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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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神楽の中断

 シャルは爆炎符で爆砕、クロアは妖刀で斬り捨てビルギットは魔弾で迎撃。残り二人は斬閃と火炎で迎撃した。

 プレッツィオに向き直ると、今度は無数の光輪がうなりを上げて回転し迫り来る。


 宙を走破して来る車輪を次々とさばくも、手数が多過ぎて肉迫できない。弾いても弾いても、勢いを取り戻し全周から強襲し続ける光輪たち。お陰で本人にいつまで経っても近付けない。

 気が付けば、真紅のかすみに包まれていた。

 迸出する爆発の衝撃が大気をつんざく。咄嗟の《風迅ブリーズ》で建物の屋上に逃げ切ったシャルは赤鬼の半面の下で驚愕を浮かべていた。


(なんだコイツは……)


 もはや別人。シャルの知るプレッツィオではなかった。上下する肩。冷や汗が頬を伝う。

 猛攻にさらされ陣形はバラバラ。他のみんなは――


「他人を気にする余裕があるのか?」

「は――」


 影がシャルから生える。いや、細槍となった相手の影が胸元に伸びていた。飾太刀の鍔元でそれを受ける。そこへ燃え盛る複数の豪火球が殺到。更に雷を孕んだ強風が吹き荒れた。

 虚空に牙を突き立てる雷。赫灼とした炎、煌めく光と蠢く影。それらが猛り狂い、四人と四匹を息つく暇なく追い立てた。やがて――


「時間切れだ」


 突如、シャルは身体に力が入らなくなって床に五体を投げ出す。胸元に圧迫感を感じて視線を落とせば、既に金環がキツく締め上げていた。


(いつの間に――――――⁉)


 おかしい。さっきまでプレッツィオから繰り出される猛攻に晒されていた筈なのに。


(何の予兆も、違和感もなかったぞ……?)


「『幻日』。見る者を惑わす蜃気楼」


 金環は首にも嵌められていた。言葉を発する事は勿論、魔力操作もままならない。


「十分だ。余興ついでに、貴様たちは皆の前で処刑するとしよう」


 いつの間にかプレッツィオが居ない。いや、最初からいなかった。見ていたのは幻影。


「我が復活の儀式が、完遂した後でな」


 シャルの意識がそこで寸断された。


  〇                                〇


 竜の背に跨り、城塞都市イシャードを目指す朔夜に対し、ゼルティアナは一筋の矢を放って来た。神気解放を解いた大太刀でそれを受け、弾き飛ばす。しかしその反動でバランスを崩し、騎竜は大きく減速してしまった。第二射を警戒した騎手がその場で滞空を命ずる。


「おい」


 振り向くと、既に矢をつがえ終わっている鬼人女性が空中で静止していた。


「何?」


 いきなり射掛けられた朔夜さくやは、彼女の真意を推し量れない。自然と言葉が剣呑になり、殺気が漏れる。


「このまま飛んでも、恐らく間に合わん。乗れ」


 光の粒子が収束し、虚空に現れたのは一本の矢。改めて彼女を見れば、足場にしているのもまた一本の矢だった。

 意図を理解した朔夜さくやはすぐさまハーネスを脱ぎ捨て、空中で静止する矢に飛び乗った。


 それを見届けるとゼルティアナはイシャードに向けて矢を放った。

それに合わせて足場の矢も加速。なぶって来る暴風の壁を穿うがって突き進み、空と大地を置き去りにして驀進ばくしん


 彼女の神刀の能力は通天無尽。尽きる事のない矢であらゆるものを狙い定め、必中させる能力。そこには残弾数は勿論、射程という概念も存在しない。矢を番える必要すらない。アレは単に趣味だ。


 つまり、本人がその気になれば山で距離を隔てた相手を一方的に射撃することができる。

 唯一、欠点があるとすれば。

 戦闘狂の彼女がそれを良しとしない所である。


 ゼルティアナはいつだって好戦的で、最大限己が技量をぶつけられる相手を探して戦場の最前線に立ちたがっていた。

 陽光神イリスコリアス。まだ見ぬ強敵との邂逅に胸躍らせ、殺意に満ち溢れた笑みを浮かべているであろう事が朔夜には手に取るように解った。


  〇                                  〇


 時刻は陽が頂点に差し掛かる正午。

 曇天が消え、成長に晴れ渡る空の下。魔力と金の《アニマ》が満ちる壇上は金色の粒子が揺蕩たゆたい、純白の布地を輝かせる。光の粒子がまぶしく照らす神楽かぐらは幻想的で、絢爛けんらんさがいや増した。


