壊滅
大地は、陽光神イリスコリアスの大魔法で荒廃した。
神刀を賜った二人の英雄は倒れ現在、神の前に敵は居ない。
『だから言ったのだ。愚かである、と――』
歯向かった結果がこれだ。イリスコリアスはまだ、実力の半分も出していない。
『…………来たか』
イリスコリアスは北東の方角へ振り返る。そこには長大な蛇腹と竜尾、風に靡かせる八枚翅の巨大な蛾。『蠱毒の濛靄パンドラ』と、人間で畏怖されているもの。
『超獣』。それは太古の神々の残滓。その成れの果て。
翼を広げ、パンドラと同じ高さまで上がる。
猛毒の鱗粉を人間たちに振り撒かれたら厄介だ。コレはここで消しておく。
まずは再び恒星の打ち上げ。
これであらゆる呪いと傷を癒す『月光』。
心中を含め全てを白日のもとへ晒す『天照』。
そして、未来すら照らし示す『黎明』。これ以外にも権能全ての効力が最大化する。
《大魔法 蹂躙する(ヴァイオレイト)雷霆》。
空を劈く大雷が超獣を何度も貫通した。しかもそれだけに止まらず、大気を引き裂いて迸る稲妻が蛟竜のごとく絡み付き、天に浮かぶその巨躯を雷光の剣刃が執拗に焼燬する。
放たれた陽光神イリスコリアス最大の魔法はパンドラを消し炭にして討滅した。その余波が地上に降り注ぎ、更なる暴虐を犯す。
『ふむ。悪くないな』
お陰で受肉した身体の馴致が済んだ。
あとはイシャードの民を自分に帰依させ、更なる信仰で力を得た後は紛い物を滅しに侵攻を開始するだけ。手始めにまずは『幻想』のナハティガルナ。
『待っていろ。偽りの栄華を極めし簒奪者どもよ』
イリスコリアスは翼を広げて優雅に舞い、イシャードへと向かった。
突如、力の弱まりを感じ、空を駆ける速度が減衰した。
『馬鹿な、何が――』
――いや。解った。
本拠地に残した信徒が全滅したのだ。魂の交感させる聖印を持つ旭祭司が居ない今、先程の十分の一以下の実力にまで落ち込んだ。
急がねばならない。早くイシャード全員を帰依させ、力を取り戻さねば。常世神と戦うどころではない。
イリスコリアスは大幅に減衰した力で急行した。
〇 〇
陽光神イリスコリアスが待つイシャードへと、召喚した雷雲に乗ってレオポルドは空を征く。
展開している術式は《耀剣陣》。暗雲斬り裂く閃雷を轟かせる暗雲を展開する。
そこへスマホからの通知。ペネトレーニュからだ。
「どうした?」
『はい。信徒の根絶やしが完了しました♪』
老人から赤子まで。嬉々として伝えて来るペネトレーニュ。慈悲深い我らがナハティガルナに心酔している割にその発言には妥協も、容赦も一切存在しない。
『まったく、失礼しちゃいますよね? 泳がせているという意味が、まるで解っていなかったみたいなので♪』
つまり、彼女はいつでも本拠地に攻撃を仕掛けられるよう何処かに部隊を複数個布陣していたのだろう。哄笑している割に隙のない事だ。作戦が成功して何より。
常世神について、王族や十二仙しか知らない理があった。
『我ら常世神が人類を守護するのは。信仰こそが存在の根源であり、その規模によって強さが変動するからなのだ。もし誰からも信仰されず、名前すら忘れられた時。神はその神気を消失し、魔物へと堕ちる』
超獣から人類を守護することで、信仰を一身に集める。それが、彼らの生存戦略。ここに一つの、共存関係が生まれる。
だからこそ、彼女たちは自身の弱体化を極端に嫌うし、信仰を脅かすものは許さない。
故に系統を異にして習合に応じない神はひたすらに疎ましく、悪しき邪神として滅殺するしかない。宗教戦争がそのまま絶滅戦争になる。
神刀十二仙こそ、その戦争の急先鋒を務める一番槍。だからこそ、オヴェリアは軍に出向していた。
(それにしても、意外と早かったのぅ)
正直、もう少し時間が掛かると思っていた。存外、有用な人物のようだ。
ペネトレーニュの神刀は屍人形等の核として使われる『黒き心臓』、その名を『レミエル』。それを自身の心臓と挿げ替えてもらった。
謂わば、神造の屍鬼。それが十二仙、ペネトレーニュ・オルドラン。
自らを屍鬼に変えてもらうなど、最早狂気の沙汰。心酔もここに極まれり。
能力は励起。他の『黒き心臓』と魔力の経路を結び、内在する魔力を交感させる事で飛躍的に能力を向上させる。
