神と人と
記憶の糸を手繰り寄せるため、エブリシュカは目線だけを虚空に向ける。
『……そうねぇ、ま、強いて挙げるなら。あの子の心臓が術具だったってことかしら?』
それも、かなり特殊な。エブリシュカでもそう思っていたらしい。当然、シャルも。
『……他に何か知らない?』
メルティナの心臓が術具になった経緯について。エブリシュカが各々の顔を見渡すも、互いに顔を見合わせるばかり。誰も心当たりが無さそうだった。
「―――ま、その辺の陳腐な粗悪品でないことは、確かね」
エブリシュカのいう通りだった。無限に湧くかのような光の《アニマ》。
最初見た時、シャルも驚いた。
『製造者ってわかる?』
「さあねぇ。ネフィリアーシャとかいう傀儡師とか?」
「それはない」
エブリシュカの推論を、シャルは即座に否定した。それには訳がある。
「彼女は自分の作品に絶対の自信を持っていて、なんなら自慢もしてくる」
「根拠は?」
彼女は怪訝な顔で尋ねて来た。
「僕の右腕と左目は生体傀儡で、ネフィリアーシャに造ってもらったから」
シャルの右腕と左目は、亜竜の血肉を素材に造られた。
その際、性能や概要について力説していたが、メルティナの心臓については一切語られていない。
それを聞いたオヴェリアが一つの結論を出す。
『なら、その心臓はサリシェが創ったのかも』
『黒き魔女』サリシェ。不世出の死霊術師と呼ばれるほど卓越した屍人形制作技術を有する女傑。その実力は神々の加護を賜る十二仙に伍するとか。
彼女の技術力であれば可能かもしれない。それだけの説得力が、彼女の実力にはある。
「なるほど……」
それならメルティナの心臓が強力な術具であることも納得できた。
ただ、それがあるからと言って――
『人間どもよ――』
直接頭に響いて来る女性の声。もちろんナハティガルナではない。
『貴様らが信じた英雄は、私が殺した。そして、この場に貴様らの祭神は来ぬ。イシャードの民よ。非業の死を遂げたくなければ、我を崇めよ。太陽に向かって左腕を差し出せ』
そうすれば至上の幸福を約束し、魂に安寧が訪れ救済が果たされるであろう。
聞き心地の良い声が余韻を残して頭に響いた。
『どうかした?』
念話の対象外であるオヴェリア。彼女にエブリシュカが説明した。
『乗らなくていい。そもそも、『黎明破曉』の拠点でペネが鏖殺したから焦ってるだけ』
彼女によると、神とは信仰の規模によって力が増減するという。
ならば今、イリスコリアスは窮地に立たされていることになる。倒すなら今。オヴェリアが断言する。
「本当にできるの?」
疑念が拭えないのはエブリシュカだけではない。クロアやザウラルドも険しい表情を浮かべるだけで戦意に高揚した気配はない。
だが、シャルだけは違った。
十数枚の形代を展開しながら外に飛び出し、市中に散らせながら祭壇の方へ。
もし、敵が手詰まりなら間違いなく、龍脈の湧出点である祭壇に行く筈。
そう確信を持って《風迅》を自身に施しながら向かった。
「居た……」
予感は的中した。おぞましくも巨大な女神は崩れ去った祭壇の上に浮かんでいた。
地面に影が差す。そこで瓦礫の中に埋まる白衣の腕が見えた。プレッツィオの亡骸。あれは間違いなくそう。
『紛い物の尖兵か。どうだ、改宗する気になったか?』
「断る」
悪魔の誘いを拒絶した。そしてそれを、副話術で形代にも言わせる。
『ならば何故、こんな所に来た?』
糾弾するような声色。その声が耳朶を打っただけで総身が震えた。
(けど――)
ここで怯んではいけない。自分に喝を入れ、身体から湧き上がる魔力を巡らせ、自らを鼓舞する。それだけで勇気が湧いて来た。
不意に、イリスコリアスの眼前で光の粒子が収束する。輝きを放つそれは、地表に下降しながら次第に純白の巫女の姿を取る。シャルは思わず目を剥いて驚愕の表情を浮かべた。
「メル、ティナ……っ」
「さあ、シャル。共に、陽光神様を崇拝しましょう」
ナハティガルナ様などではなく。両手を握り合わせ優艶に微笑む様子は、玲瓏な声音は、まさにメルティナそのもの。ただ愕然とするしかない。
