裏切り
神殿に舞い戻ったシャルたちは面食らっていた。
「どういうことだ…………?」
自身が施した《真紅の断崖》は未だ健在。それはいい。
問題は、シャル自身が入れないということ。施術者を締め出すなんて、道理に合わない。
「退いてなさい」
業を煮やしたエブリシュカが劫火の巨大な炎塊を生み出し、力の限り投擲。
「ちょっ――」
閃光と灼熱が瞬き、大爆発が巻き起こる。
爆風が吹き荒び、余波によって周辺一帯が焦土と化した。所々、焦げた断面が赤熱していた。焼尽した瓦礫の匂いが充満する。
しかし、真紅の結界は未だ健在。傷一つない。
「まったく……」
危うく、死ぬかと思った。《風迅》で咄嗟に避難した壁の影から出たシャルは盛大に溜め息を吐く。
「ちょっと、どうなってのよっ⁉」
「そんなの、こっちが聞きたいくらいだよ!」
いきり立つエブリシュカ。殺気立った双眸に堪らずシャルも反駁した。
あれだけの炎塊を喰らって尚、無傷というのは。さすがに自分でも想定外。何かしらの処置ないし、改竄された公算が大きい。
考えられる可能性は一つだけ。
(まだ、どこかに旭祭司が居るのか……)
それも複数。既に神殿内に侵入を果たしている。何しろ、市内に派した形代では姿を補足できなかった。だとするなら、そう考えるのが普通。
(メルティナ……っ)
彼女の安否が案じられた。焦燥に掻き立てられ、胸の奥が焦げ付きそうだ。悔しさに歯を食い縛り、口を引き結ぶ。
まずは手数を増やすため、仙狐を一体召喚。すぐさま貧民街に配してある自爆型の形代を起動させに行ってもらった。
「……っ 上等よ。壊れるまで何度も――」
「手伝うよ」
シャルは協力を申し出た。ここは共闘が最善手。
絶技《赫焉の光星》。それにシャルが神気を付与。
更に、着弾の目標を結界に張り付けた十数枚の爆炎符へ指示。
第二投。それに合わせ、神気を付与された爆炎符を起爆。赫灼の熱と光が燃え爆ぜ、衝撃と轟音が大気をつんざく。
爆炎符は魔力の暴走による術式崩壊を攻撃に転用したもの。魔力暴走と崩壊現象は周囲に伝播し、他の術式を不安定にする。そこに神気の発散も合わされば、いかに強固な結界といえどもひとたまりもない。
《真紅の断崖》は跡形も無く砕け散った。
立ちこめる砂煙の濃霧が晴れると、真紅の半透明は既に消えていた。
《八雷 槍迅》。盾状の宝璽が三つ、三角形を形成。その中心から黄金の迅雷が迸出。大気を焼き焦がして竜の化身となったエブリシュカに牙を剥き、一瞬で巨躯を貫く。
「が………ぁ……っ」
「エブリシュカっ」
成す術なく意識を消失させる一撃。《火竜皇后》が強制解除され、生身に戻った彼女が落ちて来るのを空中で抱き留める。身体が反射的に動いていた。
着地すると、気絶した彼女の顔を覗き込む。瞼が閉じられ頬が煤けているが呼吸が聞こえ、命に別状は無さそうだ。その点だけは安堵する。
「どうして…………なんでだよ、プレッツィオっ⁉」
意味が分からない、怒りと悲哀が綯い交ぜになった顔で振り返るシャル。視線の先には、白衣姿の紅い竜人の青年が立っていた。彼の周囲には、浮遊する複数の宝璽と掌大の光球が一つ展開している。
「なんでって。そりゃ、儀式の邪魔になるからに決まってるだろ?」
「は? 儀式…………?」
怪訝に顔を顰め、思わず聞き返してしまった。まるで、黎明破曉の連中みたいな言い草だ。
「失せろ。もし相対するなら、容赦はせん」
プレッツィオは雷を纏った宝璽を展開しつつこちらに大杖を翳し、敵対の意を示す。
そして、彼の周囲に翠碧の紗幕が展開し、神気が溢れ出す。
(なん、で…………?)
シャルは驚愕に目を見開いた。まさか、プレッツィオが神気を放つなんて。
あの紗幕は恐らく権能。彼もまた旭祭司だったということか。で、あるならば不可解だ。
今まで左手に聖印を見た覚えがない。手袋をしていないにも拘らずに、だ。
(コイツは、誰だ………?)
