陥穽の水没
『反照』のウスターシュ。
『昊天』のコウジュ。
『陰晹』のノエル。
そしてシャムザの権能は『幻日』。あり得る筈のない虚構の太陽。その能力は強力な幻術。
数など関係ない。この四人ならいかなる拠点の制圧も難しくはない。グウェナトルの編成は隙が無く盤石だ。
程なくして曲がり角。そこを通過すると言われた通り、壁際にある階段が目に飛び込んで来た。
ウスターシュはそこで初めて違和感を覚える。いつの間にか、『反照』による結界が発動していた。
「襲撃かっ⁉」
一体、いつの間に。疑問に衝き動かされて足を止め、辺りを注意して観察。静寂が支配した空間には、これといって違和感はない。人影も見当たらない。
「何だったんだ……?」
権能が誤作動を起こすなどあり得ない。だからこそ、腑に落ちない。
「コウジュ。すまんが――」
後ろを振り返ると誰もいない。
「バカな――――っ」
聖印に魔力を注ぎ、急いで彼らの消息を確認。聖印は魂の紐帯。陽光神を通じて言葉を介さないコミュニケーションは勿論、どこに居るかも即座に把握できた。
その結果。驚愕の事実が浮かび上がる。三人はいずれもウスターシュの後方、鋼鉄製の床に埋没していた。
まだ生きているとはいえ、手練れの三人を一瞬で。どんな手段を講じたのか、まるで見当が付かない。
動揺を隠せないウスターシュは原因を探るべく、彼らが埋まっている場所まで戻った。
権能が発動し、瞬時に結界が生じた。結界の外へと手を伸ばすと、何の抵抗も無く指が沈んだ。
(なんだ、これは…………?)
指を引っ込めると、鋼鉄の床が水面のように波紋を浮かべていた。解らない。ウスターシュは困惑していた。
(どういう事だ…………?)
水面から離れ、冷静に考えてみる。オヴェリアが使役する幻獣テュポーンの魔法は《陥穽の水没》。地面を泥沼に変えて相手を沈める魔法。
だが、今目にしているそれはまるで水。泥沼のような粘度はない。
考えられることはただ一つ。これこそが、本来の効果。水没の名に相応しい。
「オヴェリア・レピドゥス。ヤツはとんだ策士だな」
まさか、収集した事前情報が不十分だったとは。それに籠城戦で味方を集め、罠を張って待ち構える。まさに難敵と呼ぶに相応しい。
「だが、それは悪手だ」
『反照』の権能の前には、誰が何人集まろうとも無駄。何しろ、全てを跳ね返すのだから。
聖印を確認すれば、まだ三人は死んでない。時間の経過から、救助をすればまだ助かる筈だ。
効果範囲外の手前で液状化した床を指先で触れながら権能を解除した。
「その瞬間を待っていた」
「なっ――」
突如として人魚の姿をしたオヴェリアが現れたかと思うと、ウスターシュの腕をすり抜けて鎧の中に身を隠す。
直後、彼女の質量がウスターシュの体内で出現。成す術も無く、内側から押し潰された。
不幸な事に頑強な鎧を纏っていたため、内と外の板挟みになって骨肉が音を立てて挽き潰された。
大鎧が全身の隙間から鮮血を滴らせ、無惨にも床に頽れる。その際《陥穽の水没》も解除しており、他の三人も元に戻った鉄の質量によって原型を留めぬほどに押し潰されて絶命していた。
こうして、戦艦内部に侵入した旭祭司は全て殺害された。オヴェリア一人の手によって。
絶技《潜行》。
テュポーンが使う効果範囲内の敵を全て水没させる魔法《陥穽の水没》を応用し発展させたオヴェリアだけの魔法。
効果は単純。あらゆるものをすり抜ける結界の展開。それによって、オヴェリアは艦内を縦横無尽に高速移動できた。
《陥穽の水没》と《潜行》。
この二つがあればオヴェリアは無敵だった。
(よかった。思ったより早く片付いた)
《潜行》で艦内を泳ぐオヴェリア。その身体は鮮血で赤く染まっていた。
正直、拍子抜けするほどに手応えが無かった。しかし、それも仕方ない。《陥穽の水没》の全容は冒険者時代から徹底的に秘匿して来たし、《潜行》も十二仙になってからは殆ど使う機会が無かった。ましてや、その二つを艦内で使ったのは今回が初めて。
