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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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ヴァイスの決断

 旭祭司きょくさいしと十二仙。強さのけたがまるで違う。

 教主であるガザルフが殺した時とは完全に別の組織、そんな見解を持つに至った。

 二十年前なら、戦艦なんて破格の神刀を持つ十二仙はいなかったし、弓兵もここまで厄介な能力を有した神刀を持っていなかった。


 戦艦だけではない。

 アルブレヒト・ノルグウィスデンが操る無数の鋼糸は情報戦に長けていた。

『黒き心臓』を神刀に持つペネトレーニュ・オルドランは特別に屍人形コープスの大群を擁し、ベルナディット・バルテルミーの旗は『瑞光』と同様の効果でいずれも組織戦に強く厄介。


鏡月かがみづき朔夜さくや…………っ」


 彼女が十年前に十二仙に選出されてから、これ程までに強大な組織へと生まれ変わった。

 全ての矢を躱し、焼き払って再び相手を見る。すると、騎竜の鞍上あんじょうには一人だけ。


「ヤツは何処に――――」


 言い終える間も無く、影が落ちる。限界まで弦を引き絞るゼルティアナが頭上に居た。

 放たれた矢はローランを貫通し怪鳥の咽喉部いんこうぶに風穴を開けた。グウェナトルは無様にも地面に落下していった。

 幸い、高度を落としていた戦艦に追随していたこともあって落下の被害は少ない。怪鳥ヤズーしかばねが緩衝材となってくれていた。


「くっ…………」


 忸怩じくじたる思いで彼女たちが飛び去って行くのを見上げていた。

 そして、大気の軋みがさらに強まる。音が聞こえてきそうな程に。

 その軋みが鼓膜に響き耳を抑えた瞬間、それはもう顕現していた。


蠱毒こどく濛靄もうあい』パンドラ。

 それは、八枚の翅を(はね)広げる巨大な。太く長い蛇腹からはねが生え、竜尾が虚空を泳いでいた。


 空を覆う程の巨大なはねは毒々しい群青。夕暮れ時や黎明れいめいの空ににじむ群青とは、似ても似つかない。

 翅の表面に浮かぶまだら模様が眼球のように見えて不気味だ。まるで、観衆から傲然ごうぜん睥睨へいげいされているような威圧感を覚える。


 パンドラがグウェナトルを一瞥いちべつしたかと思うと、八枚の翅を翻して正対した。その際に風が吹き付け鱗粉が舞い、薄絹の紗幕しゃまくが下りたように青く霞み掛かる。防御障壁が展開したにもかかわらず、思わずそれを手で遮った。


「…………」


 蟲特有の複眼。その巨大な眼は確かにグウェナトルを捉えていた。そこに浮かぶ感情が何なのか、そもそも、そんなものを持っているのかも怪しい超常の存在が対峙する。

 ただそれだけのことで皮膚が粟立あわたち、怖気おぞけが背筋を凍らせた。

 しかし、グウェナトルは我に返り聖印に魔力を込めると、精神を高揚させ斧槍ハルバードを構えて啖呵たんかを切る。


「はっ 名前を忘れた哀れな愚神ぐしんよ。我が神の威光の前に――」


 最後まで言うことあたわず、赤黒い血が喉にまでせり上がってむせた。


「これ、は…………?」


 パンドラの猛毒鱗粉に含まれる毒の仕業だった。防御障壁を浸潤して来るほどの毒素。それに侵された身体は最早自由が利かない。


「こ、んな…………」


 こんな筈ではなかった。戦艦を取り逃がし、自分以外の旭祭司きょくさいしを殺された。教主は勿論、陽光神イリスコリアス様にも合わせる顔がない。

 痙攣けいれんする身体にむちを打つも、猛毒にむしばまれた四肢はいう事を聞かず、やがて意識も闇の底へと没した。

 こうして、グウェナトルは何も成せずに事切れた。


 〇                                  〇


 神殿での神楽かぐらに対する野次がなくなり、声援が収まり観衆が静観していた頃。

 ヴァイスは旭祭司きょくさいしの一人、ゾグレフに呼び出されていた。貧民街で人気のない路地裏。その屋根の上で独り、聖印越しに接触を図る。


「『暁の巫女』の奪取、ですかにゃあ?」


 指示されたのはメルティナの誘拐だった。それは、昨晩のディオンが言っていた事だ。その事を説明すると、情報漏洩ろうえい唖然あぜんとしていた。子供なのかと、ヴァイスは思わず苦言をていした。


