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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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差し出した手

 陽光神イリスコリアスに向かって常世神アヴァターであるナハティガルナが両手を差し出し、虚空に何かを握り締めていた。


「すまぬが、そなたの『天照あまてらす』と『黎明れいめい』は封じさせてもらうぞ?」

『紛い物の分際で……っ!』


 ナハティガルナが権能に干渉していた。異教の神が忌々しげに吐き捨てる。

 更には神殿内に張り巡らされた結界を使い、イリスコリアスを閉じ込めた。


「メルティナっ」


 シャルが《風迅ブリーズ》で風を舞い上げながら駆け出した。敵は飛んで来る無数の矢に応じながらも真紅の霧で純白の巫女を覆い隠す。それを桜吹雪が爆砕した。


「行って!」


 朔夜さくやがシャルを促す。それを心強く感じ、勇気が湧いて来た。彼女を絶対に取り戻す。固く決意した。

 直後、眼前で噴き出した漆黒の影が立ち塞がる。それを、紫炎の妖刀が斬り捨てた。


「さあ、見せてください。神の奇跡をも超える、真実の愛を!」


 相変わらず台詞は要領を得ないが、激励と受け止めた。影を避けて走り出すと、今度は黄金の円環に囲まれた。


「ったく、世話が焼けるぜ」


 腰背部の倉庫鞄ストレージを鷲掴みにされて宙を舞っているのはザウラルドの仕業。

 その際、イリスコリアスの注意を引いてしまう。豪火球が敵の頭で爆ぜる。


「上手くやらないと、承知しないわよ!」

「おら、行ってこい!」

「―――っ」


剛毅ストレングス》の剛力でメルティナ目掛けて投擲とうてきされた。


「くっ――」


 精彩を欠き、逃亡を図ろうとしたメルティナを魔弾で地面に威嚇いかく射撃。ビルギットだ。


「無能は嫌いなの」


 憮然ぶぜんとした顔でポツリと呟く。


「メルティナ!」


 近付こうとすると、彼女の身体が輝き出し白銀の粒子、金の《アニマ》が寄り集まって双剣を形成。

 淡い光を放つ純白の舞姫が地を蹴って空中で躍りシャルディムに肉薄。背負った飾太刀を抜刀し受け止めた。


「どうして、イリスコリアス様を信じてくれないのですか?」

「はあっ⁉ 状況分かって言ってるのか!」


 悲愴ひそうな顔で痛切な叫び。だが、恐ろしく状況が見えていない。堪らず反駁はんばくした。

 操られている可能性がある。シャルは反論してから少し冷静になった。


「では、仕方ありません。私はこのまま殉じます」

「ふざけるな!」


 鍔迫つばぜり合いからシャルを突き飛ばす。操られているのだろうが、思わず激昂した。


「私がこの地に来たせいで、ヴァイスやナガルが死にました」

「じゃあ、お前が戦うように命じたのか? そうでないなら死は自分の選択の結果で、自己責任だ。それを、自分のせいだなんて。傲慢ごうまんにも程がある!」


 ヴァイスもナガルも、自分の大切なもののために戦ったのだ。彼女の発言は、限界を超えて無粋の極みだ。侮辱ですらある。


「そもそも二人が死んだのは、上のクソ神が刺客を放ったからだろうが。違うかよっ⁉」


 そう、諸悪の根源は上で朔夜さくやたちと戦闘を繰り広げている。

 メルティナの発言は自己憐憫じこれんびん陶酔とうすいしていて正直、鬱陶うっとうしい。


「もう、私のことは放っておいて!」

「それができれば苦労しないよバカ――――――!」


 このままイリスコリアスが倒されて実体が無くなると、その魂魄は間違いなくメルティナに寄生する。そんな事態を避けるためにも、彼女はここで助け出さねばならない。絶対にだ。

 思いの丈をぶつけ合い斬り結ぶ二人。シャルはイリスコリアスに反論しているのか、それともメルティナに向けているのか。なんだか良く分からなくなって来た。


 神気解放や《風迅ブリーズ》を使っても、実力が拮抗し膠着状態が続いている。

 そのことがシャルの焦燥を掻き立て、首筋をチリチリと焦がす。

 二人は尚も舌鋒ぜっぽう鋭く反目し合った。


「どうせ私のこと、何とも思ってないクセに!」


 泣きたそうに、彼女の紺碧こんぺき双眸そうぼうが揺らめく。


「だったらなんだ、諦めろって? そんな覚悟で、ここに立ってねえんだよっ!」


 もう二度と、テルテュスの二の舞は御免だ。シャルディムがシャルディムであるためにも、ここは譲れない。


「嫌なんだよ。他人の都合で誰かが切り捨てられるのは。そんなの、僕はもう見たくない!」


 悲痛な叫びで訴える。それでも、メルティナの態度は硬化したまま。


「私は、あなたのことが好きなんです!」

「…………は?」


 青天の霹靂へきれき。鍔迫り合いを繰り広げながら目を瞠った。

 イリスコリアは相手に好意を示せば、ほだされると思っているのだろうか。だとしたら人の心について何一つ理解が及んでいない。


「知らないよ、そんなの。大体、一方的に秘密握ってる相手に僕が好意なんて、寄せる訳ないだろ?」

「シャ、ル……っ」


 苦悶くもんの表情を浮かべるメルティナ。だが、どうせ演技だろう。その手には乗らない。

 彼女を陽光神の魔手から助け出そうと片手を伸ばし触れようとする。飾太刀を弾かれ跳び退り距離を取られた。惜しい。シャルは悔しさに歯噛みした。


「シャルの……っ バカ――――――!」

「⁉」


 メルティナから放たれる光線。咄嗟に呪符を取り出して《遮蔽プリヴェント》。だが、術式は一瞬で無力化された。


(バカな…………!)


