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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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静寂の聖廟

 狙い通り。右腕と左目をおとりにして両手を使わせ、腔内の血溜まりを噴霧、視界を塞ぐ。

 息を呑んで動揺している隙に左手を胸元に押し当てる。《暗頸シャドウインパクト》。魔力と神気を乗せた衝撃が心臓を貫く。


「がはぁっ!」


 空中で更に上へ吹き飛ぶメルティナが血を吐いた。その際、動きが緩慢になる。それに乗じて片手で顎を抑え、彼女の唇を奪った。

 粘膜から体液を通じて魔力の伝達。人体を操るのに、これ以上効率の良い方法はない。

 身体の自由を奪ってから、再び手を胸元に当て心臓に魔力と神気を流し込む。


(引っぺがす!)


 魂魄融合を果たしたシャル本来の姿は精霊化した青年。精霊は姿形にある程度融通が利き、少年の姿を取るのは単に魔力消費を抑えるため。人間ではないため身体が成長する事は無い。

 魂魄融合は不可逆な現象で元には戻れない。姿形も含めて。


 だからこそ、シャルはプレッツィオの遺体を見て疑問に思った。

 イリスコリアスがメルティナの身体をさらした事で、それは確信に変わる。

 ヤツは、魂魄融合などしていない、と。


 太古の昔。人々はすべからく常世神やその源流である大神だけを信仰していた。

 そうなると大神たちと対立していた土着の神々を、誰がまつっていたのかという話になる。

 導き出される答えは一つ。小鬼ゴブリンなどの魔物。


 今回の『黎明破曉れいめいはぎょう』の件同様、神々は彼らをあつる存在を根絶やしにして弱体化を図って駆逐していき、人類は今の繁栄を手に入れた。

 自分たちの信徒を虐殺し、信仰を破壊し尽くした憎き怨敵。その末裔まつえいが今日の常世神アヴァターであり、人類。

 そう考えれば人類を敵視し嘘を並べ、一方的に搾取しようとするイリスコリアスの心情が解ろうというもの。


(もっとも納得なんて、できないけど)


 同情する気なんて、微塵みじんも無い。今は魂魄融合を果たさないその潔癖を利用させてもらう。

 魔力と神気をメルティナの心臓に流し込む事で、イリスコリアスに繋がる魔力の経路パスに触れた。

 思った通り、術具である心臓にじかで接続していた。

 その瞬間、視界を掻き消すまばゆい光が氾濫はんらん

 ほとばしる閃光が世界を漂白し、シャルの意識も溶けていった。


  〇                              〇


 気が付くとそこは、純白だけが存在する世界。


「あれ? 僕は――」


 辺りを見渡してみても地平の境界がひどく曖昧あいまいで、果てなく続く白き世界には誰一人として存在していなかった。


「どこだ、ここは…………?」


 どこか懐かしい気がするこの空間。既視感を覚えるのは何故だろうか。


(いや、そんな事はどうでもいい)


