老獪なるレオポルド
先程、爆発があった所へ迂回しながら路地裏を進む。そうすれば、戦線離脱した彼と会えるだろう。そんな期待を胸に抱いて。
不意に、聞こえて来たのは耳障りな悲鳴。これは恐らく、『鶏声』の権能を持つゼノグレス。
命令を無視してこの地に来たらしい。
「あの、クズが…………っ」
忌々しげに吐き捨てるガルザルフォ。だが、権能のない今の自分が言った所で制止する訳でも無い。ゾグレフとの合流を優先し、息を潜めて移動する。
昔から性格に難のある人物だった。実力はあったので祭司にしたら、責任を感じて理性的になるどころか、今度は増長したらしい。全くもって度し難い。
人気のない街中、とりわけ路地裏は猫一匹すらいない。それでも見つかると面倒なので細心の注意を払って慎重に歩を進めた。
その間、爆発音が断続的に鳴り響き、やがて鶏声で強化された絶叫も聞こえなくなった。
「フン、死んだか。他愛のない……」
空を見上げれば、赤竜と同化したエブリシュカが視界に入った。数日前に見覚えがあった。
見つかるといけない。物陰に隠れて死角に入る。
意識が上空に集中しているせいで、背後から強襲を翔けるシャルディムに気付くのが遅れた。
舌打ちしながら振り返ると、飾太刀を担ぎながら疾駆する獣人の青年が見えた。
(いや、コレは――)
《似姿》。気配の濃淡から敏感に察知した。本体は背後。振り向きざまに横蹴りを放つ。だが、手応えが無い。足裏が触れたのもまた虚像。
直後に斬り上げて来た白刃が襲う。突き出した脚が分かたれ、足先と鮮血が舞う。そこへ呪符が乱暴に捻じ込まれた。
「唵」
爆炎符。起爆とほぼ同時に斬撃が頭上から迫り、なけなしの防御障壁が展開された。
爆発に晒されたそれは脆くも崩れ去り、ガルザルフォの片脚は根元まで焼失。後方に吹き飛ばされた。
「さてと。これまでに僕らは三人の旭祭司を倒した訳だけど、他に仲間って居る?」
淡々とした口調には感情が籠っていない。血振りした刀身を突き出して脅迫して来る。
その言葉に疑問を持ち、上空に視線だけ送った。鈍色のヴェールは未だ晴れていない。
なら、シャルディムの台詞には嘘があるということになる。だが、彼は嘘を吐けない。
ゾグレフも居ないのに、晴れる気配のない上空に曇天が鎮座し続けているのは道理に合わない。
(何が、起こっている………?)
湧き上がる焦燥と頭を埋め尽くす疑問に言葉が出て来なかった。
我らが祭神も、今わの際のガルザルフォに何も教えてはくれない。
「わかった。何も聞き出せそうにないし、諦める事にするよ」
溜め息を吐くと、シャルディムは顔色一つ変えずに首筋から撫で斬る。
ガルザルフォは絶命した。
〇 〇
グウェナトルたちが戦艦フォルネウスに奇襲を掛けている頃。
旭祭司で獣人のナタエルはデューリ・リュヌの西端、ヴューラムに来ていた。
街の郊外には離宮があり、王族が管理している。
ここを鎮守している十二仙は、王族の末席を占めるレオポルド・ジラルディエール。
神刀の能力は雷雲召喚。ゾグレフの『余光』と同じで、発動から能力発揮までに時間が掛かる。その隙を突く。
鎮守の統括者といっても、基本は閑職だ。余程のことが無い限り、戦闘態勢なんて取らない。
この時間、レオポルドは園芸趣味を発揮して自室エントランスで植物の世話をしている。
襲撃するには都合が良い。
堀の対岸に門番が見える。彼らがこちらを警戒する様子はない。
「『日暈』、発動」
左手の聖印に魔力を込めると、神気が漏出。光の環が二つ展開。
横並びで浮遊させると、その上に飛び乗る。日暈は太陽を運ぶ光の車輪。高速移動に応用する事も出来た。
派手な陽動は要らない。下手に魔力感知でけどられぬよう、光輪を高速回転させて揚力を生み出し、虚空を見上げながらゆっくり高度を上げ、やがて城壁の上を巡回する衛兵の視界からも消える。
離宮内の地図は既に把握済み。速度は出さず、目的地の直上まで到達。
そこから自由落下に任せる事無く、徐々に下降して防御結界を刺激しない。
労せずして結界内に侵入。そのまま下降を続け、屋外で身を屈めている一人の老人に目を留める。レオポルドその人。
彼の居る空中庭園は種々の観葉植物に縁取られ木々が生い茂り、道の両脇を草花が、地面を芝が覆う。入り口から外縁部に向かって舗装路が敷かれ、四阿を起点に十字路となっていた。
面積は邸宅一階分の広さがある。『日暈』を使って戦闘するには十分だ。
「ん?」
彼が空を見上げた瞬間、全速力で突進。相手は作業用の服なので、防御障壁は無い。
ナタエルは光輪を四つ、広げた両腕に展開。高速回転させる事で氷刃の円刀になる。
まずは牽制、二つを連続で飛ばした。
「ぬぅ……っ」
レオポルドは神刀である大杖を倉庫鞄から取り出し、光輪による斬撃を防ぐ。しかし、衝撃に耐えかねて背中から倒れた。
「ぐはっ!」
(行ける――――!)
