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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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蝕甚の権能

自己回復レジリエンス》。負傷したヴァイスは武闘家モンクの技で自己治癒能力を強化し、傷を塞いで応急処置。

 その間にも、漆黒の影に今度はクロアが攻撃を敢行かんこう。上から降って来た甲冑かっちゅう姿の彼は、怪しげに波紋が光る妖刀を影に突き立てた。燃え盛る紫炎がき出し、陽炎かげろうを揺らめかせて影が焼く。


 絶叫が響いたかと思うと、すぐに止んだ。沼のように広がっていた漆黒の影は、クロアの足元から忽然こつぜんと消えていた。


「大丈夫そうだな」


 ヴァイスが振り向くと、大太刀のバレットブレードを担ぐザウラルドが立っていた。仏頂面でフンと鼻を鳴らす。

 刀身から柄にかけては美麗な白銀。そんな装備を許されるのは、冒険者がなれる戦職ジョブの中でも一つしかない。


「ええ。お陰様で助かりましたにゃあ」


 立ち上がると頭を下げた。盾と一体化した巨拳と自身の状態を確かめる。大丈夫、問題ない。


「それで。今のはアナタのお仲間ですか?」


 戻って来たクロアに尋ねられた。不敵な笑みを浮かべる彼はその実、周囲への警戒を怠らない。あれで引き下がるとは思っていないようだ。


「ええ。そうですにゃあ。名をディオン、と言いますにゃあ」


 巨拳を構えながらヴァイスも耳をそば立てて辺りを見渡す。あふれ出るような神気も、魔力も感じられない。クロアの従えている仙狐が反応していない所を見ると、本当に気配を消しているようだ。


 焦れたのかやがて、北東の方に微弱な気配を感じた。顔をそちらに向ければ。魔力と神気が膨れ上がる。


(なんだ――)


 疑問に答えるよりも先に、ソレは飛び立った。見上げると、直上から神気を纏った漆黒の竜。巨大な双角を前方に突き出し、牙をいて襲い掛かる。

 両翼で滑空しながら振り下ろされた爪は屋根を突き破って建物を倒壊させた。


 砕け散った家屋を足蹴に、四肢の爪を立て鎌首をもたげ両翼を広げて威嚇。大した迫力だ。

 ゾクゾクと恐怖が背中を這い回る。

 咆哮ほうこう。大気の震えが鼓膜を殴りつけて来た。打ち付けられる衝撃に身がすくむのを、強く歯噛みして耐え忍ぶ。


(そっちがその気なら……っ)


 使わざるを得ない。左手に魔力を注ぎ込み、聖印を発動。『払暁ふつ』の権能を顕現させる。

 掌を虚空に翳すと、拳大の光球が現出。それが頭上に移ると、3人をそれぞれ照らした。

それは、目覚めを促す夜明けの光。その光は魂にまで届き、内に秘める能力を引き出す。

つまり、強制的に魔力を引き出されるという事。


「これは…………?」


 クロアとザウラルド。二人は湧き上がる力に困惑を隠せない。

 ふと、空を見上げる。暗雲がイシャードの上空に広がっていくのが見えた。


「なんだ、ありゃあ?」


 手でひさしを作り、怪訝けげんな顔で見上げるのはザウラルド。恐らくは現場指揮官のゾグレフ。ヴァイスは目星を付けた。今のところ、自分たちに何かが起こるような兆しはない。

 市街戦の最中、倒壊の衝撃に慌てた住人たちが竜を見つけると、騒然として右往左往し逃げ惑う。


 蜘蛛くもの子を散らすように浮浪者たちが逃散。周囲から人の気配が無くなった。

 漆黒の竜が大木の幹のような両手を振り上げ、地面を砕く。すると巨木のような棘が地面から突出。唸るそれを飛び退いて回避。だが、着地した足元から更に鋭利な棘が生えて来た。


 それを躱すと、影が落ちて来る。竜だ。振り下ろされる巨腕を避け、追撃の尻尾を《七星拳技》の半重力で強引に飛翔し脱出。その間にクロアが紫炎の妖刀で応戦するも決定打は当てられていなかった。


「…………」


 実体化してない以上、《七星拳技グラヴィティアーツ》が使えない。『払暁ふつぎょう』があるとはいえ、今の自分は戦力として少し心許ない。それが歯がゆい。

 そこで思考を切り替える。漆黒の竜は二人に任せ、ヴァイスは先程感じた微弱な気配に目を向けた。


 まだ近くにいる。『払暁ふつぎょう』で潜在能力を引き出し、明敏になった五感で足跡を辿った。

 極めて微弱ながら、北東の方角から南西に路地裏を逃走していた。

逃がさない。全速力で追随し、接敵すると重力場を展開して足止めに成功。地に伏した男を睥睨へいげいした。


「くっ……」


 立ち上がろうと藻掻もがくも、身体がいう事を利かない様子。攻撃は外しようがない。


「終わりですにゃあ」


 思いっ切り巨拳で殴りつける。防御障壁には重力場が圧迫を続けており、紙細工のように容易く砕け散った。破壊の威力はそのまま本体に到達。骨を砕き、四肢が鮮血を引いて四散。余波が地面を粉々に砕く。


