双子の偵察
濛々(もうもう)と立ち込める塵埃。形代を派して偵察をさせると、倒壊した建物を下敷きにして黒髪褐色の少年が眠っていた。
前方以外にも複数配し、周囲の様子を探る。今のところ、敵の増援は無い。シャルは意識を少年へと向けた。
(自身を依り代にした、完全現界、か……?)
完全現界とは、魔力と《アニマ》によって使役する幻獣に仮初の身体を与える召喚師の奥義。
あり得ない話ではない。現に、同行している赤竜の魔女の絶技は、それに加えて魂魄融合と思しき技法を応用してその外貌を大きく変化させていた。
土埃の紗幕が少しずつ晴れて来ると、肉眼でも気絶する少年の姿が確認できた。
「子供?」
エブリシュカの呟いた疑問は突如、響き渡る絶叫に掻き消された。
シャルたちの後方から斬閃が眠りに就く少年に降り注ぎ、凶悪な牙がその華奢な身体を斬り刻む。その際、鼓膜をつんざく悲鳴に堪らず両耳を庇った。
八つ裂きにされた少年。四肢が鮮血を引いて虚空を舞った。
驚愕しながら二人が振り返ると、大鎌を携え瘦せこけた八本の腕を背中から生やした男が屋根の上から睥睨していた。更に大鎌には大小さまざまな人面が張り付いており、口々に呻き声を垂れ流す。
「ったく、使えねえな。オレ様を煩わせるんじゃねえよ」
十本腕の男は忌々しげに吐き捨てる。神気を孕んだ異様な雰囲気にシャルは警戒を強めた。
「――さて。十二仙の連中もいない事だし、さっさと分捕っていくとするか」
『暁の巫女』を。男は純白の法衣の袖に両手を隠しており、手の内が知れない。ただ、八本の大鎌は強力な呪怨武器であることが窺えた。
男の頭上に火球が出現。屋根ごと爆炎で飲み込んだ。エブリシュカだった。
「ハッ 大人しくしてりゃ、オレ様の女にでもしてやったのによ。もういい、まとめて殺す」
言うが早いか、膨れ上がる魔力と神気。そして、一斉に泣き叫ぶ大鎌に張り付いた人面。
「オレ様の権能は『鶏声』っ 夜明けを告げる開闢への歓喜!」
その台詞はシャルたちには聞こえない。シャルは耳を聾する絶叫に顔を顰めながら大量の爆炎符を相手に殺到させた。魔力と神気が込められたそれらは男に触れる直前で爆発。爆音が空気の振動を上書き。叫喚が搔き消された。
「其は、劫火の化身。火竜の君。その瞳は睥睨せし万物を焼尽させ、紅蓮の翼で飛翔する。煉獄より産まれし火竜よ。その権能で万象を焼燬せよ!」
絶技《火竜皇后》。シャルが結界を張るよりも早く、権能が相殺された間隙を縫って頭上に飛翔したエブリシュカが略式の荒業で七頭の赤竜を身体から生やした半人半竜の姿へと変貌を遂げる。
こうなると、下手な介入は悪手となる。魂魄融合の亜種は、それぐらい激烈な火力を持っていた。
塵埃の霧が晴れると、男が驚愕に目を剥く。その瞬間、相手は赫灼の業火に巻かれて燃え上がる。『灼熱』の魔眼。あの金色の双眸は人造魔眼なのだと思い至る。
焼燬する激痛にのたうち回り男の悲鳴が上がる中。エブリシュカは間髪入れず、巨体で抱える程の豪火球を生み出し、それを敵に投擲。熱と光が一瞬で爆ぜ、衝撃が轟いた。
爆炎は周囲の建物を呑み込み、全てを光と熱に変える。シャルは巻き添えを喰らうまいと、すでに退避を完了させていた。
爆煙が全てを覆い隠す中、沈黙だけがそこにはあった。
鼓膜をつんざく絶叫は既に聞こえなくなって久しい。煙幕が晴れた先には、何もなかった。
〇 〇
秋の例祭が始まる直前、ソルベージュとレドベージュはプレッツィオに呼び止められていた。
寮の棟の奥、彼は壁を背に二人を前に密やかに話しかける。
「ヤズフィリオだがな。アレは恐らく、神殿側の敵対勢力の人間だ」
唐突に言われても、二人の頭には疑問符が浮かぶだけで良く分からない。
そこから、プレッツィオは二人に滔々(とうとう)と言って聞かせた。
