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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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悠久と真心の詐術

「私は……生きたい。死にたくないから、サリシェに、この心臓をもらったんです……」


 嗚咽おえつ混じりに心情を吐露するメルティナ。

 やはり、彼女の心臓は不世出の天才によるものだった。


「私は公爵家に居た頃。誰からも必要とされず、死を待つだけの存在でした……」


 それが嫌だったから。生きたいと願ったから頑健な心臓を欲した。


「私は、誰かに必要とされたい。目の前で困ってる人を、助けてあげられる人間で居たい。私を助けてくれた人みたいに。多くの人を幸せにしてあげたい…………っ」


 身分の貴賤きせんやお金の有る無しに拘わらず、平等に。そんな冒険者になるのが、メルティナの目標であり夢。それを語る彼女の泣き顔は、ここで最初見た時よりも幾分晴れやかだった。


「それじゃあ。どうにかして、みんなの所に帰らないとね♪」


 彼女に屈託ない笑みを見せると、弱々しくも微笑を返してくれた。

 出口は無いかと、辺りを見渡すシャル。が、やはり無い。殺風景な純白が広がるばかり。


「それで。ここからどうやって帰るんですか?」


 メルティナも周囲を見回す。けれども出口は見当たらなかった。


「それは今から考えるんだよ」


 顎に手を当てながら考える。そもそも、ここは何処なのか?


「そこは心配しなくていい、とか。きっと大丈夫とか。そう言う場面なのでは?」


 不安げなメルティナが口を尖らせる。


「しょうがないだろ。そもそも、僕は嘘を吐けないんだから」


 右手の聖印を差し出そうとしたが、無くなったのを思い出した。ついでに左目も。


(あれ? じゃあ今僕、普通に嘘吐けるんじゃ……?)


 一瞬、そんなことが頭を過ぎったが即座に切り替えた。今考えるべきは、どうやって脱出するかについて。


「その、すみませんでした……」


 何が、と尋ねたら、右腕と左目についてだった。


「別にいいよ。操られてたんだし」


 元から失くしてた部位だし、また造ってもらえば良いだけなのであまり悲観していない。


「――あ。そういえば」

「? どうかしましたか?」


 シャルがあることを思い出すと、純白の巫女は不思議そうに首を傾げた。


「心臓に仕込んである術式って、何?」


 それだけがどうしても分からなかった。


「ああ。それなら、《解放リリース》です」


 彼女はこの術式を普段、《アニマ》の収斂に使っている。

 大気中から光の《アニマ》を解放させ、自分の元へと収束させる。そうする事で、より短時間で効率よく《アニマ》を縒り集めることができる。

 疑問が氷解すると同時に突破口が見えた。これで脱出できる。


「よし。それじゃ――」


 それは唐突にやって来た。

 陽光神イリスコリアス。現出した異形の神は下半身の触腕でシャルディムを捕らえると地面に組み伏せ、腕を伸ばしメルティナを握り締めた。


「ク、ソ……っ」


 いくら力を入れてもビクともしない。


「シャ、ル……っ」


 端正な顔に苦悶くもんの表情を浮かべながら少年の名を口にする。


『ならぬぞ、メルティナ。貴様はここで我に身を捧げよ。それが定められし運命だ』

「そん、な………っ」


 歯を食い縛り身じろぎしようにも、絡み付く指が柔肌に食い込んで離さない。


「解、放だ…………っ」


 シャルは辛うじて言葉を絞り出す。しかし、それをとがめるように拘束が強くなった。

 身体がきしみ上げる。これ以上力が掛かると死ぬ。確証はないが、そう直感した。


「《解放リリース》の術式を使うんだメルティナっ この世界から、僕と君を解放して!」


 強く願うと、何故か腹の底から張り上げた声が出た。良く分からないが、これはチャンスだ。


「とにかく。ここから出たいと、強く願って! 大丈夫、必ず上手く行くっ!」


 ここぞとばかり、必死に鼓舞するシャル。これには確信がある。

 彼女の術式は生体傀儡オーガノイドと術式、それぞれ全くの別物から同じように《アニマ》を取り出すという結果を引き起こした。恐らく、効果対象に際限がない。


『させぬ』

「――――ッ!」


 更に圧力が掛かる。シャルは死を予期した。


「シャル―――――――――――ッ!」


 メルティナの内側から光が溢れ、やがて純白の世界を満たした。

 意識が寸断される。


  〇                            〇


 誰かが、自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 そうだ、この声は朔夜。シャルディムはゆっくりと瞼を開けた。

