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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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百花繚乱

 シャルディムは朔夜さくやに恐る恐る尋ねる。


「あの、メルティナは……」


 助けてくれるよね?

 すがるような視線を赤鬼の半面の下から朔夜さくやに向けていた。


「それはできない」


 陽光神イリスコリアスの依り代として共に討滅する。


「――――っ⁉」


 無情な決定事項に足がふらつきそうになった。足先で踏ん張り、それを何とか耐え忍ぶ。


「魂魄融合を果たしたらどうなるか。自分が一番よく知ってるハズ」

「…………っ」


 そう、魂の改変は不可逆。朔夜の言う通り。魂魄融合によって反魂を果たしたシャルディム自身が良く分かっている。無力さに歯を食い縛り、絶望的な真実に口を引き結ぶことしかできないでいた。


「大丈夫。アナタはよくやった。自分を責めなくていい」

(――――ッ)


 シャルを優しく抱き締めながら囁く、赦しの言葉。強張った身体が解きほぐれていく。

 気持ちを強く持っていないと、思わず首肯してしまいそうになる。


「あとは、私に任せて」


 抱擁を解くと、彼女はきびすを返して数歩離れた。


「待っ――」


 シャルの制止を聞く事無く、大太刀を振るい魔力と神気があふれる五体で大跳躍。空中で舞い散る桜の花弁を発破して爆炎を噴射。砲弾の如き速度で風を切り裂きながら異教の神が待つ戦場へと向かった。


 無力感だけが、身体に広がる。足が鉛のように重い。カラカラに乾き切った喉からは、言葉を絞り出せない。

 空から降って湧いた二人の英雄。快刀乱麻で状況を打開し彼女たちが再び戦場に舞い戻ると、静寂だけが取り残された。


「みんなっ」

「皆さんっ」


 リヴェーリアとレティシア。警護を担当していた二人がシャルたちに駆け寄る。他の神職や冒険者たちもそれに続き、《風迅ブリーズ》を解除してやるとそれぞれ助け起こされていた。

 みんな、特に怪我もなく無事。

 ただ、メルティナだけがそこに居なかった。


「………………」


 虚空を見上げるシャルディムは立ち尽くし、力なく尻尾が垂れ下がる。


 〇                                    〇


 城塞都市イシャードの東側。城壁を出て村々から離れた平原はレバトを結ぶ交易路が存在する。それから大きく外れた場所で、朔夜とゼルティアナは敵と対峙していた。


 空に浮かぶ陽光神イリスコリアス。天を仰ぐ程の巨躯を誇り、枯れ木のような鎌首に無数の複眼を備えた頭部をした六本腕の巨大な純白の女神。背中に身の丈程の日輪を二つ背負い、四枚の鳥翼を広げている。下半身は蛸のように無数の触腕が垂れ下がる。


 おぞましい。その姿は朔夜さくやに生理的嫌悪感を抱かせた。目にした途端、怖気おぞけが襲い、皮膚が粟立あわたつ。白銀の尻尾がピンと張り詰めた。

 威容を誇る巨体とは別に、漆黒の鎧に身を包んだ四本腕の巨人騎士。


 蝙蝠こうもりの双翼を広げたそれが、異教の神を守る形で巨剣を構え陣取っていた。

 平原において、大きく距離を隔てる両陣営。両者の間には張り詰めた緊張が漂い、空気が軋んだ。


「本当に良かったのか? 冒険者たちを連れて来なくて」


 油断なく神弓の弦に指を掛けながら朔夜に尋ねる。


「じゃあ、初対面の人間と隙の無い連携って取れる?」


 無理だな。ゼルティアナはあっさりと認めた。そういう事だ。この場に一々足手纏いなんて参加させていられない。

 神刀十二仙は天才や傑物けつぶつ、奇才の類しか居ない。魂魄融合こんぱくゆうごうや妖刀、屍人形コープス機械義肢マニピュレータに頼らなければ実力を引き上げられないような輩とは格が違った。


 相対するイリスコリアスは現界したてとはいえ、間違いなく旭祭司たちよりは上。それに、未知数な部分も多い。

 自分たちが死力を尽くしても、勝てるかどうか。

 それでも、やらなくては。朔夜は決意を固め、人知れず覚悟を決める。


『そなたら二人。我が尖兵せんぺいたる旭祭司きょくさいしを退け、よくここまで来た。その類稀たぐいまれなる素質を賞して問おう。我が眷属けんぞくとならぬか?』


 イリスコリアスはあろうことか、朔夜たちを勧誘して来た。敵対しているという自覚が無いらしい。それほどまでに実力差が乖離かいりし、周囲にたかる羽虫と同じく敵と認識できないのか。