相手は純粋な後衛型。接近戦は苦手。であれば、今の敵に逆転の目は無い。ナタエルは掌の上で高速回転する光輪を振り上げた。
「――――ッ」
身体が勝手に動いた。首を捻った視界の先に、大杖の尖端部分が見える。回避できたのは、偶然だった。終端部分に薄い長方形を見る。それが何であるかに気付いた時、全てが遅かったと悟った。
「言い忘れておったがのぅ――」
最接近したレオポルドが喋り出す。
「この杖、仕込みじゃて」
ナタエルを貫いた白刃を支点に身体を捻り、上手を取って圧し掛かった。
ドス黒い。
人間が持つ悪性と悪意を限界まで煮詰め、漆黒よりも黒々しい、極めて醜悪な笑みを老人は顔に貼り付けていた。
「っ―――!」
クソジジイ。怨嗟の声で呪ってやりたくても、喉から溢れる鮮血がそれを許さない。
老獪。その二文字がこれほど相応しい人間もそうそう居ない。
この老兵の十二仙在任期間は五十年。その間、一度たりとて接近戦に強いという情報が出回る事は無かった。徹底的に隠匿されていた。
レオポルドは王族であるため、幼少の頃から王位継承を巡って骨肉の争いに巻き込まれ刺客に暗殺されそうになったことが多々ある。
十二歳にもなれば、自身で返り討ちにすることも珍しくなくなった。
その際、死体は全て雷撃に灼かれて原型を留めていなかった。
今、致命傷を負ったナタエルならその理由が良く分かる。自分の手の内を隠すために、執拗なまでに死体を壊した。そうとしか考えられない。
落下するナタエルの眼前に、庭園の芝生が飛び込んで来る。
視界が白く爆ぜる。全身を激しく斬り刻み、焼き焦がす雷撃を浴びながら、推論の正しさを確信した。
〇 〇
医務室の病床に横たわるアルブレヒトは、未だ目を覚まさない。
「…………」
目立った外傷もなく眼鏡を外して眠りに就く彼の姿を、副官であるシプリアンはただ黙って見守る事しかできない。青い鱗を持つ竜人の青年は、悔しさにグッと奥歯を噛み締めた。
旭祭司イレーネ。鬼人の女性であった彼女が所持する権能は『紅焔』。燃え爆ぜる真紅の雲霞。
対して、アルブレヒトの鋼糸状の神刀『天弦』の能力は『広大無辺』。射程と本数の上限が存在しないため、圧倒的物量による飽和攻撃が可能だ。
『紅焔』の権能で爆撃を撒き散らす彼女を、爆砕をものともせず無尽蔵に伸びる鋼糸で力押し。
四肢を縛り上げて生け捕りに成功した。その際、隠し武器を警戒したアルブレヒトは服を斬り刻んで全裸にひん剝いた。そういう所が変態の不名誉を戴く原因なのだが。
彼は職務にとても、堅苦しいまでに忠実で真面目だった。
魔力を流し込んだ鋼糸を使って、敵の身体を隅々まで走査。調べ上げた結果、権能である『紅焔』の全容が分かった。
そして、捜査はそれだけに留まらない。聖印を通じて『黎明破曉』が信奉する陽光神に探りを入れた。それが悪手だった。
アルブレヒトとイレーネ。二人は突如として劫火に包まれた。
自分で消そうとしても火勢が一向に収まらず、みるみるうちに火傷が広がっていく。
『コレは大前が持っておけ。私がそれを必要とする時は、自分で使えない状況だろうからな』
かつての言葉を思い出したシプリアンは、彼から預かっていた万能薬をかけてやった。
そうすることで漸く炎の勢いが弱まり、やがて鎮火した。イレーネは服を着ていなかったせいで、そのまま焼死体。
それから医務室に搬送され、今に至る。
今の自分にできる事は何もない。
シプリアンが無力感に苛まれていると、閉じられていた瞼が微かに揺れた。
顔を覗き込むと、アルブレヒトはゆっくりと目を開けながら覚醒した。
「こ、こは…………?」
僅かにかすれた声で、顔を覗き込むシプリアンに尋ねる。
「よかったぁ……」
安堵から緊張がほぐれ、膝から崩れそうになるのを必死に堪えた。
「いかんっ!」
突如、弾かれたように上体を起こす。
「私のスマホは何処にあるっ⁉」
蒼白し戦慄を浮かべた顔で採って来るように指示。剣幕に押されたシプリアンはすぐにそれを取り出し、彼に手渡す。
『音声認識』といって、発した言葉を文字に変換する機能があるらしい。
「手の空いている者は、すぐさまイシャードに急行しろ。敵の狙いは――」
アルブレヒトが命を賭して調べ上げた情報。それは、驚愕の事実。
シプリアンは青褪め、背筋が凍った。