弱体化しているなら、救い出す機会もあるだろう。そんな儚い希望的観測で飛び出した。
シャルはこれで確信した。メルティナを助け出すことができる、と―――
一人と一柱の間に沈黙が訪れる。
やがて、シャルディムが口を開いた。
「陽光神イリスコリアス。お前は、プレッツィオの身体を借りてこの街に医療を提供し、多大な貢献をしたのは僕も知ってるよ」
『ほう』
そう、それは紛うことなき事実だ。
「だけど。その実績は、神殿で僕らと再び見えた時。自らそれをドブに捨てたんだ」
『何?』
怪訝な声色で聞き返す。本当に分かっていないようだ。
「プレッツィオの身体を借りて名を騙り、その口で見逃すと言いながら殺しに来た。そんなお前の言葉を、どうして信じられるんだっ⁉」
先程からこの異教の神は、嘘しか吐いていない。
『黎明破曉』の本拠地が壊滅して弱体化し、それ故今すぐにでも信仰してくれる存在が欲しい。
高圧的な物言いは、焦りの裏返し。それを、形代を通じて市内に広く宣伝した。
『根も葉もない嘘で人心を惑わすのは止めろ。信心のない者には罰を与えねばならん』
「厚顔も甚だしい! 十二仙には遠隔地から高精度の念話ができる神器が渡されている」
既に王都や聖都では広く周知されている筈だ。そもそも、
「僕は誓約上、嘘を吐けない。お前と違ってな!」
この地を治める領主を始め、それを知る者は多い。シャルはただ、見知っている事実を言えば良いだけだった。それだけで改宗は避けられる。
それに、イリスコリアスは思い違いをしていた。
確かに人は、恐怖によって突き動かされることがある。しかしそれは、胸中が絶望を支配している時に限られる。
強い希望があれば人は、いたずらに恐怖に支配されたりしない。
「ぽっと出のお前がナハティガルナ様のことをどう言おうと、この国の人間はお前に与したりなんかしない。人間を、舐めるなッ!」
理解の及ばない異教の神を喝破した。
信仰の規模によって力が増減する。これは神と人を対等にするよくできた仕組みだ。
信仰が深まれば神からの恩恵がより強まる。つまり、これは相互の献身を促すものだ。
それを弁えず、一方的に搾取するなど言語道断。
『何を言うかと思えば。『黎明破曉』の人員は、それこそこの国の人間から募ったのだぞ?』
「どうせ、人の弱り目に付け込み、甘言で惑わせたんだろう? 得意の嘘でな!」
『嘘ではない。現に――』
「それが真実であると、嘘つきが言っても信じられないんだよ。他人の話、聞いてたのか⁉」
最早、イリスコリアスは言葉で信頼を得ることはない。改宗は成されない。
「降伏しろ。陽光神イリスコリアス。『黎明破曉』の信徒が根絶やしにされ、信仰が失われたお前にもう、勝ち目はない。そんなお前でも、殊勝な態度であれば、あのお方も便宜を図ってくれるだろうさ」
『よく言った。シャルディムよ』
(え―――)
後ろに気配を感じると、そこには銀髪碧眼が麗しい銀狐の女神。
『ナハティ、ガルナ……っ どうしてここにっ⁉』
来ないと言っていた常世神の参上。イリスコリアスは明らかに動揺していた。
『ここは我が鎮守する国。ならば。我がいつ、どこに存在しようと自由であろう?』
艶然と微笑みながら首を傾げる女神。屈託のない笑顔はまるで少女のよう。
そこへ、巨大な魔力と神気の高まりを空に感じた。見上げた先には、ここを発った筈の朔夜とゼルティアナ。生きていた。神殿に降り立った二人は、自らの祭神の元へ馳せ参じた。
『よくぞ来た、二人とも。大儀である』
「「はっ!」」
それを見届けた後。シャルディムは神気解放で九尾の青年へと変貌。市中を彷徨させていた形代との経路を五枚だけ残して切断。残った形代を自分の元へと引き揚げさせる。
『おのれ、尖兵が……っ』
異教の神が忌々しく吐き捨てると、炎や雷、光輪や金環を展開した。が、それを撃ち落とす無数の矢がイリスコリアスを襲う。
「もう、貴様に勝ち目はない。諦めろ」
ゼルティアナが弓を番えながら言い放つ。