 噴出する血の色は漆黒。どうやら、ディオンも屍鬼レムナントらしい。ヴァイスはそう結論付けた。

 五体を粉砕し絶命させた。振り返ってクロアの方を見れば、未だに戦闘が継続していた。


(どういう事ですにゃあ……?)


 怪訝けげんまゆひそめ、熾烈しれつな戦いを繰り広げる一人と一体を屋根の上から観察。術者の死後も稼働する術式は確かに存在するが、あそこまで臨機応変に戦闘を継続させるような術式をヴァイスは知らない。


「まさか……っ」


 今、自分が倒したのは本体ではないとすると、どこかに隠れている筈。もう一度注意深く周辺に意識を配して厳重警戒。

 背後に感じる神気と魔力の高まり。振り返ろうとするも、身体が動かない。


(なっ――――)


 口も利けない中、眼球だけ辛うじて動かし足元を見る。すると、自身の影が無い。ついでに相手の姿も。

 どこにあるのかを探しても、影も形もない。直後、背中から迫る神気と魔力。


 それはなけなしの防御障壁を突き崩し、戦斧ハルバードの先端に付いた剣先がヴァイスの心臓を貫いた。漆黒の剣身が胸を貫通して眼下に見えた。それは、細切れにされて絶命したはずの屍鬼レムナントの少女。


「ガハァッ!」


 むせ返る鮮血を吐き散らした。ほとばしる激痛が神経を内側から斬り刻む。魔力が繰れない。魔力の機転となる心臓が破壊されたせいだ。意識が遠のいていく。


(テオドロス殿……)


 ぼやけた視界の奥に、皺が深く刻まれたかつての恩人を幻視した。

 傍らには彼の忘れ形見、シャルディムが不思議そうな顔をこちらに向けて来る。

 彼がナハティガルナの元で失意の日々を過ごすのを遠くで目に擦る度、自分の不甲斐なさを咎められているような気分になって辛かった。


 その辛苦から逃げたくて、信ずる神に助けを求めたがすげなく断られた。

 だからこそ、久方ぶりに姿を見せた知己を頼り彼が信ずる神に望みを賭けた。

 そうだ。彼にこれ以上の悲しみを味合わせたくなくて、そのためなら邪神にでも魂を売ろうとした。


(まだ、死ねない……っ)


 死んでいる場合じゃない。少年をこれ以上、悲しませないためにも。


「―――――ッッ!」


 声は潰れた。喉は込み上げる鮮血で塞がれている。体中から魔力をかき集めて聖印に注ぎ、『払暁ふつぎょう』の権能を強化。頭上の光球がまばゆい光を発する。

 まだ、諦める訳にはいかない――――――!


  〇                                 〇



 ヴァイスが漆黒の竜の攻撃をかわしている隙に、憑依でクロアは全力展開。魔風を轟かせ、仮面が狐の獣面となり、白銀の尻尾を6本生やして燃え盛る紫炎の妖刀を構える。

蠱惑こわくの香気』と『魅惑』の魔眼で炎の精霊を従え、刀身に薪とくべて更に火力を高めた。


 そうして竜の前に躍り出ると、両翼で風を叩き付けて来るので跳躍で回避。飛翔して竜が追いすがる。頑強な鋼殻に覆われた腕。鋭く研ぎ澄まされた爪には、魔力と神気が凝縮されていた。


 虚空を斬り裂く竜爪の一撃。爪撃の兆しを見せた際、クロアは妖刀を振り下ろして紫炎を爆発させた。爆煙で竜の視界を防いでいる隙に頭上に身を躍らせ、


「来い」


 風の精霊に働き掛けて更に火力を底上げ。陽炎揺らめく猛火の刀身を、渾身の力を込めて竜の頭に叩き込んだ。気付いた時にはもう遅い。

 絶技イクシード《妖炎の太刀 星火燎原せいかりょうげん》。『払暁ふつぎょう』の権能で底上げされた全身全霊の一撃。

 紫炎が爆ぜ、熱と光が閃き迸発。昏暗こんあんの空で劫火ごうかつんざき敵をいた。


「しかし、アレはドコに――」


 辺りを見渡しても、ザウラルドの姿はなかった。


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