が壊れたのだろう。
この時ばかりはシャルも生体傀儡の義肢と義眼が破壊されていた事に感謝した。
祭壇の前まで来ると、女神の片手が横薙ぎに振るわれ、崩れた木片は跡形もなく消し飛んだ。
シャルを伴い掃き清めた舞台の基部まで進むとエブリシュカを横たえた後にクロアを控えさせ、地面を軽く叩く。
すると、膨大な量の《アニマ》と魔力が白光となって噴出した。
天を衝く光の柱。その中に身を浸すことで、自身から散逸した魔力と《アニマ》を補充。次第に力を取り戻していく。
「――では。まずはエブリシュカに魂魄融合を施す」
術式に頼らないで。それなら彼女も一命を取り留められる。
一瞬、何を言っているのかシャルには分からなかった。しかし、その言葉の意味が解って来るにつれて戦慄を覚えた。
「本気ですか?」
魂魄融合は失伝した禁忌の術法。緊急事態とはいえ、常世神がやって良い事ではないだろう。
シャルの問い掛けに首肯する女神に迷いはない。
「そもそも。エブリシュカに施してある全身の術式は元来、それを意図したものだ」
出来損ないではあるが。それを応用し、『幻想』の権能で術式に頼らずそれを実現する。
想定できることなら際限なく事象を顕現できるナハティガルナにしかできない芸当だ。
それができれば、あの超獣にも対抗できる。そんな目算があってのこと。
「さあ、始めるとしよう」
床に寝かされているエブリシュカの額に掌を置く。そこから術式の残滓と思しき光の粒子の断片が女神の指先に収束していった。それを手中で握り締め、真紅に淡く光る手をエブリシュカの胸元に当てる。光が身体中に広がって包み込んだ。
「そうだ。魔眼の方も作り直しておくとしようか」
思い出したように両の瞼に掌を当てる。傍目には解らないが、人造魔眼を天然の魔眼へと作り替えているらしい。
エブリシュカ。女神が呼びかけると、やがて眼を開ける。
「あれ、アタシ……」
意識がまだぼんやりしているせいか、手で顔を覆いながら状態を起こしたエブリシュカ。
「起き抜けで悪いがエブリシュカ。完全なる魂魄融合を果たしたそなたの力を貸して欲しい」
「は?」
まだ状況を呑み込めていない彼女は、狐につままれた顔を浮かべた。
そんな赤竜の魔女を他所に、ナハティガルナはシャルに向き直る。
「そして、シャルディム。そなたには神刀を授ける」
あくまで一時的に。幻想の女神は斬り飛ばされた右腕の傷口に触れた。
「え――」
みるみる裡に腕が生えて来る。更に左目の瞼に手を翳せば眼球が復元され、再び双眸で物が見られるようになった。ただ、術式は内蔵されてない。
そして気が付けば、シャルはまた純白の世界に居た。
「え? なん――」
「ここは『静寂の聖廟』、精神だけが立ち入れる物質や時間から隔絶された世界」
説明も最小限であることから、彼女もことを性急に済ませたいらしい。自分も先程のエブリシュカと同じ表情をしているのだろうな。そんな事を考える。
ナハティガルナが振り返ると、そこには淡い藤色をした無骨な剣山を背負い亀の四肢を持つ蒼竜が、上からこちらを睥睨していた。
ここで、我らが祭神は神刀についての概要を説明する。
神刀とは、ナハティガルナの眷属を武器に形を変えたもの。形状や能力自体は本人との相談を経てナハティガルナが与える。
『礙巌』のル・カルコル。振り返った女神が不遜なる亀竜の名を教えてくれた。
「この者も『嘆きの光陰』ルシフェルと同じ、かつて土着の神より分かたれた小神」
信仰が失われた小神にナハティガルナが別の名を与えて調伏した神々を、神刀として下賜する。それが神刀十二仙の真実だった。
「さて。シャルディムよ。そなたはどのような神刀を所望するのだ?」
「僕は――」
そんなの、決まっていた。
〇 〇
二人が目覚めると、既に戦闘が終わっていた。
「う~ん。銃、ねえ…………」
ソルベージュはナガルの狙撃銃を前に渋面を浮かべ唸っていた。
ソルベージュとレドベージュ。二人が瓦礫の中から這い出すと森人(elf)の偉丈夫の姿は既になく、静寂が辺りを支配していた。襲撃を警戒して周囲を捜索していると、首のないナガルの死体を発見。
追剥にはまだ遭っておらず、このまま打ち捨てられているなら使えそうな道具を拝借。
そう思い立ち倉庫鞄を物色していると、目の前の狙撃銃が出て来た。
二人は銃器の使い方を教えられた覚えがない。それでも尚、これを使おうと画策するのは、先程の偉丈夫の戦闘が影響している。
まるで歯が立たなかった。自分たちの重ねて来た研鑽を否定された気分だ。
悔しい。その感情を解消できる新たな強さを求めている時に、これに出会った。
「別に無理して手を出す必要はないと思うのです」
倉庫鞄の中身を広げて他を物色しているレドベージュがそんな言葉を投げ掛ける。
「きゃあっ」
狙撃銃に間近まで顔を近付けてみると、何かが顔を出して思わず小さな悲鳴を上げて尻もちを搗いてしまった。それは、醜い外見をした陰獣。恐らくはナガルの。
しかし、それなら道理に合わない。普通、陰獣は契約主である暗殺者が死亡すると契約が切れてどこかへ行ってしまう。それに通常なら、金属製の武器は精霊が忌避の対象であって依り代にすることはない。注意深く狙撃銃全体を観察していると、
「あっ」
グリップの根元に黒い宝石が嵌め込まれていた。
陰獣は影の精霊の一種なので、霊媒師の使う、宝石や魔晶石へ精霊を定着させる術法が適用できるようだ。この状況が何よりの証左。
遺品の物色に余念のないレドベージュにも教えてやる。
だが、興奮するソルベージュとは裏腹に彼女はへえ、と漏らすだけで少し関心が薄い。そこが不満だ。
「ま、これくらい、アタシでもフツーに思いつくけどねっ」
「…………」
腕を組んで胸を反らし強がる。嘘だ。が、それをわざわざ指摘するほどレドベージュも野暮ではない。憮然とした表情で無言を貫く。
「あ。居た居た」
双子が同時に振り返ると、そこにはシャルディムの姿があった。
「探しててくれたんだね。ありがとう、お陰で手間が省けたよ」
言いながら狙撃銃に歩み寄り腰を落とす。破損などの状態を確かめていた。
「これなら問題ない。実は二人に協力して欲しいんだけど、良いかな?」
どうしても必要なんだ。そう言われると無下にはできないし、興味も惹かれる。
「え。何、何?」
「何事なのです?」
漆黒の仮面の下で瞳を輝かせながら問い掛ける双子。そんな様子に微笑み掛ける獣人の少年。
「名付けて、『対ルシフェル討伐作戦』さ。ちょっとした大役を、二人にはお願いしたくてね♪」
嬉々として語られる内容は二人にも分かりやすく、やるべき仕事も簡単だ。
断る理由など無い。二つ返事で快諾した。