 術式が破壊されたというより、術の構成に必要な《アニマ》だけが消失した。そんな未知な感触を受けた。


(なんだ、今の……?)


 シャルも跳び退すさって距離を空ける。


「もう、知らないっ!」


 光線がまた飛んで来たので、次は《反射リフレクション》で防御。またも術式が失効した。


(権能、じゃない筈だ)


 そうであれば、既にプレッツィオだった段階で使っている。だから恐らく、これはメルティナ自身が持つ術式。心臓の術具か何かが関係しているだろうと推察した。

 だが、疑問はまだ残る。


(なんで、今の今まで使わなかったんだ?)


 悠長に考えている暇はない。メルティナが間合いを潰して斬りかかってきた所、至近距離で襲い来る光線。目の前で閃光が瞬く。靴下の《飛翔ソアラ》で射程外に出た。


「どうして……っ 私は、こんなにも、貴方のことを思っているのに!」


 対空砲火の光線が複数照射された。靴底に障壁を展開して空中機動。光線を避け切る。


「知るかっ 一方的な気持ちの押し付けなんて!」


 冗談じゃない。そもそも、それ程深い付き合いをした訳じゃないのに、シャルにれる要素がどこにあったのだろうか。シャルには思い当たる節が皆無だった。


「それじゃあ、やっぱり。私への優しさは打算的なものでしかなかったんですかっ⁉」

「ああ、そうだ。メリットのない行動なんて、誰がやるか!」


 こっちだって、そこまで暇じゃない。半面の下で眉をしかめて吐き捨てる。


「―――っ!」


 痛みに耐えるように胸を押さえ、涙を散らすメルティナ。動揺したせいか、攻撃が止んだ。


(今だ――)

「シャルの――」

(は――?)


 地面に着地した瞬間、全周を囲むように無数の光が収束した。身の毛がよだち皮膚が粟立あわたつ。


「バカ――――――――――ッッ!!」

「……ッ!」


 思考を加速して脱出の糸口を探る。左斜め上に爆炎符を飛ばし光線を相殺。そこから飛翔して緊急脱出。しかし、安堵の暇すらなく光線が執拗しつように襲い掛かる。

 メルティナの身体が黄金に光り輝き、光の《アニマ》が場に満ちていた。


「もういい! シャルなんて知らないっ 大っっ嫌い!」

「~~っ 近づけない……っ」


 これまで身体能力を強化してきたが、全く好機が掴めない。『錬功スピンドル』を解いて方策を変える必要があった。しかし、それだと回避がどうしても遅れる。悩みどころだ。


「くっ……」


 逡巡と葛藤、しかし時間は無い。直撃を受けて《風迅ブリーズ》が解けた。

 もはや選択の余地はない。符術と七つ道具を駆使してメルティナに接触を図る。

 再び飛翔して空中で距離を取り、《似姿デコイ》で虚像をばら撒いた。

隠蔽カムフラージュ》で気配を殺し、上に気を取られている隙に着地。そこへ光線が飛んで来た。看破されている。


「クソッ!」


 爆炎符で地面を発破。砂埃すなぼこりを舞い上げ、更に虚像を複数展開して攪乱かくらん。再び自身に《風迅ブリーズ》を施す。


(今度はシンプルに行く)


 塵埃じんあいの紗幕が下ると、視界の先にメルティナは居なかった。


「なっ――」


 辺りを見渡しても姿は無く、魔力の高まりを感じて空を仰げばそこに居た。


(居た――――っ)


 勝負を掛けるため、口の中を噛み切って口内に血を溜める。

 神気と魔力による《風迅ブリーズ》の最大瞬間風速と《飛翔ソアラ》の術式を駆使して超加速。一瞬でメルティナの身体に肉薄、飾太刀を投げ飛ばし、防御させる。


「く……っ」


 弾かれるも遠隔操作で斬撃を叩き込み鍔迫つばぜり合い。飾太刀はそう易々とは外れない。

 接地した空中の結界を蹴って後ろに回り込み、左手で赤鬼の半面をぎながら『加速』の魔眼で時間感覚を引き延ばし、《浸食イロゥション》の術式を発動して右手を伸ばす。


「くっ!」


 顔を歪ませるメルティナは咄嗟とっさに振り向いて片手を振るい、白刃によってシャルの右腕が肘先から吹き飛ばした。光線に当たり跡形も無く消失。痛みを感じるよりも先に、飾太刀を蹴り飛ばした彼女が左目を潰す。魔眼の破壊。思考が急速に減速した。


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