神殺しの矢
大太刀を斬り上げ桜吹雪を空に散らした。《百花繚乱の太刀 春雷太刀風》。指向性を持った花弁の爆発が天空から大地を圧し潰す。
追撃。《百花繚乱の太刀 春絶爪牙》。巨大な剣刃と化した桜の花びらが守りを固めるイリスコリアスに牙を突き立てる。表皮から赤紫の鮮血が舞う。
攻撃が届いた。
(畳み掛ける――――!)
流麗な剣舞を踊り、桜色の濃霧を狂乱させる。
《百花繚乱の太刀 櫻濫散華》桜吹雪を最大展開し起爆。桜色の閃光と灼熱が敵を燬く。
(もう少し――)
神刀『東雲』を振るう事で桜の花びらが舞う。朔夜は花弁一つ一つに魔力と神気を通しているが、その全てを精妙に操っている訳ではない。《櫻天陣》の範囲外に散逸するのが一定数存在する。
それを剣舞によって起こした旋風に巻き込んで火力を補填。そこから繰り出されるは、高密度に圧縮された桜色の劫火。
《百花繚乱の太刀 櫻霞万咲》。熱と光が大気を焼燬して爆発の暴威が大地を砕く。鼓膜をつんざく轟音は世界を揺るがした。
爆風が弱まった段階で再び剣と舞う朔夜。舞い散る桜の花びらを刀身に幾重にも纏い、敵目掛けて駆け出し斬撃を放つ。《百花繚乱の太刀 桜火一閃》。高圧縮された爆炎の斬閃。
斬撃で相手を激しく焼燬し、余波で大地を消尽し呑み込む劫火の斬撃。周囲の空気が爆縮と拡散を繰り返し荒れ狂う
霊験を滅し爆発する花弁の操作を精緻の極みまで昇華した朔夜の剣術の奥義。
「やった、か…………?」
大きく距離を取った現在、大技を連発した反動で息も絶え絶え。固唾を飲んで土煙が晴れるのを見守った。
『気が済んだか?』
「え――――?」
発せられた平淡な言葉に、朔夜は絶句した。舞い上がった土埃の天幕が取り払われると、そこには異形な威容が健在だった。淡い光を身体から発しながら。『払暁』の権能。
イシャードに来る途中、スマホを使い十二仙同士で状況確認をした。
旭祭司の権能の中には回復能力も存在するらしい。しかし、だからといって――
これは、あんまりにもあんまりだ。
「うそ……」
朔夜は暗澹とした気持ちで無傷の巨躯を見上げる。
空を仰いだイリスコリアスは天に向かって腕を広げた。光の粒子が一点に収束していき、光球が形成される。次第にその大きさを増し、異形の巨体をもってしても抱える程まで膨れ上がる。それを遥か頭上へと打ち上げた。降り注ぐ光に思わず手で庇を作って目を細める。
『では、こちらからも行かせてもらおうか』
悠然と虚空に腕を突き出すと、一切を吹き飛ばす豪風と空間を劈く白き大雷が迸った。
耳を聾する咆哮と雷響を轟かせて朔夜に迫る。靴底から爆炎を噴射して離脱。塵埃すら焼尽し大気を斬り裂く雷は無数の剣刃を大地に突き立て抉り取り、猛る風が遮るものを塵一つ残らず消し飛ばす。躱さなければ恐らく、消し炭になって消えていた。
「…………っ」
その威力に心胆が凍り、総身が震えあがる。威力の桁が違い過ぎた。
今の疾風と白雷は自分で対峙した旭祭司の権能だったから余計に痛感した。
それを端緒に、次々と攻撃が容赦なく降り注ぐ。
炎と光、雷と風が朔夜を追い詰めていった。輝きを増したイリスコリアスは無尽蔵に攻撃を繰り出していく。戦艦フォルネウスの戦いで見た支援系の権能だと推測した。
「これは……っ」
違和感を覚える。まるで、最初からそうなるのが解っていたかのように布石を打たれて逃げ道が塞がれていく。集中力を極限まで高め、シャルディムの『加速』の魔眼のように時間感覚を引き延ばしてもそれは変わらない。
このままでは死ぬ。殺到する激烈な攻撃によって袋小路に迷い込んだ時。あらぬ方向から急激に力が掛かった。
「大丈夫か?」
馳せ参じたゼルティアナが朔夜を死地から回収していた。
「………助かった」
絶体絶命に背筋が凍えた朔夜は息も絶え絶えで、辛うじて言葉を絞り出す。
事実、彼女が矢で朔夜の服を射って逃がしてくれなければ、確実に殺されていた。
「中々楽しめたがな。やはり、主賓の相手をしない事には終われまい?」
獰猛な瞳で凄絶に笑う戦闘狂。敵でなくて良かったと、今更ながらに思った。
「助けた礼に、神殺しの桜花を寄越せ」
それも三つ。立てた指の多さからそう判断した。
「神殺しの矢だ」
不敵な笑みを浮かべながら、渡した花びらを触媒に矢を生成。それを真上に向かって放つ。