 目が覚めるとそこは、祭壇の舞台が倒壊した神殿。シャルは帰還を果たした。


「メルティナっ」


 うつ伏せから片手でガバリと上体を起こして辺りを見渡す。琥珀こはく色の長髪を地面に投げ出す純白の舞姫がすぐそばで気を失っていた。


「メルティナ。しっかりしてメルティナ!」


 少年の姿で何とか片手で抱え上げ、未だ目を開けない彼女を揺する。すると、声を漏らして睫毛まつげが震えた。


「シャ、ル…………?」


 焦点の定まらない目で力なくポツリと呟く。少年は安堵から思わず破顔した。


「ああ。そうだよ、メルティナ。君のお陰で助かったんだ」


 ありがとう。謝辞を述べると、メルティナは顔を綻ばせた。


「よかった……」

「うん、うん。ありがとう…………っ」


 異教の神のにえとして囚われながらも、再び生きるという選択をしてくれたことがシャルには嬉しい。

 自分の言葉は彼女に届いた。心が折れながらも、再び立ってくれた。それが何よりも嬉しい。

腕の中で微笑むメルティナを見ていると、感極まって言葉が湿っぽくなる。


「悪いけど、一旦下がって」

「危ないからな」


 万感の思いで見詰め合う二人を別々に運ぶ朔夜とゼルティアナ。その場を離れると、地に伏しているイリスコリアスが視界に飛び込んで来た。


『メル、ティナ…………っ』


 異教の神は震える手を伸ばし、生贄の名を呼んだ。しかし純白の舞姫は答えない。既に決別していた。

 そして、四人と入れ替わる形でナハティガルナが進み出る。その横顔は遠くを見詰め、艶然と微笑んでいた。

 シャルディムが朔夜さくやに支えられて立つと、銀狐の女神が艶やかな薄唇を開く。


「漸くだ、イリスコリアス。時間にして、一万千百三年二百八十一日六時間四十五分十九秒。我がそなたの名を心に刻んでから、これまで過ぎ去った時間だ。この光景、まさしく夢にまで見たぞ」


 フフ、凄艶な微笑が漏れる。


「本当に永かった。我はこうした形で相まみえるのを、一日千秋の思いでひたすら待ち続けていたのだ」


 陶然とぜんとしながら言葉を紡ぐ銀狐の女神。頬を朱に染め熱に浮かされた様子は、自分の言葉に酔いしれているようだった。


『なに、を………?』


 話しているのか。イリスコリアスはナハティガルナの真意が掴めないでいるらしい。


「そう、待ち続けた。そなたに信徒が一人もいない時も。その命が風前の灯火だった瞬間も。誰も彼も、その名を覚えていなくとも。我だけはずっと、忘れずに居たのだ」

『バカ、な…………?』


 明らかに困惑していた。それはそうだろう。殺し合いをした怨敵の名を覚えていた事を嬉々として語るなんて、どう考えても普通じゃない。

 シャルディムは何か、不穏なものを感じ取る。


「ん? ああ、そなたが困惑するのも無理はない。この未来だけは、一万年以上の歳月を掛けても見えなかったであろうからな。だが、それも仕方がない」


 何せ。


「我がずっと、その『黎明れいめい』という権能とやらに干渉し続けていたのだからな。フフ♪」

『あ…………』


 希望に満ち溢れた表情のナハティガルナとは裏腹に、イリスコリアスが漏らした言葉には絶望がにじんでいた。


「そなたには、本当にすまないと思うておる。だが、それも仕方あるまい? こんな未来を予め見知っていれば、そなたはあらゆる手を尽くして回避しようとするだろうからな。それでは我が困るのだ」

「…………」


 異形の神は何も言わない。寧ろ、何も言えないだろう。それくらいはシャルにも分かった。

 だが、嬉々として語る常世神アヴァターにはそれが解らないらしい。彼女のご高説は尚も続く。


「勿論。我とてこの未来を知っていた訳ではない。ただ、未来視の権能に干渉し、予め精度を落としておく。数千年単位でそれが常態化していれば、そなたもそういうものだと、力が戻っていないのだと自ら錯覚して判断を過つ。そういう風に誘導していたのだ」


 長い時間をかけて。それこそ、途轍とてつもなく気の遠くなるほどの。ハッキリ言って、正気じゃない。

 粉塵ふんじんに塗れて地に伏せる神を、微笑みながら見下ろして歩み寄るナハティガルナ。


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