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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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獣に堕した神

 銀狐の女神が陽光神イリスコリアスを睥睨へいげいする様は、相手を自分より下に見た傲岸ごうがんさを見る者に感じさせた。

 おもむろに膝を折り、ゆっくりと片手を差し出す。


「我の望みはただ一つ。習合しよう、陽光神イリスコリアス。そしてこの大陸の安寧のため、その未来視の権能を使ってはくれぬか? そう、我らと共に♪ そのために。怨敵がどうとか、不毛な考えを改めてもらうために、これだけの長い年月を掛けて来たのだ」


 その手が異形の女神には、どのように映ったであろう。シャルディムには解らない。


「ア……、アア…………」

「? イリスコリアス………?」


 屈託くったくなく、不思議そうにコテンと首を傾げるナハティガルナ。自分が何を言っているのか、相手がそれをどう感じていたかがまるで解っていないようだった。無知とは恐ろしい。


「――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッ!!」


 鼓膜を引き裂く慟哭どうこく。声にならない叫びに、シャルは堪らず耳を塞ぐ。


「なっ どうしたのだ、イリスコリアス?」


 銀狐の女神は動揺し困惑するばかり。

 それはそうだろう。シャルディムは異教の神の絶望が理解できた。

 怨敵であり、紛い物とののしり格下と思って来た相手に生かされ続けていたのだ。今の今まで。


 それも、一万年以上という非常に長い時間を。しかも自分の存在意義である権能を弄ばれて。

 去来する感情が絶望でないなら、他に何があるというのか。

 本当に永い年月をかけた辺り、ナハティガルナにも信念があり抱く理想があったのだろう。

 しかし、それにしたって悪辣あくらつが過ぎる。話を聞く限り、真心がこもっている分余計に質が悪い。


「落ち着くのだ、イリスコリアスよ。我は信じておる、そなたと手と手を取り合える未来を」

「アホか! 自分の思う通りに相手を誘導する。まんま、詐欺の手口じゃねえかっ!」


 これ以上なく正鵠せいこくるのはザウラルド。正論過ぎて誰も異論が無い。


「違う! 我はただ、お互いにとって平和な未来を――」

「それは、酷く一方的な願望なの」


 呟くのはビルギット。

 現状、この構図を見て一方的に組み敷こうとする意図が見えないのは、どう考えても脳が溶けている。


「待ってくれ。我とて、相手に配慮した結果――」

「その配慮とやらが酷く一方的で独り善がりだと。そう言っているのですよ」


 普段は微笑を貼り付けている妖刀使いも、今回ばかりは真顔だ。それくらい酷い。

 悲しげに瞳を揺らすナハティガルナ。


「馬鹿な。我は――」

「聖上。たとえ貴方様に悪気はなくとも大陸の未来を優先している限り、敵の矜持きょうじ尊厳そんげんにある程度の妥協だきょうを強いていることは否めません」


 とても配慮に富んだ答えはゼルティアナ。


「いや、だから敵では――」

「敵です。ナハティガルナ様のご配慮に絶望を覚える時点で、敵対するのは避けられません」


 どう考えても。朔夜さくやの言う通りだった。屈辱の極みを味わった今、既に手を取り合う未来は望めない。

 それくらい、誰にだってわかる。ただ、たばかった本人だけは解っていなかった。

 だが、当然だろう。本人としては徹底的に配慮に配慮を重ねた結果なのだから。

 突如。陽光神の体内で魔力と神気の高まりを感じ、それが周囲に伝播 して大気が軋む。


「ま、待て。止さぬか、イリスコリアス!」


 異形の神がまばゆいい閃光に包まれる。魔力暴走。ナハティガルナを巻き込んで自爆する気だ。


「聖上!」

「ナハティガルナ様!」


 十二仙の二人が女神の身を案ずるも、その姿が光の中に消えた。

 そして、視界を眩耀げんようが神殿に満ちた。



 どれくらい気を失っていただろうか。

 光の粒子が蠕動ぜんどうする視界でシャルディムは辺りを見渡す。朔夜にゼルティアナ、クロアなども目を覚まして辺りの様子を確認していた。


 シャルは魔力の遠隔操作で赤鬼の半面を手元に引き寄せ、情報収集のために再び形代に経路パスを繋いで周囲を探る。

 取り敢えず、先程の閃光で倒壊した建物は無さそうだ。我らが祭神の無事も確認できた。


「聖上!」


