シャルの決別
苛立つシャルとは反対に、泰然とした彼女は熱を感じさせない平淡な言葉で諫める。
『何の策も無いまま飛び出して、返り討ちに遭って。それで誰が喜ぶの? メルティナ? それとも朔夜?』
「じゃあどうすりゃいいんだよっ⁉」
人ごとのように淡々とした口調が気に入らない。思わず声を荒げた。
『今はまだ待機して。じきに朔夜とゼルがそっちに着く。それから反転攻勢に出ても、遅くはない』
「でも! その間に儀式をされたら――」
『諦めるしかない』
「え――――?」
思考が停止する。シャルディムの脳が、その言葉の理解を拒絶した。
『多分、ヴァイスも含めて旭祭司は囮に使われた。これはその目論見を看破できなかった、私たちの失敗』
受け入れるしかない。淡白な言葉がひどく空虚に響く。
(シャル)
記憶の中で陽光に照らされ、優艶な微笑を湛えてその名を呼び掛けるメルティナ。
彼女が居なくなる――――――――それだけは嫌だ。
「お願いします。何とか、何とかなりませんか…………?」
藁にも縋る想いで切実に、震えた声で。
『無理。こればかりは物理的にもどうしようもない。諦めて――』
「嫌です」
気付けば、彼女の言葉を遮っていた。そうだ、嫌だ。自分の中で得心する。
「恐らくまだ、儀式は始まっていません。なら、必ずできる事がある筈です。僕はまだ、諦めたくない!」
『じゃあ、アナタに何ができるの?』
「それは、まだ判りません」
そもそも、全体の状況が把握できていないのに打てる方策なんて分かる訳がない。
闘志を燃やすシャルとは対照的に、冷然としたオヴェリアが溜め息を吐く。
『取り敢えず、アナタが事件のことを引き摺ってるのは分かった。でも、余計な事をして状況を混乱させないで』
収拾が付かなくなる。語調を強め、少年の軽挙妄動を戒める。
「イヤだ! そうやって割り切るのが大人になるって事なら。僕は一生、子供のままでいい!」
通話越しの制止も利かず、スマホをエブリシュカの元に置くと行動開始。
まずは《仙狐招来》で白銀の眷属たちを呼び出した。クロアたちの回収に市内の状況把握をそれぞれ指示する。次に気絶したままのエブリシュカを前に膝を着き、呪符を一枚取り出す。
「幼雛を愛でし地母神の御手よ、薄命なる灯火に至上の福音を与え給え。《祝福》」
神気を含ませた回復術式。青褪めていた顔に血色が戻っていく。これで目覚めてくれればいいが。余り期待しないでおく。
「唵」
更に形代を増派し、情報をかき集めた。
数十分の後、クロアとザウラルドにビルギットがエブリシュカの隣に横たえられ、情報収集を完了。
床に胡坐を掻き、神気解放を解いて瞑想をしていたシャルは開眼した。
腰を据え、今後の対策を練る。
まず、軍や冒険者組合の増援は今回、期待できない。
何しろ、組合で大半の冒険者たちは先日の超獣との戦闘で荒れ果てた場所の緑化活動に駆り出されている。
大規模な破壊による生態系の激変は、魔物たちの行動を著しく変容させる。最悪の場合、それは災害となって人々に襲い掛かる。このまま荒れ果てた大地を放置すると、草食獣の大群が餌を求めて村々の田畑を蹂躙しかねない。
それを防ぐためにも草花の種を蒔き芽吹かせ、餌を作ってやることが必要だ。
この活動は植物を媒介とした魔術を使う呪医を中心に遂行され、その他の冒険者は護衛に回る。
因みに軍はというと、ヴェンデルの大口から湧き出た蟲の大群に襲われている城塞都市、レバトへの派兵に駆り出されており、人員がそもそも居ない。
駐在戦力も権能によって強制的に昏倒しているので役に立たない。
とにかく、この窮地に割ける人員が枯渇している。オヴェリアが十二仙の英雄二人を待てというのも頷けた。
立ち上がったシャルは、改めて神殿の方を見遣る。八雷の結界が周囲を覆っており、侵入は困難。まず、独力では無理だ。協力が要る。
そのためにも、空を覆うあの曇天を払う必要があった。