対策できる方がどうかしている。
血塗れのオヴェリアは再びメインコントロールルームに戻ると、操舵に専念した。艦全体をしならせて蒼穹を遊泳し、徐々に高度を落としていく。
メインコントロールルームに居なくても魔力を通しているので遠隔操作は可能だが、その分余計魔力を消費するので継戦能力が大きく削がれる。
だからこそ、あの四人は手早く片付けたかった。
やがて、自身の居る空域の空気が軋むのを感じた。これを待っていた。
「来た来た」
エブリシュカから、失敗に終わった復讐劇の顛末を聞いておいて本当に良かった。
何しろ敵の敵は時として、味方になり得るのだから。
〇 〇
グウェナトルの権能は『紗幕』。雷を操る極光。黄金の燐光を纏う身体の周囲に極光の紗幕を展開し、斧槍を掲げると虚空に万雷を召喚する。
斧槍を翳し、直掩の竜騎兵の攻撃を躱しながら合間を縫うようにして戦艦に万雷で攻撃を加えていた。怪鳥の手綱はローランに握らせ、自身は攻撃に専心。
それでも竜騎兵たちの連携は厄介で、妨害のせいで中々直撃を当てられない。防御障壁はとうに喪失しているというのに。
燃え盛る灼熱火球は《爆炎》の術式。突き出された槍の先端から放たれる光の鏃は《穿光》の術式、そして騎竜の《炎の息吹》。
それらが飛んで来て回避を強いられていた。
空中戦の最中、聖印でウスターシュたちの死亡を確認した。さすがのグウェナトルも驚きを隠せず、動揺した。
「馬鹿な、信じられん…………っ」
その辺の雑兵ならともかく、旭祭司が同時に四人も。どう考えても異常事態だ。
「どうかしましたか?」
今、彼に真実を告げて士気を落とすのはマズい。
「気にするな。目の前のことに集中しろ」
愕然として声を漏らしたことを恥じ、グウェナトルは状況の打開に頭を捻る。
空中戦艦による竜騎兵の運用。それは、今までの竜騎兵の運用とは一線を画すものだった。
従来であれば、防衛拠点の制空権確保に集中投下されていた。
だが、この空中戦艦との連携は破壊力が凄まじい。
大艦巨砲主義で鈍重になる空中戦艦も、小回りが利く竜騎兵で強襲すれば形無しだ。
砲撃の威力に関心が集まる中、竜騎兵に注目するその慧眼。まさしく驚嘆に値する。
その竜騎兵が三騎。グウェナトルたちを追い詰めるために攻撃を仕掛けていた。
彼らの狙いはあくまでも牽制。そのため、距離を取って一撃離脱の波状攻撃を展開。苛烈な連携は攻撃の機会を確実に奪い去っていった。
飛翔能力で優る騎竜との三対一。苦境に立たされた二人の奮戦も虚しく、状況はさらに悪化。
アデラールがゼルティアに射殺された。悲嘆に暮れる間もなく、無数の矢がこちらに目掛けて襲来した。
「くっ……」
ローランの顔が苦悶に歪む。回避するのがやっとで攻撃に移れない。八方塞がりだ。
突如、辺りの空気が軋みを上げ。緊迫感が上昇するのを感じた。
「なんだ…………?」
状況を掴み切れていないグウェナトルは辺りを見渡して異変を探す。しかし、特に何かを見付けられるわけでもない。
『それじゃあ、ゼル。殿お願い。この状態で超獣は相手にできないから』
周囲に聞こえるようにオヴェリアが声を拡散した。高度を落としていた戦艦はそのまま地表に降りたかと思うと、音も立てず地中に没した。
《潜行》。それも、戦艦規模での。主砲といい、高速航行といい、あれだけの魔力を使いながらもまだ底を見せないオヴェリアに、グウェナトルたちは驚きを隠せない。
「ヤツは何を言っている……?」
超獣が来る。俄かには信じ難い話だ。
だが、戦艦ごと逃げるのを見るとあながち嘘でもなさそうだ。
「はっ――」
再び無数の矢が降り注ぐ。ローランは咄嗟に手綱を引いて危機から逸出。
その後も矢が振って来て回避に専念せざるを得ない。それでも躱し切れない矢の弾幕は自身の雷で焼き払った。
「ぬぅ…………っ」
グウェナトルは顔を顰めて皺を深く刻み歯噛みした。