『……まあ。なんだ、その。出自柄、アイツは子供みたいな所があるからな』


 あまり気にするな。蒼魔族アズュールの青年にそう諭された。


『そんなことより。誘拐ゆうかいについての具体的な段取りについて詰めていくとしよう』


 はぐらかされた。思えば、最初の頃からそうだ。

 自分には特に情報が与えられない。同僚どうりょうであるはずの旭祭司きょくさいしの情報一つすら。

 確かに、ヴァイスは神殿側にいる埋伏の毒であるが故、常に情報漏洩のリスクが付きまとう。

 しかし、仮にそうだとしても違和感はどうしても拭えない。


「それにしても。どうして直前まで教えてくれなかったのですかにゃあ?」

『情報漏洩の観点からの判断だ』


 どうやら、自分は信用されていないらしい。それだけは分かった。

 指示された誘拐ゆうかいの手順は至って簡単。まず、ヴァイスが重力を操って祭壇を制圧しその隙にディオンが『蝕甚しょくじん』の権能でメルティナをさらうというもの。


 因みに撤退時の殿はゾグレフが務めるらしい。万事抜かりはない、というのは本人の弁。一抹の不安が残る。

 聞くところによれば、ディオンの権能は重力の制約を殆ど受けないらしい。その事から、影に関する能力であることが示唆された。だが、それは触れずに黙っておく。


「それで、当の本人は何処ですかにゃあ?」

『問題なく、既に待機させてある』


 あとはお前が持ち場に着くだけ。そう言われては、行かない訳にはいかない。


「密偵はどうしますかにゃあ?」


 ヴァイスはエブリシュカのことを説明。しかし、命令は覆らない。

 ここで少し逡巡する。メルティナを誘拐すれば、確実にシャルディムと敵対する事になる。

 改めて胸に問い掛けた。自分が何のために『黎明破曉れいめいはぎょう』に入ったのかを。


 神の寵児ちょうじたるシャルディムが幸福で救われていて欲しいから。だから常世神アヴァターであるナハティガルナを裏切った。

 しろになると言っても、彼女が死ぬわけではない。シャルディムもきっと分かってくれる筈だ。そう結論付けて任務への参加を受諾する。


「解りましたにゃあ。今すぐ神殿に向かいますにゃあ」

『頼んだぞ』


 それだけ口にすると念話が切れた。


「さて、と……」


 顔を上げ、神殿の方へ顔を向ける。

 すると、


「そこまでです!」


 突然、後ろから女児の声。聞き覚えがない。振り返ると、病的に色白な少女がそこに居た。


「貴方を内通者として身柄を確保します。神妙になさい!」


 膝丈のスカートに軽装鎧を纏い両手で戦斧を構えるも、舌ったらずな語調ではイマイチ迫力が出ない。しかし、それ以上に内通者と呼ばれた事にヴァイスは驚愕した。バレている。


(まさか、十二仙からも諜報員が――)


「フザケルナァ!」


 怒号が響いた直後。足元の影が噴き出し、水柱のように天高く舞い上がった。離脱しようにも自由が利かない。


闇影戯あんえいぎ 黒縄呪縛こくじょうじゅばく》。

 数本、太い漆黒の縄が噴出して来た。ヴァイスは足刀、少女は戦斧でそれぞれ切断。

 作戦指示の時からディオンの攻撃が実体を持たないであろう事は予測できたので、主に霊体を構成する霊の《アニマ》を足に収斂しゅうれんした。それが奏功した形だ。

 しかし、漆黒の糸が無数に伸びて来て既に二人の手足を拘束していた。縄は囮だった。


(身体が……っ)


 ヴァイスは驚愕に目をく。そして、それは目の前の少女も同じだった。

 魔力を込め、膂力りょりょくを発揮して振り解こうと抗う。ヴァイスではビクともしない拘束に対し、身体を震わせて強引に肘を張り腕を広げる。それに対抗するように魔力と神気が膨れ上がった。


「くっ この……っ」

『シネ』


《闇影戯 奥義 黎黒縛殺獄れいこくばくさつごく》。身体の各部に食い込んで四方に引っ張って引き千切られた。そこから更に各部位がバラバラに斬り刻まれていった。飛び散る鮮血は漆黒。肉片が足元に広がる闇に沈んでいった。


 人格のある屍人形コープス屍鬼レムナント

 聞いたことがある。十二仙のペネトレーニュ・オルドランの屍人形コープスは竜種の骨肉を使用していた。故に常人を超えた膂力を発揮できる。しかし、ディオンはそれを意に介さず屠り去った。権能の威力が凄まじい。そして今度は標的をヴァイスに変える。仲間意識が皆無なのは、火を見るよりも明らかだった。


『オマエモ』


 きしみ上げる身体を締め付けて来る漆黒の糸が毛深い皮膚に食い込み、肉を引き裂き侵入。

 魔力をり、《錬鋼スピンドル》で身体強化。抗って動けば糸が更に食い込み、骨まで達し用とした時。一筋の斬閃が降り注いだ。


『グアアアアアアアアッッ』

 

 もだえるように足元の漆黒が波紋を小刻みに立てる。その瞬間、拘束が緩んだ。生じた隙を逃さず、跳び退って全速離脱。別の家屋の上に膝を着く。全身を苛む痛みに身体がいう事を利かない。


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