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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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湯上りの再会

 それは丁度、総本山からの監査が来る直前。

 もっとも、監査というのは名ばかりで、彼を接待しなければ経営の頼みの綱である中央からの交付金がもらえない。そのため各地の神殿はなけなしの資金を叩いて厚遇する。


 それには性接待も含まれ、アニスも自身の身体を差し出すこともあったという。

 そもそも、この神殿は併設されている孤児院の孤児が多い。

 交付金でも薄給なのは変わらず、それとは別に娼館まがいの事を、不法行為に手を染めなければ、とても経営が成り立たない程困窮していた。

 因みに公衆浴場は維持と運営だけで手一杯。収入源としては期待できなかった。


「そんな。それは、あまりにも―――」

「ひどいよねえ~」


 それでも、綺麗事だけで世の中は回ってはくれない。

 どこか困ったような柔和な笑み。辛さを押し隠した顔を見ていられなくなり顔を背け、悔しさに拳をぎゅっと握り締める。


「だからね。シャル君が、止めろって言ったの♪」

「え―――」


 先程聴いた現実とは裏腹に明朗な声音。思わず背けた筈の顔を覗き込む。目に飛び込んで来る、嬉しそうに語るアニスの顔。


「まあ、当然交付金止めるぞって脅されたんだけど。シャル君がね――」

『ご自由にどうぞ。無いなら無いで、自分たちで何とかしますから』

「―――何とかなったのですか?」

「うん。そうなの~♪」


 柔和な笑みで目を細め、とても嬉しそうに話す。

 監査が帰った後。シャルディムは早速行動を開始した。

 まずは冒険者時代に蓄えた私財を換金し、経営費に充てた。


 金額はというと。それだけで神殿の諸経費の充当は勿論、孤児たちも十分養えてお釣りが来るほどの大金だった。

 次に、自ら冒険に旅立ち、周辺地域の希少素材を採取。それを売って換金。


 一方で冒険者を雇い、守護職の人員を増やし戦力を強化。遠征による魔物討伐で得た資材を売却し更にお金を貯める。

 資材の売却は神職で社会的信用の高さもあり、高値が付いた。


 他にも冒険者組合(ギルド)とも協定を結び、定期的な組合(ギルド)主導の竜討伐の際には戦力として同行し、討伐の一助を担っている。

 神殿の財政が健全化すると、前任の祭司長は改心して売春の違法操業の件を自首した。


「ほかにもね~。廃業したお医者さんを雇用して、神殿内を一部、療養院として開放してるんだよ~」

「まだあるんですか?」


 興味が湧いたメルティナは話に聞き入る。

 その医者が廃業した最大の理由。それは、薬の値段。

 城塞都市で製造していない以上、発注し買い付ける必要がある。問題は輸送コスト。


 最前線だけあって距離が遠く、しかしその費用を治療費に転嫁すれば当然、患者も来ない。しかも個人経営なため注文数も少なかった事もあり、どうしても費用が高くついた。

 そこでシャルディムは神職として登用し、懇意の商人に頼んで薬を軍と共同購入してコスト抑制。更に交渉し格安で薬が手に入るようにした。


「すごい商才ですね」

「うん、そう。わたしもそう思う~♪」


 雇用した医者はかなりのお人好しで、衛生のため貧民街への定期巡回による往診を打診し、シャルディムはそれに賛同、新たに着任した祭司長が認可して開始された。

 回診の傍ら、シャルディムは浮浪者たちから話を聴き、能力や適性に応じて職を斡旋。神殿での登用も行った。


『僕もスラム出身でね。話も聞かず、ただの落伍者と断ずるのは勿体ないんだよ』


 浮浪者の中に一人、元庭師が居た。庭師として雇うと神殿内の中庭を整備させ、四阿を設えた小規模な庭園へと作り替え、参拝者の微増に貢献した。

 それから、シャルディムは参拝者の増加に着手。

 まずは人目を惹くため、妓楼から娼妓を買った。


「それって―――」

「別に夜伽をさせたかったわけじゃないよ~。普通に舞い手として雇ってるだけ~♪」


 アニスが言うのだから、そうなのだろう。信じる事にした。


「メルティナも巡礼者ピルグリムなら、雇いたいって、言ってくれるかも~♪」


 嬉しそうだ。もしかすると、メルティナにも働いて欲しいのかもしれない。