《破軍弓 二死 『貫』の極 光陰嚆矢》。音を置き去りにした神殺しの一矢は遥か上天に飛ぶと、蒼穹に吸い込まれた。
不意に、降り注ぐ陽光が輝きを増し、露わになっている表皮に痛みが走る。
これも恐らくは権能。
「撃ち落とさねばなるまい」
「ええ。私が引き付け――」
既に来ていた。陽光神の六つの掌には光輪、光球、豪火球、白雷、旋風、紅煙がそれぞれ展開しており、それらが大挙して押し寄せ、猛威を振るう。
旋回。大太刀から桜吹雪が咲き乱れ、桜色の紗幕が全てを相殺。しかし、止まることを知らないそれらは氾濫する大河のように二人を襲った。
朔夜は十二仙中、最強だ。
しかし、それは十二仙内だけの話であり、瞬間最大火力と『神殺し』が秀でている一方で手数の多さや効果範囲、射程の広さでは他に劣る。
その点、射程と手数の大さでいけばゼルティアナが一、二位を争う。
弓を引き、無数の矢が多様な軌道を描いて敵を襲った。それでも、相手の手数の方が勝っていた。それでいて、未だに余裕がありそうだった。
(遠い――)
桜の花弁を燃料に、爆速で縦横無尽に戦場を飛び回る朔夜。相手の攻撃を捌くだけで精一杯。
幻術による攪乱は朔夜も『不現』の魔眼を触媒に幻術で対抗。お陰で敵からの不意打ちはない。
神撃の暴威が平原を蹂躙する。緑豊かな地平は今や焼尽し破砕され、酷く荒廃し切っていた。
極限の集中によって一瞬を何秒にも引き延ばす時間感覚。それによってどのくらい膠着状態が続いているのか、最早判然としない。
拮抗した状況を保つ分水嶺。それが今にも崩壊しようとしていた。
「はあっ はっ……、……、はぁ…………っ」
先に限界が来たのは人間。朔夜はもう息も絶え絶えで、武器に寄りかからなければ立っていられなかった。恒星から降り注ぐ光線で服が焼けて皮膚の焦げ付きが激痛を通り越し、既に痛みを訴えなくなっていた。
ナハティガルナから供給される魔力と神気は無尽蔵。
しかし、それを呼び込むための魔力やそれを下支えする体力や精神力には限りがあった。
ゼルティアナの方が先に底を尽きたようで、途中からは回避に徹していた。
『幕引きだな』
「くっ……」
陽光神イリスコリアスは包み込むように六本の腕を出し、恒星のような巨大な光球を形成する。アレが自分たちを屠り去る止めの一撃。
その圧倒的な強さの前に、膝を屈するしかないのか。朔夜は悔しさに歯噛みした。
「この瞬間を、待っていたぞ……っ」
ゼルティアナはまだ諦めてなどいない。限界まで弦を引き絞っていた。
手にしていた矢は神殺しの矢。攻撃が止むのをひたすらに耐えていた。
それを阻止しようとイリスコリアスが動く。朔夜は最期の力を振り絞って大太刀で舞い白刃を閃かせて爆炎を撒き散らした。
静観を決め込んでいた敵がゼルティアナに接近。満を持して矢が放たれる。
音を置き去りにする矢、狙うは上空から殺人光線を降らせる恒星。翼を広げ、矢に追い縋る敵の背にもう一矢。ゼルティアナは狙いを付けた。
《破軍弓 二死 『貫』の極 光陰嚆矢》。持ち前の技量で必中を決定付けられた、最後の神殺しの矢。振り返りそれを撃ち落とす異教の神。恒星に矢が吸い込まれた。しかし、途中で爆散し星を落とすには至らない。だが、それでも彼女は不敵に笑っていた。
突如、上天から恒星を撃ち抜く一矢。それは、最初に放たれた第一射。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
気合一閃。朔夜は渾身の力で大太刀を投擲。桜の花弁を曳きながら空を翔ける刀身は動揺を隠せない神に達した。桜の花びらが爆炎を噴き上げ、その巨体に大穴を穿つ。
「今度こそっ!」
倒した筈だ。疲労困憊の朔夜は手応えに拳を強く握り締める。
「でかした!」
満身創痍のゼルティアナも歓喜に沸いた。
だが、砕けた筈の身体はみるみるうちに再生していった。『神殺し』の権能が、まるで効いていない。それは、絶望的な実力の隔絶だった。
《大魔法 焼尽する(プロミネンス)光焔》。
六本の腕を天に突き上げ頭上に再び恒星を形成。今度はそれを、朔夜たちが居る地表に投げ付けた。白光と灼熱が世界を焼燬する。莫大な光の氾濫。
眩い光で世界が漂白され、視界が消失した朔夜は光の中で意識が途切れた――――