 旋律に身を任せ、メルティナたちは踊り続ける。この中盤。いつもなら疲労で動きが淀み始めるのを、全身に通した魔力で乗り切るのだが、今に限って言えばその必要性がない。


(この、感じは一体――――)


 それは、不思議な感覚だった。

 意識が朦朧もうろうとする最中、周囲に充満する魔力と《アニマ》が自分の中に流れて来る。

 魔力と《アニマ》の中を遊泳するのではなく、それらの中に溶け込み、自身の身体の境界が曖昧になるような感じ。


 それでいて不安になる事はない。寧ろ安心感と多幸感が五体を満たしていた。

 意識は相変わらず混濁している。それでも周囲の様子は手に取るようにわかり、視線を向けなくても誰が今どこに立っているかを正確に把握していた。


 それは囃子手も同様で、誰がどの音を奏でているのかも聞き分けることができた。

 そして客席。観覧者一人一人の顔がはっきりと認識できる。

 意識と感覚とが無限に広がり、多幸感が胸に溢れていく。これまで神楽かぐら奉納ほうのうしてきた中で初めての感覚にしばふける。


 そんな中。彼は突如、そこに現れた。


「ふむ。頃合いだな」

(は――――?)


 舞台は言葉を無闇に発してはならない。下手をすると、そこに停滞する魔力が感応して事象に変貌してしまうから。

 しかし、プレッツィオはそんな懸念も意に介さず辺りを睥睨へいげいする。舞い手でも、囃子手はやしてですらないのに。驚愕のあまり、メルティナは足を止めてしまった。


「プレッ……ツィオ………?」


 声を掛けたのはリタラ。辺りを見渡せば神楽は中断され、沈黙が広がる。


「我が肉体を失ってから一万年余。この時を、どれほど待ち焦がれて来たことか。まさしく、夢にまで見た光景というものだ!」


 恍惚こうこつの表情で両手を広げ虚空を見上げる青年。だが、いつもと様子がおかしい。

 普段の彼なら神楽を中断させる愚を犯さない、などという次元の話ではない。


「貴方は、誰ですか……?」


 彼の纏う強烈な違和感におののきながら、メルティナは尋ねた。

 絶対に変だ。神楽が中断され、舞台上では膨大な魔力と《アニマ》がその場から散逸する事もなく滞留している。つまり、さっきから何も起こっていない。


「ふむ。さすがの慧眼けいがんだな、暁の巫女よ」

「なっ――――」


 青年の返答に絶句した。その単語を、彼は知らない筈だ。

 プレッツィオの身体から神気と魔力が溢れ出し、背後に円環状と放線状の光が浮かび上がった。それらが閃光を発する。まばゆい光の氾濫はんらん。視界が白くかれた。

 旭祭司。彼は裏切り者だというのがメルティナにも分かった。


「全員動くな」

(え――――――?)


 身体が動かない。いくら力を込めても、指先一つすら言う事を利かなかった。

 権能であることは間違いない。呆気に取られるばかりで完全に油断していた。

 メルティナに顔を向けたプレッツィオは手をかざす。虚空から黄金の円環が現出し、両の手足と首を十字に拘束した。力が入らないどころか、魔力の練り上げすらままならない。


「我が名は陽光神イリスコリアス! これより、我が復活の儀式を執り行う」


 高らかに宣言した彼は、突き出した手を舞台後方に移す。それに合わせてメルティナの身体は空中に浮き上がり、青年が上部に翳した手の延長線上で制止。準備が整った。そう言わんばかりに首肯する。

 復活の儀式。暁の巫女はその器。これから自身に起こるであろうことを考えたら、総身が震えあがった。皮膚が粟立ち、火照っていた筈の身体が凍えるように寒い。


「怖がらずともよい。我が身体となれる幸福を、存分に噛み締めよ」


 微笑し目を細める、プレッツィオではない『何か』。

 自分以外の何かに無理矢理させられるなんて、恐怖以外の何物でもない。胸に去来していた多幸感は当の昔に霧散していた。


(シャル――――)


 メルティナはいつか自分に向けてくれた少年の屈託ない笑みを思い浮かべた。


「奴なら来ぬ。身体を取り戻した後、処刑するからな」

(嘘――――)


 シャルは既に倒されていた。口振りから死んではいないらしいが、五体満足なのかは怪しい。

 メルティナは半身が捥がれるような喪失感に苛まれていた。

 彼に、会いたい。この時は何故が、強くそう思った。


完結の目途がついたので、これから毎日投稿します。

お待たせしました。

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