方法はある。だが、問題はタイミング。
陽光神イリスコリアスがいつ、降臨の儀式をするか。その判断材料がない。
神殿内の状況。それが解らないのがネック。先程、形代を行かせたが障壁の前に阻まれた。
「なら、寮内の形代でやってみるか」
唵。瞑目して集中、魔力の経路を伸ばし、形代に僅かばかり含まれる魔力とをつなぐ。
(できた)
なんとか成功。そのまま遠隔操作でまずは寮内を探索。次いで、外に出て神殿内部へ侵入。
祭壇の舞台が一望できる場所へと移動すると、未だ一心不乱に舞い続けるメルティナたちが見えた。大丈夫、まだ儀式は行われていない。
(良かっ――――)
形代からの映像が暗転。経路の接続が突如、寸断された。プレッツィオだ。
「クソッ」
取り敢えず安否の確認ができたが、これからもそうだとは限らない。
朔夜たちはまだなのか。焦れたシャルが取り出した懐中時計を見ると、まだ十一時でお昼前。
「まさか………」
相手は陽光神。儀式に陽の光が関係しているとしたら、日が真上に差し掛かる正午を前にこれから準備に取り掛かってもおかしくはない。
そのために形代の監視を嫌がったとしたら、先ほどの行動に一応の説明が付く。
「今ならまだ、間に合うかもしれない」
そんな淡い期待を抱きながら行動開始。倉庫鞄から大弓と矢を取り出した。
鏃に宝珠を嵌め込まれた矢を三本、大弓に番え、鈍色の薄雲に向かって放つ。
《亜種・破軍弓》。神気解放し、ありったけの神気と魔力を込めて限界まで引き絞った弦から射撃。三方に散った矢が曇天にそれぞれ大穴を穿ち、やがて薄雲は霧散した。
「よし!」
追加で張り直される気配もない。シャルは次の段階に取り掛かる。
《祝福》。四人にそれぞれ施術し、覚醒を促した。
『………………』
それでも覚醒しなかったので、直接叩き起こした。
「……ったく、最悪の目覚めだぜ」
「ホントよ……」
「雑なの……」
「ふむ…………」
気に入らないのか、皆不満を露わに苛立ちが窺えた。
「オヴェリア様が言ってたけど、状況が変わった」
今日、この日。陽光神が復活の儀式を執り行う。メルティナを救出し、それを阻止する。
「アレ? ヴァイスとクソ暗殺者は?」
「死んだよ」
二人の死体は既に確認済み。双子は今回、役に立ちそうになさそうなので放置した。
「とにかく、事態は一刻を争うから。神殿に張られた八雷の結界を突破する」
「八雷、だと……?」
怪訝を浮かべるのはザウラルド。シャルは現在置かれている状況を彼らに説明した。
「なるほど。プレッツィオは敵。そういう考えで宜しいんですね? フフ……」
薄唇に指を宛がい、クツリと不敵に笑うクロア。戦いたくて仕方がないようだ。
「よし、行くぞ」
シャルが勢いよく駆け出すと、仙狐たちも随伴。他の三人もそれに続いた。
再び神殿裏手に馳せ参ずる。三人にそれぞれ神気を付与し、雷の結界に爆炎符を何枚も貼り付けると、自身もまた大弓を番えた。
《亜種・破軍弓》
《妖炎の太刀 光焔劫火》
《上天の剣》
《赫焉の光星》。
《穿弾颶風》。
燃え爆ぜる熱と光。吹き荒ぶ疾風と眩耀の白光が衝撃を伴って周囲を燬く。迸る赫灼と衝撃が辺りを焦土に変貌させていった。
神気で強化した《真紅の断崖)》で繚乱する絶技の暴威を防ぎ切る。
焼燬した砂埃の匂いを孕んだ粉塵が濃霧となって舞い上がると、シャルたちの視界を塞いだ。
やがて塵埃が晴れると、目の前には白衣の青年。
「成程。術式崩壊を神気で強化する事で『反照』の権能を相殺したのか。道理で」
感心したように片手を顎に添えるプレッツィオ。シャルたちの間に緊張が走った。
瞬間、虚空を斬り裂き迸った大雷が一撃で真紅の障壁を蒸発させた。
戦慄に震える暇も無く、シャルたちそれぞれの周囲に光の粒子が集まって円環を形成していく。全員がその場から離れるとそれらが高速回転して襲い掛かった。
間に合わなかったよ、パトラッシュ………