 シャルはかぶりを振って意識を切り替える。後ろで白銀の尻尾が揺れた。

 今はメルティナの救出が最優先。シャルは自分の記憶を遡って事の経緯を整理する。


「確か、メルティナの心臓に触れてから……」


 光があふれ出して意識が刈り取られた。そこから何分経過したのか。時間感覚がイマイチ掴めない。


「なっ……」


 改めて自分の身体を見てみると、神気解放が解けて少年の姿に戻っていた。しかも、左目と右腕が無くなっている。現実と地続きであることが、嫌でも実感できた。


「いや、今はそんな事より――」


 メルティナ。適当に歩いて見渡しながらその名を呼んでみるも、未だ姿を確認することはできない。

 まさか、ここに居るのは自分一人だけなのではないか。

 このままではメルティナに会えない。胸に募る焦燥に掻き立てられ、駆け出しながら彼女の名を叫んでその姿を求める。


「メルティ―――居たっ」


 暫くすると、琥珀こはく色の長髪を垂らして地面にうずくまる巫女装束の女性。

 彼女に自身の影が掛かるほど近付くと、ようやく彼女も顔を上げた。


「シャル……?」


 優艶ゆうえんな微笑は最早見る影も無く、憔悴しょうすいし切った暗い表情。普段見せない彼女のそんな顔に、シャルは思わず息を呑んだ。


「どうしたの? そんな暗い顔して」

「ほっといてください……」

「は――――?」


 ナハティガルナを始めとした皆の助けを借り、散々死にそうになりながらここまで来た。

 それなのに。この期に及んで自分の殻の中に閉じこもり、消沈する彼女にはさすがにシャルディムも苛立ちを隠せない。


「何、バカなこと言ってるんだ。さっさとここから出るよ」


 強い口調で言い放つ。しかし、彼女はそれに首を縦には振らない。


「私はいいです。ここでずっと一人で居ます……」

「はあっ⁉ なんでそうなるんだよ? せっかく助けに来たのに!」


 思わず声を荒げた。それでも彼女は顔を上げない。


「頼んでません。それにもう、いいんです。ここを出れば、また私のために誰かが死ぬだけですし……」

「だから――」

「それに。シャルだって、私のことどうだっていいんでしょうっ⁉」


 嘆き悲しむメルティナ。頬には涙が伝う。


「貴方に好きになってもらえないなら、もういい。偽りの優しさにほだされるくらいなら、死んだ方がマシです……っ」


 悲嘆がにじむ声は震え、嗚咽おえつが混じり始める。


「メルティナ……」


 どうやら、先程の言葉のやり取りは彼女の本心だったようだ。漸くシャルは理解した。


「もう、生きていたくありません。このまま、死なせ――」


 純白の巫女装束の襟首を捕まえて自身の方に顔を向けさせると、シャルは頭突きをかました。

 不貞腐ふてくされた彼女を前にシャルは呆れ、怒りが沸々と湧いて来た。


「いたい……」

「いい加減にしろ、このバカ女っ たかが男に振られたぐらいで、一々死ぬとか言ってんじゃねぇ!」


 激しい剣幕に驚いて涙が引っ込み、紺碧こんぺき双眸そうぼうを白黒させるメルティナ。そんな彼女を見てシャルは失望すら覚えた。右腕や左目を失ってまで助けに来たのは、こんな下らない女だったのか、と――


「だって。初めて、だったんですよ……?」


 メルティナは再び涙で瞳を潤ませる。

 自分のことを外見で判断しないで、見返りも求めず何度も助けてくれて。色んな物を贈ってもらった。今まで出会って来た男性とは明らかに違った。


「――でも、違ったんですね……?」

「ああ、そうだよ……」


 寂しげに笑う彼女に同意した。しょうがないので、一応最後まで話を聞いてやることにする。


「利用価値があったから。舞い手として、観客を呼び込めると踏んだから。だから、死なせなかっただけ、なんですよね……?」

「ああ」


 震える声に対し生返事。早く言い終れ。そんな感想しか抱けなかった。


「……貴方は、自分の都合さえ良ければ。私の気持ちとか、他のこととかは、本当にどうでもいいんですね?」


 その通りだ。そもそも、人は平気で嘘を吐くから気持ちなんて推し量れないし、都合だって言ってくれなければ察しようにもできない。言われない限りはシャルもどうしようもなかった。


「そんな貴方を。間違って好きになってしまった私の気持ちが、貴方には解りますか?」

「知らない。心の底からどうでもいい」


 冷たく言い放つ

 本心だった。それはあくまでメルティナの都合だし、他人であるシャルディムにはどうしようもない。聞かれても仕方ない事なので、バッサリと切り捨てた。

 それに激昂げきこうしたメルティナが腕を振り払う。


「だからイヤなんです! このまま生きてても辛いだけなら、このまま死んだ方がマシなんですよっ⁉」


 邪魔しないで。その余りにも身勝手な言動に嫌気が差したシャルは我慢の限界だった。


「ホントにふざけんなよお前っ そんなに死にきゃ勝手に死んでろ! 本当にそれでいいんだなっ⁉」

「だからっ さっきからそう――」


「だったら! なんであの時、僕に『助けて』って言ったんだよっ⁉」

「え――」


 驚愕に目を大きく見開くメルティナ。

 始めてメルティナを目にした貧民街の場末の劇場から誘拐された時。

 手籠てごめにしようと人攫ひとさらいの魔手ましゅが迫った際、泣きそうな声で彼女は助けを呼んだ。


「メルティナには、貴族という身分や血盟を捨ててまで。それでもやりたかった事や、目標があったんだろ? それができなくなるから、それが何よりも嫌だから。だから助けて欲しかったんじゃないのかよっ⁉」


「それは……」


 言い淀むメルティナ。シャルの言葉に動揺を見せた。


「もう良いのかよ? 男に振られたくらいで諦められる、そんなちっぽけで下らないものだったのかよ? お前が今まで大切にしてきた、その想いはっ⁉」

「違う……違い、ます」


 肩を震わせ、頬を涙で濡らし首を横に振る。


「じゃあ、もう軽々しく死にたいとか言うなっ 生きろよ。足搔いて足搔いて、ちゃんと目標を達成してみせろよっ!」


 目の前の舞姫が掲げる目標なんて、シャルにとっては正直どうでもいい。何故ならそれは、彼女だけの物なのだから。何人もそれを侵してはならない。大切なものだから。


これからは一日三回。

7時

12時

17時

にそれぞれ投稿します。

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