二人の救援
秋の日差しに照らされる舞台の上。そこに留まっていた膨大な魔力が光の弾となってプレッツィオの指先に収束する。それを呑み込んだ瞬間、膨大な神気と魔力が溢れ出した。
ドクン。大気が胎動し、大地が脈動する。
舞台の揺れを見て、メルティナはオヴェリアの台詞を思い出した。太い龍脈が神殿の下に通っている、と。
膨大な光の氾濫。それが舞台を中心に円柱を成し、天を衝く勢いで噴き上がった。
純然たる魔力と《アニマ》の奔流。その中にメルティナは居た。
「…………」
圧倒的な超常。それを目の当たりにして驚愕に目を見開き絶句していた。
不意に、メルティナを見上げるプレッツィオの背中から淡く灯る光球が飛び立ち、青年は糸の切れた人形のようにその場で頽れる。
光球が奔流を掻き分けメルティナの胸元に迫って来た。
(イ、ヤ――)
ゆっくりと、染み入るように。光球がメルティナの中へと入っていく。
そして、『何か』が身体の内側より溢れ出し、意識が混濁していく――――
メルティナが目を覚ますと、そこは純白が広がる世界。そこに一人、何故か立っていた。
一切の物は無く、空も地も境界が曖昧。どこまでも果てなく、ただ純白が埋め尽くす。
「ここ、は…………?」
まるで見覚えのない景色。そもそも、どうやって来たかも解らない。
「暁の巫女よ」
「え――――」
目を瞠るメルティナは言葉を失う。眼前には、もう一人の自分が居た。
「見ろ」
もう一人の自分が真っ白の地面を指差す。すると、穴が開いて別の光景が飛び込んで来た。
そこには、胴から真っ二つになったヴァイスや首を失くして事切れているナガル。
瓦礫に埋もれたままのソルベージュとレドベージュ。それから、金環に締め上げられて地に伏せる瞼を閉じたままのクロアやザウラルド、それにエブリシュカ、ビルギットも。
そして、小柄な獣人の少年。
「シャルっ!」
地面に膝を着き、必死に呼び掛けるメルティナ。しかし声が届かないのか、一行に目を覚ます気配がない。穴に手を伸ばしても、一向に触れられない。距離の隔たりがもどかしい。
「お前のせいだ」
「は――――?」
迫真の顔でメルティナを覗き込んで来る。
「この者たちはお前を守るために傷つき、倒れ、死んでいった。お前のために、お前を死なせたくないために。お前が暁の巫女だから、こいつらは死んだ。お前が、お前が。お前が殺した」
「っ――――――!」
メルティナの双肩を掴み、大きく見開いた双眸で覗き込んで来るもう一人の自分。
胸を手で抑え、思わず息を呑んで押し黙る。押し寄せる逼塞感。
「お前のせいで死ぬ。だからお前が殺した。お前が殺した、お前が殺した。お前が、お前が、お前。お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前が殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺したお前殺した」
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
うわ言のように繰り返される呪いの言葉。堪らず悲鳴を上げて耳を塞いだ。罪悪感に胸が締め付けられ、涙が止めどなく溢れ出す。
「さあ。我が身体に差し出せ。これ以上、誰かを殺したくないのなら」
「あ――――」
耳元で囁かれる甘美な誘惑。その言葉を聞いた瞬間、強張った身体が軽くなる。
気が付けば、メルティナはもう一人の自分に身体を預けていた。
それから、全てのことがどうでもよくなった。
〇 〇
赤鬼の半面の下。シャルが目を覚ますと、見慣れた神殿の舞台が眼下にあった。
今、そこには誰もいない。メルティナさえも。
身じろぎしようにも、自由が利かない。ただ、呼吸は普通にできた。次第に意識がハッキリして来る。
(そうだ。僕は……)
プレッツィオの身体を借り受けたイリスコリアスに敗北したのを思い出した。
そして自分は現在、虚空に浮かび磔にされていることを悟った。
『さて。愚かなる人間どもよ。太古の神の末裔たる我、陽光神イリスコリアスに歯向かいし愚物の末路がいかなるものか。その節穴でとくと見よ』
