暗殺者と教主
「チィッ」
咄嗟に足を後ろに振り上げ靴底の術式を発動。《突風》。強風が足裏らから噴射されガルザルフォを牽制、噴射の勢いで地面へと急降下。余勢を使って身体を展開、跳び退って距離を確保。隙を見て二丁拳銃を構えた。一発発砲。
「フン、よく逃げ回る」
「…………」
明らかに見下した発言。しかし、今はそれでいい。
「なんでオレから狙うんスか? 部下の救援に行った方が良いと思うんスけど?」
「見え透いた事――――っ⁉」
ガルザルフォは後ろから迫る銃弾を手甲で撃ち落とす。跳弾。《沈黙》の術式で銃声が響かない分、奇襲性が増して相手は動揺していた。その隙に建物の物陰へ。影の差す場所で《潜影》を展開。身を潜めて逃げに転ずる。
「ハハッ 初手でオレを狙うなんて、搦め手が苦手って言ってるようなモンスよ? アハハ!」
哄笑しながら影伝いに高速移動し、その場を後にした。
暗殺者の真骨頂は暗殺であって、正面戦闘ではない。だからこの場合、早期の戦線離脱が上策。逃げの算段を付けるのは当たり前。
「ふぅ……」
十分な距離を取った後、注意深く辺りを観察。周囲に人気は無い。
ひとまず、隠れて様子を窺ってみる。すると、悪戯好きの双子暗殺者が偉丈夫を相手にしていた。神殿の警備から抜け出し、どこかに身を潜めていたようだ。
一体、いつから? 疑問が残る。
それに、二人はまだ暗殺者としての技量は未熟。そんな彼女たちが、気配を悟らせずにナガルを強襲して来た相手を尾行できるものだろうか?
考えれば考える程、不合理さが目に付く。
可能性としては、ガルザルフォは神殿内の人間だということ。
それなら、尾行するのも容易だ。メルティナの誘拐を企てるという意味でも理に適っている。
推理を続けるナガル。他方、両手にダガーを携え息の合った連携を見せる双子。
しかし、それでも容易くあしらわれていた。実力が違い過ぎる。
「しょーがないっスねぇ……」
囮戦法のため、二人を援護してやることにした。ナガルは先程の狙撃銃を取り出して《潜影》から抜け出すと、高所を目指す。ナガルが持つ陰獣の能力であれば、わざわざ射線を取る事も無い。
だが、絶技も《深淵の一撃》も陰獣にかなりの負担を強いるので多用はできない。仕方ないので、ナガルは曇天の空の下に姿を晒す。
現在、クロアたちとは別の場所で戦闘があってから、人々は被害のない神殿に集まって来ている。
ナガルたちの居る区画の住人も伝播する不安に駆られてか、神殿へと足を運び今は人気が無い。
そのせいかも分からないが、敵は屋根に上ると神殿から距離を取り始めていた。
(…………狙い辛い)
狙撃を警戒してか、ガルザルフォは常に軒下の物陰と屋上を行き来する。これではまともに射線が取れない。
今一つ、敵の狙いが分からない。
誘拐をするなら、神殿から離れるのは悪手。なのに敵は遠ざかっていた。
ハッキリ言って支離滅裂だ。誰が、どういう意図で指揮しているのかが見えない。
「あ―、クソッ」
射線が取れない以上、不愉快だが場所を移動するしかない。構えを解いた際、再び背後に気配を感じた。
(なっ――――)
絶句したナガルが見たのは、高速回転して迫る黄金の輪環。先程と同じだ。回避して事なきを得る。
(何なんだ、アレは……?)
冷や汗を掻くナガルには見当もつかない。ただ触れてはいけない、本能が告げていた。
恐らくは権能の一種だと考えられる。
誘拐という任務の特性上、拘束具の可能性が高い。ならばなおのこと、触れる訳にはいかない。ナガルは固く決意した。
取り回し辛い狙撃銃を一旦仕舞うと、二丁拳銃に持ち替え接敵を図る。
旗色の悪い二人を助けるという想いは微塵も無い。そもそも、二人を信頼なんてしていないし、竜級の冒険者たちを仲間とも思ったことが無い。
以前、殺し合いをしたエブリシュカは単純に敵対していないだけ。それは割に合わない。
かつてナガルが所属していた犯罪組織は、一つの家族として考え習慣があった。
その組織を壊滅に追い込んだのは、家族の裏切り。
信じる者は裏切られる。以来、ナガルは誰も信頼していない。
孤独なナガルは相手に気取られぬよう、密やかに戦場を駆ける。
突如、視界が揺れた。意識が朦朧として思わず足を止める。
(今度は一体……)
目まぐるしい状況の変化に頭がついて行かない。顔を覆いながら敵の方を見れば、意識の混濁して足元が覚束ない双子を纏めて蹴り飛ばした。壁を砕いた彼女たちは起き上がらない。
「クソ……ッ」
意識が朦朧とするのは恐らく、別の旭祭司の仕業に違いなかった。自身の置かれている戦況は芳しくない。寧ろ最悪だった。
ナガルの気配を察知するとガルザルフォはその場に腰を落とし、両手を腰溜めに据える。
「はあああああああああっ!」
神気と魔力が溢れ出し、背後に円環状と放線状の光が浮かび上がった。
それらが閃光を発する。眩い光の氾濫。物陰に隠れるナガルの視界が白く灼かれた。
(何だ、今のは?)