 ナハティガルナの姿を見つけたゼルティアナと朔夜が駆け寄り、後ろに下がらせる。

 その顔は青褪あおざめており、具合が悪そうだ。


「いかがいたしましたか?」


 気遣わしげな表情に優しい声音で尋ねるのは朔夜。


「少し、力を使い過ぎた。だが、我の方は心配いらぬ……」


 先程のご高説とは打って変わり、憔悴しょうすいし切っていた。


「あれを………」


 震える指で指し示すのは、瓦礫がれきの上に発光しながら浮かぶ白い球体。つややかな表面が特徴的だ。


「アレは…………?」


 一体何なのか。その場に居る全員が共有する疑問だった。


「あれは、かつて神だった物……」


 かつての神は力を暴走させて自滅しようとした。そこでナハティガルナは一計を案ずる。

 寸前で神の名をこの世界から抹消し、暴走を阻害した。それが奏功し閃光が漏出しただけで実害は特にない。

 ただ、この方法には問題がある。


「信仰を完全に失った神は、神性を剝奪され力を暴走させて魔物に堕ちる。我らが超獣ゴライアスと呼んでいるそれは、信仰どころか実体すら失くした神のなれの果てなのだ」

『――――っ⁉』


 衝撃の事実に戦慄が駆け巡った。どうりで人知を超えた存在の筈だ。

 女神から告げられたものが事実なら、周囲の《アニマ》を依り代にして顕現する理由も説明が付く。


「ちょっと。じゃあ、あそこに浮かぶアレって――」


 空気が胎動する。発生源は白い球体。不動の球体は注目を一身に集めた。

 そして変態が始まる。ボコボコと泡が立つように膨れ上がり、球体から形状を変化させていく。

 白い表皮が鈍色に変わって触腕が生えたり、純白の鳥翼が虚空に展開されていった。


 そうして生まれたのは一軒家ほどの体躯を誇り、身の毛がよだつ程に悍ましき風貌の怪物。

 背中から鈍色の鳥翼、尻尾の方からつるりとした八本の長大な触腕を生やした双頭の醜悪な鈍色の狐。

 六本の四肢に体毛の代わりに体を覆うのは、ぬらりと光沢を放って蠢く無数の触手。


 見ているだけで生理的嫌悪感が凄まじい。

『嘆きの光陰』セラフィム。それが新たに生まれた超獣ゴライアスの名だと、ナハティガルナが告げた。


「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」」


 耳朶じだつんざく絶叫。二つの頭から放たれたそれは共振して増幅され、脳を激しく揺さぶる不協和音となって大気を軋ませた。

 咄嗟にゼルティアナが弦鳴げんめいで相殺を期したお陰である程度は緩和された。


 しかし、鼓膜を弄する叫喚はそれだけに止まらない。赤鬼の半面がひび割れ、メルティナの巫女装束が引き裂かれて地面に落ちる。

 上空では神殿に張り巡らせてあった防御結界が音を立てて崩れた。更にはシャルの狩衣かりぎぬやクロアの甲冑かっちゅうも使い物にならなくなった。


 ザウラルドやビルギット、二人の機械義肢マニュピレータは不調を来して膝を着く。

倉庫鞄ストレージの中身が外にあふれ、武器の殆どが亀裂を生じさせた。驚愕の威力にシャルは絶句した。

 術式破壊。その余波による武具の崩壊。

 突然、メルティナが昏倒こんとうした。その事実に戦慄し、背筋が凍った。


(まさか――)


 シャルは最悪の事態を想定した。

 その瞬間、メルティナの身体が黄金に輝く。そして、燦然さんぜんまばゆい光を放つ巨鳥が空へと羽ばたいた。


 極彩色の尾羽を靡かせて上空を旋回する黄金の怪鳥。その清澄な鳴き声は、耳を聾する絶叫の中にあっても聞く者の心に届いた。それから程なくして彼方へと飛び去ってしまった。

 名も知らぬ上位精霊。それがあの膨大な《アニマ》の発生源だったことは想像に難くない。


 巣立ちの余韻を無粋にも掻き消し、脳を揺さぶる不協和音。

 不快の極みの毒音波に冒され、顔をしかめながらも矢を放つゼルティアナ。二つの矢は双頭を正確に撃ち抜き、跡形も無く吹き飛ぶ。絶叫が止んだ。彼女はその後も矢継ぎ早に射掛け続け、肢体を削っていく。


 紫紺の袴に同色の腹掛け姿のシャルは倉庫鞄ストレージがぶちまけた物に対し魔力を走査。

無事な呪符を探して取り出すとナハティガルナやメルティナ、ビルギットやエブリシュカにそれぞれ配して《祝福ブレッシング》。

 人造魔眼の二人から血の涙は止み、憔悴し切った顔も血色を取り戻した。


「メルティナっ」


 膝を着いて下着姿の彼女を再び抱き上げる。口元に耳を傍立てると、呼吸が聞こえない。


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