(一々煽って来るなコイツ)
言葉は耳朶を打つことなく、直接脳に語り掛けていた。台詞の端々に、シャルたち人間を見下した価値観が透けて見える。
一言で形容するなら、それは巨大な異形。
天を仰ぐ程の巨体を誇る一糸纏わぬ純白の女性。枯れ木のような繊細で細長い首の先端には、皺くちゃの肥大した球体臓器でそれを複眼が覆う。背中に身の丈程の二重になった日輪を背負って腰から伸びる両腕が二対、四枚の翼を広げている。下半身は蛸のように無数の触腕が伸び、うねうねと蠢動していた。
悍ましい。黎明破曉はよく、こんな神を崇め奉っていられるものだ。
『地上の栄華を簒奪した、紛い物なんぞに現を抜かすからこうなるのだ』
状態の片腕を伸ばして指差し、シャルたちをあげつらう。
その糾弾を、観客たちは無言で見守ることしかできない。
紛い物。異教の神々は何故か毎回、常世神を見下す発言をした。
守護神として人界を鎮守する彼らに正当性は無く、自分たちこそが正しいのだと言わんばかりに。
少なくとも、ナハティガルナは異教の神々をその様に蔑むようなことはしなかった。
寧ろ、その相容れなさを憂いてすらいた。本当に慈悲深い女神だ。異教の神とは器が違う。
『では、まず。手始めに貴様だ、紛い物の寵児よ。汚らしい断末魔でも叫ぶがよい』
異形の神は処刑の対象をシャルディムに決めた。
(メルティナ……)
シャルはこの場に居ない純白の舞巫女を思い浮かべる。
居ない、というのは正確ではない。今、この瞬間も受肉の際の依り代となって眼前に居る。
また、助けられなかった。テルテュスの時と同じ。
(――――僕は。あの頃と、何が変わったのだろう……?)
赫灼と燃え盛る炎の槍を構えるイリスコリアス。その様子をぼんやり眺めながら感傷に耽る。
槍を構え、投擲しようとしたその刹那。異教の神は天を仰ぐ。遅れてシャルも気付いた。魔力と神気の高まりを。
それは、矢。天より放たれし矢は直上から舞台を貫き祭壇を倒壊させた。矢の暴威が衝撃となって周囲に荒れ狂い、粉塵が舞った。塵埃の濃霧の中で、二つの存在が神気と魔力を迸らせた。
《百花繚乱の太刀 桜吹雪》。巨大な大太刀が纏った桜吹雪がイリスコリアスの巨体で爆発した。
《破軍弓 二死『貫』の極 光陰嚆矢》。大気を劈く一筋の矢。爆炎を斬り裂いて異教神を刺し貫き、その余勢で敵は城壁の外へと弾き飛ばされた。
「もう大丈夫。あとは、お姉ちゃんに任せなさい!」
祭壇の瓦礫に降り立った朔夜が決然と言い放った。
鏡月朔夜。神刀十二仙最強の女傑。援軍としてはこれ以上ない戦力。
肩口の空いた白と紺青の装束に純白のスカート。紺青のオーバーニーを穿いた銀髪碧眼の獣人女性。彼女は端麗な容貌に切れ長の瞳で鋭く相手を見詰めていた。
「ハッ!」
跳躍した朔夜は白い大振袖を翻し、巨大な大太刀をシャルたちに向けて振るう。自由を奪っていた金環が一瞬でバラバラになって霧散する。神殺しの能力は伊達じゃない。
落下するアニスたち舞い手や囃子手はシャルの《風迅》を施して事なきを得る。
全員の無事を確認して安堵していると、
「シャルディム。敵について解っている事があるなら、手短に話せ」
防寒着に身を包んだ長身の鬼人女性、ゼルティアナが《神鷹陣》を展開したまま尋ねて来た。
「やはり大本なだけあって、様々な権能を一度に使いこなして来ますねぇ」
光と影、炎と雷に風。それらを巧みに使いこなすのが陽光神イリスコリアス。シャルディムはクロアの言葉を補足した。
「そうか。心得た」
それだけ言うと彼女は獰猛な笑みを浮かべ、再び弓を番える。狂気に爛々と瞳を輝かせ、引き絞る弦に一矢が現出すると、周囲に無数の矢が瞬時に現界。通天無尽の湧くが如き矢が、弦音と共に虚空を斬り裂き敵の方へと飛翔していった。
さらに第二射。その際、一矢に足を掛けて乗ると、射出と共に自身も飛んで行ってしまった。
成程、ああやって超特急で来たのか。シャルディムはそう推測した。
「シャル」
少年が振り向くと、朔夜が居た。メルティナのためにも、彼女には言っておかねばならないことがある。