 神殿では月例祭や年末年始、四季折々の時節に神楽を奉納するので巡礼者は舞台に立つ演者としての需要があった。


 この神殿で働く。少し未来を想像してみる。

大勢の神職たちと寝食を共にし、日々舞の研鑽けんさんを積みながら子供たちに囲まれ、笑顔の絶えない生活。


「―――えっと。確かに、魅力的ではありますね……」


 ただその際、神職との色恋沙汰に巻き込まれては堪ったものではない。過去にそれで辛い経験をした。


「まあ、無理強いはしないよ~? あくまでも、今後の方針の一つとして~♪」

「はい。ありがとうございます」


 困ったように笑うアニスに申し訳なさを感じるメルティナ。

 あんな事さえなければ、快諾するのに。どうしてもそう考えてしまう。

 不意に、ノックの音が部屋に響く。二人でドアの方を見た。


「メルティナ。今、ちょっといい?」


 話がある。声の主はシャルディムだ。


「はいは~い。それじゃあ、わたしはお暇するね~♪」


 アニスが立ち上がって返事をすると、柔和な笑みを向けてメルティナに手を振り部屋を後にする。

 シャルディムはアニスと少し話した後で部屋に入って来る。


 少年は血とほこりまみれた服を着替え、今は純白の狩衣に紫紺の袴姿はかますがた

 赤鬼の半面を外しており、灰色のつぶらな双眸がメルティナを見詰めているのが愛くるしい。顔立ちが整っている分、あどけなさが際立っていた。


 風呂上がりなのか白銀の髪は濡れてつやめき、火照った頬が桜色。白銀の尻尾はしっかりと乾かされており、長い和毛がふわふわと柔らかそうだ。そして何より、血の臭いがしない。


(こんな顔をしていたんですね……)


 整った顔立ちが幼さを際立たせる。

 あどけなさを残した顔を仮面の下に隠し、殺戮さつりくの限りを尽くした。

 恐らく他人から説明を受けても、この少年がそれをしたという事は信じられなかっただろう。


 自分でそれを見るまでは。

 入室したシャルディムはベッドの前に立ち。座ったままのメルティナと視線を交わす。

 無言のまま見詰め合う二人。静寂だけが、流れる沈黙を雄弁に語る。


「なにやら、アニスと話し込んでたみたいだね」


 安心したよ。屈託ない笑みを見せる少年。その表情にメルティナは緊張が和らいだ。


「はい、お陰様で。皆さん、良くしてくださるので」


 小さく頷き、リタラやアニス、エブリシュカや双子の顔が浮かんで胸に温かいものが宿る。


「ご飯はもう少し後だけど、食べられそう?」


 その一言に身体が反応し、ぐうと腹の音が鳴った。


(あ――――)


 間違いなく聞かれた。自身のお腹に視線を落とすメルティナは羞恥が込み上げ、火が出る程赤らんだ顔が熱い。


「よかったよ。今日の料理当番、腕によりをかけるって言ってたから♪」


 にっこりと相好そうごうを崩すシャルディム。この姿だけを見れば、間違いなく年相応な少年。


「はい………」


 恥じ入るメルティナは瞑目めいもくして握った拳を羞恥しゅうちに震わせる。


「まあ、しょうがないよ。舞台の前にお昼とか、特に食べてなかったんでしょ?」


 シャルディムが首を傾げてメルティナの顔を覗き込んで来る。その視線を直視できず目を伏せた。


「そうですね……」


 明らかに気を遣われている。それも年下に。その現実にメルティナは打ちひしがれる。穴があったら入りたい。


「あ、そういえば。ここは稲作中心だから、ご飯が基本なんだけど。大丈夫?」

「はい。食べたことありますから」


 メルティナの出身地はパン食の文化だったが、このアルギアナ大陸は多様な気候風土があり、多雨湿潤な地域では稲作文化が根付いている。そのため、ご飯派も多い。


「そっか。よかったよ♪ 口に合わなかったらどうしようかと――あ、因みに雑穀だから♪」


 その方が安いし。シャルディムは嬉々として教えてくれる。

 経営が健全化しても倹約志向らしい。まさしく、清貧を旨とする神殿の理念そのもの。

 よいしょ。シャルディムがメルティナの隣に座る。小柄な少年と長身の巫女。二人が見詰め合うと、ふっと微笑に目を細めた。


「それでさ。食べられない物とかは?」


 興味深そうに円らな灰眼を丸めて尋ねる。


「特に、ありません……」


 不思議な感覚だ。こうして雑談をしていると、あの殺戮の惨劇を引き起こした人間と同一人物はとても思えない。

 何か、悪い夢でも見ていたような気もしてくる。


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