「戦場に行ったことが無いのに死体に慣れ過ぎている。葬儀を取り仕切った経験も無いのに、だ」
他にも矛盾点をいくつか挙げ、二人に彼を見張っておくようにと指示を出す。
「それじゃ、任せたぞ」
踵を返すと、医務室へと戻っていった。残された二人はその場でひそひそと話し合う。
口火を切ったのは、疑り深いレドベージュ。
「どう思うのです? 怪しくないですか?」
怪訝な表情を浮かべる。それに対し、腕を組むソルベージュは少し考えた。そして、
「まあ、いんじゃない? やるだけやってみたら」
《潜影》で探りを入れ、何もでなければそれで良し。何より――
(なんか面白そう♪)
ソルベージュは頬を上気させ、好奇心に胸躍らせていた。
「えぇ…………?」
そんな様子に双子の片割れは困惑する。いまだに彼の言葉が懐疑的なようだ。
「なにがそんなに気になるの?」
率直な疑問をぶつけてみる。
「それは、その……」
影の差す顔を逸らし、視線を泳がせた。口を開いては何かを言いかけるも、唇に力を込めて引き結ぶ。
「うまく、言えないです、けど……」
不安げに揺らぐ瞳。違和感が拭えないようだ。俯くレドベージュが口ごもっていると、ヤズフィリオの姿が見えた。
隠れて。双子の妹の両肩を抑えて座らせ、物陰に身を潜めて様子を窺う。
しかし、腑に落ちない。例祭の主役は舞い手と囃子手だというのは理解できるが、だとしても神殿を後にしながら独り寮の辺りをうろつくなんて。
「怪しい……」
人目を気にしているのか、顔をキョロキョロさせ視線を忙しなく動かしていた。明らかに挙動不審。
「よし、レド。やるわよ」
「本当なのですか?」
「もちろん♪」
ソルベージュは俄然、やる気に満ちていた。
〇 〇
絶技《真黎の魔弾》を放ったナガルは、未だに《潜影》の中で身を潜めていた。蝙蝠の仮面を被った顔だけ出して辺りの様子を窺う。
ここは神殿にほど近い住宅地。家屋が密集しているので、潜伏場所には事欠かない。
(とりあえず、こっちに敵は居ないみたいっスね……)
現在、ヴァイスを襲った影の敵は三人が相手取っており、ナガルの方に意識を割けないでいた。これなら――
「そんな所に居たのか」
(は――――?)
突如、森人の偉丈夫が襲い掛かって来た。背筋が凍る。風を唸らせた拳は建物の壁を粉々に破砕。弾けた瓦礫がナガルに迫る。《潜影》を強制解除。弾かれたナガルは瓦礫からも逃げ切った。大丈夫、仮面の術式は発動しないで済んだ。
(誰だ、コイツ……)
戦慄で頬を伝う汗。距離を取りながら様子を窺う。筋骨隆々の偉丈夫。武装は物々しい手甲だけ。身に纏う装束は鎧の類も無く至って簡素。そうでありながら、漂う風格と闘気は達人のソレ。手強い。
胃の腑が浮き立ったまま、ナガルは仮面の下で相手をつぶさに観察する。
「この状況だと、アレっスか? アンタも、旭祭司とかっていうヤツ」
「フッ 少し違うな」
「あん?」
狐につままれた顔を傾げた。不敵に笑う偉丈夫はナガルを前にしながらも泰然としていた。
「我が名はガルザルフォ。旭祭司を束ねる教主」
その口ぶりから、実力の程が見て取れる。相手は格上。全力で逃げ出したい衝動に駆られた。
「んじゃあ、アッチの敵はアンタの差し金っスか?」
クロアたちの方を指差して尋ねる。
「フン、下らん時間稼ぎは止めろ」
図星を突かれて思わず押し黙った。しかし、相手にはそれほど時間が無いと考えることもできる。何故なのか? それが解れば状況を有利に進めることができるかもしれない。
(考えろ。敵がこのタイミングで現れなければいけなかった要因――)
背後からの強襲。無意識のうちに身体が反応して跳び上がっていた。
(輪っか? 円刀か?)
眼下で元居た場所を通過する黄金の円環二つ。行く先に視線を向ければ、筋骨逞しい巨躯が消失していた。直後、背後に気配を感じ皮膚が粟立つ。