彼女が擁する屍人形の数はおよそ百体。種々の亜竜の骨肉を素材に造られたそれらが励起と神気によって強化されると、それは百体の竜よりも強大な戦力となる。
しかも、一個の意志によって完璧に統制された軍団として。その脅威度は国家転覆すら可能にしてしまう。
強力な軍団の所有が許されるのも、偏に彼女が十二仙で、ナハティガルナへの信仰があればこそ。
もっとも、本人は倍以上に増やしたいと、常々言っているようだが。
そんなものが一部とはいえ、敵の本拠地に乗り込んだのだ。たとえ旭祭司が居てもひとたまりもないだろう。
(あの程度の実力ではな……)
先程相対した敵を思い出していた。
ハッキリ言って弱い。権能とかいう神からの加護も脆弱だった。十二仙であれば、別に本気を出さずとも屠り去ることができよう。
かつて、その内の一人に十二仙が一人殺された。
その結果、十二仙は更なる研鑽を積み、今では実力に雲泥の差が付いてしまったようだ。
『……それで? まだ着かないんですか?』
「全速で向かっている所じゃ」
そもそも、離宮とイシャードは一日で往来できる距離ではない。
『早くしてください。まったく、ケツを腐らせることに腐心されるのも、困るんですけどね?』
中々に手厳しい。
「ほっほっほ。そうさのぅ。事が終わったら、少しは後進について考えようかのぅ」
早くしなさい。彼女はそれだけ残して通話を切った。
(冗談ではない)
あらゆる努力を払い、今後も居座り続けてやる。絶対に。
なにが悲しくて引退し、王侯貴族の骨肉の争いに身を投じなければならないのか。
それが嫌で十二仙になったのに。
「これからも醜くしがみついてやるわい」
生涯現役。ただの王族なぞ、死んでも御免だ。
「――――では。少し、本気を出すとするかのぅ」
精神を集中させるレオポルドもまた、ナハティガルナから膨大な魔力と神気を引き出す。
雷を収束させて一振りの巨大な剣を形作る。それを投擲。遥かなる大地へと投射。
地面に深々と突き刺さると、レオポルドは自らに雷を纏わせ、まるで磁石のように巨剣へと自身一瞬でを引き寄せた。
これを繰り返してイシャードを目指した。
〇 〇
朔夜とゼルティアナが去った後。
神殿に残されたシャルディムたちは月例祭の中止と、テロ鎮静化の達成を発表して観客や戦禍の避難民を解散させた。避難民は城塞で引き受けるよう、取り決めがなされている。
彼らが引き揚げていくと、シャルたちも寮へと戻る。舞い手や囃子手たちは疲労から自室に帰り休息を取った。因みに子供たちの面倒は、レティシアが見ている。
警護担当や旭祭司との戦闘を行ったシャルたちだけが食堂に集合していた。
「…………」
顔を俯けるシャルは失意の底に居た。
自分には、誰も救えない。
誰も守れない。
何もできない。
ここで無為に呼吸するだけが関の山。
存在意義すらあるのかどうか。
「フ…………ッ」
余りにも惨めで、乾いた笑いが漏れた。
「それで、これからどうしますか?」
停滞した空気の中、話しの口火を切ったのは意外にもクロア。
銀狐の仮面に皆が注目した。
「取り敢えず、十二仙に連絡してみては?」
クロアが振り返った先には、いかにも不機嫌そうなエブリシュカ。不貞腐れた顔で舌打ちした。
「ったく、しょうがないわねぇ……」
悪態を吐きながらもスマホでオヴェリアに接触を図る。程なくして、
『もしもし』
「んじゃあ、こっちの状況を説明するわね」
イシャードで何が起きたか。それを事細かに説明する赤竜の魔女。
「……わかった。二人がそっちに着いたなら、もうできることは無い」
その言葉を聞いた瞬間、安堵の溜め息を小さく漏らすシャル。だが、何に安堵したのか。自分でも良く分からない。
『確認なんだけど。イシャードは陽光神イリスコリアスをまだ信仰してないってことで良い?』
「そうね。あの二人が頑張ってるみたいだから、改宗を迫られた覚えは無いわね」
その回答に了承するオヴェリア。
『ただ、もう一つだけ。気になってる事がある』
「なによ?」
それは。どうして、メルティナが生贄に選ばれたのか。その根拠。
何故、メルティナでなければならなかったのか。そこは、シャルも疑問に思っていた。