シャルは目の前の男に違和感を覚える。権能を使っているのは勿論、話し方もどこか彼らしくない。
考えたくはないが、シャルは最悪の事態を想定する。エブリシュカを抱えたままプレッツィオと戦うのは無理だ。分が悪過ぎる。
それに。あの光の紗幕が電撃系の術式を強化するような権能なら、繰り出される攻撃の威力は想像を絶する。
一瞬、見捨てようかと考えた。が、意外と子供たちから慕われている。死んだら死んだで、みんな悲しむであろうことが容易に想像できた。いくら彼女がクズだとしても。
幸い、《風迅》の術式は切れていない。機動力ならこちらに分がある。
「ああ、そうだ。逃げの一手を打つなら、見逃してやってもいい」
不敵に鼻で笑い、肩を震わせた。こちらの思惑が筒抜けのようだ。
「なら、お望み通りに――」
片手を腰元の倉庫鞄に突っ込み、数枚の爆炎符を取り出して周囲に展開。
「唵」
起爆と同時に全身から魔力と神気を放出し、魔風を吹かせて《風迅》で纏う気流を増幅。それに乗り、一足飛びで距離を稼いで無事な家屋の上に降り立った。
大気を引き裂く雷の槍が飛んで来る。《八雷 槍迅》。天高く舞って大きく回避。こんな騙し討ちをするなんて、彼らしくない。
激烈な威力に肝を冷やす雷撃の脅威から逃れつつ、更に距離を――
「――――ッ」
衝突、しそうになった所を寸前で振り上げた靴底の障壁を展開。宝璽によって張られた結界を跳び越えた。
おかしい。まるで、最初からそこに行くのが分かっていたかのように設置されていた。
「クソッ」
悪態を吐きながら身を翻し、空中で体勢を立て直す。そこへ《槍迅》の第二射。迫り来る疾雷に対し、シャルは『加速』の魔眼を発動。思考が加速し、体感時間が引き延ばされた。
静止にも似た世界の中で、一条の雷撃が驀進して来る。その陰に隠れる第三射も確認。
加速中は《似姿》といった符術は使えない。取り回せるのは七つ道具と、この身体のみ。限られた条件の中で策を絞り出す。
まずは手袋を嵌めた手で雷に触れる。気流が掻き消え、《反射》の術式によって弾き飛ばされた。
次に鋼糸を伸ばして釣り針を家屋の壁に固定。糸を手繰って無理矢理軌道を変える。そこで靴底に障壁を展開。それを足場に、更に《飛翔》の術式で大跳躍。戦域を離脱した。
その際、追撃を掛けようとするプレッツィオの前にシャルの姿をした爆炎符が殺到。《八雷》の結界の前に敢え無く爆散するも、爆煙が目くらましとなってシャルたちの補足は困難。
《飛翔》の術式を駆使したシャルは脱兎のごとく逃げ出し、物陰に隠れて《隠蔽》を発動。
不可視の結界内で形代を周囲に派した。今のところ、こちらに向かって来る人影はない。
それから、プレッツィオを撒いた仙狐と合流を果たした。
どこからか、鳴り響く音が聞こえる。耳を傍立てると、エブリシュカから聞こえて来ていた。
それで思い出した。シャルは手を彼女の胸の谷間に突っ込む。気絶して反応を示さない彼女を差し置いて、中にあったスマホを取り出した。
「どうやって使うんだ……?」
肝心の操作方法が分からない。鳴り響くスマホを相手に途方に暮れるしかなかった。
彼女は確か操作の際、表面に指先を擦り付けていた筈。うろ覚えの記憶を頼りに、恐る恐る指先でこすると、
『お、ようやく繋がった』
「オヴェリア様?」
いきなりオヴェリアの声が聞こえた。どうやら、通話が始まったらしい。
『エブリシュカは? 取り敢えず、状況を説明して』
「はい……」
それからシャルは、自身が見知っていることを全て話した。絶技を使ったエブリシュカが気絶していることも含めて。
『…………』
「? どうかしましたか?」
スマホ越しで押し黙ままのオヴェリア。その後、おもむろに口を開く。
「え…………?」
彼女からもたらされた情報は、シャルを絶句させるに十分すぎた。
告げられたことが事実ならば、メルティナが危ない。すぐにでも――
『アナタが行って、どうにかなるの?』
「でも……っ」
こんな時でもオヴェリアは冷静さを崩さない。それが今のシャルには癪に障った。
公募の締め切りまでに完結を間に合わせたいので、最後は何万文字を一挙に大量投入する事になりそうです。
悪しからず。