 朔夜は憮然ぶぜんとして異教の神を見詰めた。


「馬鹿を申せ。脆弱ぜいじゃくな加護で他人をこまとして使い潰しておいて。恥を知れ、恥を」

「本当にそう。そもそも、ナハティガルナ様と敵対してる時点で、無理だから」


 二人は口々に斬り捨てた。冗談ではない。朔夜は大太刀をイリスコリアスに差し向けた。


『愚かな。我が元に来たならば、至上の幸福と救済を約束したというのに……』


 哀れみを浮かべる異形の女神。その態度が朔夜にとって我慢ならない。


「だから、馬鹿を申せと言っている。最初から救済などする気が無いから、駒として使い潰したのだろうが」

「虚言をろうし人をだます。その言動自体、既に救いようが無く愚か。鏡見たら?」


 交渉は決裂。そもそも、真実を語らない相手に交渉も何もない。どれだけ人を見下せば気が済むのか。


「はあああ……っ」


 聖印に更なる魔力を込め、溢れ出る魔力と神気を体内で巡らせて精神を高揚させる。意識を下腹部の一点に集中、感覚を研ぎ澄まし内側に深く、深く、忘我の境地へ。

 そうすると、やがて神気の根源たるナハティガルナと精神感応を果たす。


 そして、朔夜の精神は純白の世界へと降り立った。

 ここは魂の交差路、時間からも隔絶された聖域。それがこの空間。

 そこに一柱ひとはしら、九尾を持つ銀狐の女神が絶艶ぜつえん美貌びぼうでたおやかに微笑み、たたずんでいた。

 彼女たちはこの世界を、『静寂しじま聖廟せいびょう』と呼んでいた。


「よく来た、朔夜」


 歓迎するぞ。ナハティガルナは透き通るような銀髪をらし、両手を広げて胸襟きょうきんを開いた。


「ナハティガルナ様」


 膝を着き、朔夜は女神にかしずく。その背後には大きく艶めかしい黒豹、『誑惑きょうわく』のシトリーが控える。

 シトリーはナハティガルナの眷属で神刀『東雲』の本来の姿。十二仙とはすなわち、眷属けんぞくに見初められた人間である。


「さあ、手を」


 凄艶せいえんな微笑を浮かべる女神が手を差し伸べ、跪く朔夜がその手に触れた。膨大な魔力と神気が自身に流れ込んで来るのが解る。胸の奥から湧き上がる多幸感に打ち震えた。


「頑張るのだぞ?」

「はいっ!」


 励ますナハティガルナに、立ち上がった朔夜は小気味よい返事で応じた。

 やがて、意識が現実へと引き戻されていく。

 気が付くと、遠望に異教の神が翼を広げ高度を上げて浮かんでいた。

 朔夜は聖印を輝かせて膨大な魔力と神気を纏い、清冽せいれつな魔風に桜吹雪を散らしていた。


「黒い方は任せる」


 同じく膨大な魔力と神気を纏うゼルティアナと敵を分担し合う。


「死ぬなよ?」

「そっちも」


 二人、言葉を交わし終えると朔夜は再度詠唱する。


万蕾ばんらいおびただしく芽吹き。大輪たいりんことごとく咲き誇れ。猛り舞え、桜霞おうか。《櫻天陣》!」


 神気解放し、結界を最大展開。朔夜の周りで桜吹雪が舞った。桜の花びらが淡い紗幕しゃまくす。


天鷹てんよう遥碧ようへきき、嚆矢こうし千里光陰を貫け! 《神鷹陣》!」


 ゼルティアナもまた追加詠唱し、場に魔力と神気が満ちる。

 翼をはためかせ向かって来る四本腕の黒騎士。弓を番えたゼルティアナが矢を放つ。それに合わせて最接近。翻身し横合いから強力な一矢を見舞ってその巨躯を見事に吹き飛ばした。

彼女はそれに追随しながら再び矢を構えていた。彼女は問題ない。


(正念場だ。私)


 でも、大丈夫。

 だって――――


「私は、お姉ちゃんだから……ッ」


 発破。浮かせたかかとに展開した桜の花弁を爆発させて空中に五体を投げ出した朔夜は自身を砲弾と化す。一瞬で距離を稼ぎ、イリスコリアスが背負う二重の輪環が瞬くのに合わせて大太刀を振るった。《百花繚乱の太刀 桜吹雪》。花弁を起爆。桜色の爆炎が放たれる閃光を打ち消す。


 敵が爆煙に包まれている中、宙に浮かぶ朔夜は身を翻し剣舞。おびただしい桜の花弁が空を舞う。

《百花繚乱の太刀 桜時雨さくらしぐれ》。砂塵の煙霧に桜色の爆炎が降り注ぐ。百雷の光焔こうえんが地をえぐった。


 朔夜はさらに接近して攻撃の手を緩めない。巨大な大太刀で地面を一回転。虚空を斬り裂く。

《百花繚乱の太刀 桜連さくらのむらじ》。舞い散る花弁が薄紅色の旋風を複数形成、塵埃じんあい煙霞えんかを斬り裂いて女神の異形が露わとなった。無傷。突き出した手を強く握り締め、一斉起爆。


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