武闘家の術技だろうか。本能的にその場で身体を蹲らせたナガルが顔を上げるも、特に外傷はない。不可解だ。
そこへ、ガルザルフォが強襲。壁を粉々に砕く拳撃から逃げだしたナガルは屋根の上に上る。
「動くな」
(え――――?)
その言葉を聞いた瞬間、ナガルの身体は自由を奪われた。いくら力んでみてもビクともしない。直後、金環が両腕に触れると腕に装着され締め上げて来る。力が入らない。
「私が持つ権能は二つ。拘束の『金環』と、支配の『後光』だ」
得意げに笑みを浮かべ、左手でナガルの頭を鷲掴みにして頭上に吊し上げる。
「祭司とは格が違うのだよ。文字通り」
頭を締め上げられ、意識が飛びかけるも抵抗する事はできない。成程。この能力を使えば誘拐など造作もない。どこか冷めた視点から状況を俯瞰していた。その冷静さに、思わず笑みが漏れた。
「何が可笑しい?」
不快に顔が歪み、怒気を孕んだ言葉。仮面にヒビが入る。指に力が籠り、頭に穴が開きそうだ。
「ヤズ、フィリ、オ……っ」
言葉を絞り出すと、ガルザルフォが目を瞠る。
「……ほぅ? 良く分かったな」
簡単な理由だ。技術的に未熟な二人が尾行できるとしたら、神殿に滞在する人間の可能性が高い。
分からないのは、どうやって姿を偽っていたのかと、何ヶ月も前からメルティナが来ると分かって待ち構えていたという、この二点。
だが、この男は絶対に答えないだろう。頭を締め上げる指が放つ激痛が、それを雄弁に語る。
(詰んだな、こりゃ……)
諦観が全身を支配し、抵抗する気力を蝕む。ガルザルフォは指を立てた右手を腰溜めに据えた。
(だったら――)
別に、勝とうとは思わない。
双子のことを、それほど気にした訳でもない。
――――ただ。
最期に少し、嫌がらせをしてやろう。その程度の思考。
ガルザルフォの貫手が胸部に刺さった瞬間、ナガルは仮面に仕込んだ術式を発動させた。
《炸裂》。全身に漲っていた魔力を余すことなく注がれた仮面から爆炎が噴出。
破損していた仮面はその負荷と反動に耐えきれず、炎が逆噴射。爆発が自身にも及ぶ。
迸る熱と光。それによって頭部が吹っ飛び、ナガルは即死した。
頭部を喪失した遺骸は糸の切れた人形のように、力なく屋根を滑り落ちていった。
焼失した左手と聖印。ガルザルフォは声を上げ、苦悶に満ちた顔でその場にうずくまった。
「ぐ、おおおぉ…………っ」
仮面の破片が顔を抉り、血が屋根に滴る。焼け焦げた手首が風に晒されれば、傷口を針の筵でヤスリ掛けされている心地を味わった。迸る激痛が脳を焼き、思考が鈍る。
《活丹頸》でひとまず傷口を塞いだ。人心地を着き、痛みに苛まれていた身体が弛緩。
噴き出した脂汗を腕で拭い、ゆっくりと立ち上がる。周囲を見渡せば、シャルディムたち神殿側の増援は無い。ガルザルフォは窮屈な路地裏に駆け込み、巨躯を折り畳んで身を隠す。
「ええい、全く忌々しい……っ」
自爆したナガルの悪あがきを思い出し、ギリギリと奥歯を噛み締めた。
確実に殺すため、近付いたのがいけなかった。権能があるのだから、拘束だけに留めておけば良かったのだ。完璧を求め過ぎた自分を呪いたくなる。
空を見上げれば、未だ薄雲が都市を覆っている。ゾグレフの『余光』は健在。ならば、すぐにでも合流しなくては。




