梟雄の性
おかしい。セレスタは違和感を覚える。
確かに朔夜は『不現』の魔眼で相手に幻覚を見せることができる。そうであればこそ、十二分に距離を取って魔眼を封殺していたというのに。
「知らないようだから教えてあげる。魔眼を始めとした先天的な魔法形質は、言ってしまえば天然の術具。だから、この『不現』の魔眼も、応用すれば幻術へと昇華させられる」
一体、いつから幻術に騙されていたというのか。セレスタにはまるで思い当たる節がない。
「よくやった」
聞き覚えのある声。響いた声音に朔夜は警戒し周囲を見渡す。二人の影が一部、風船みたく膨れ上がったかと思うとそこから黒衣に口元を隠す竜人の男が現れた。
名をフェルナト。陽光神より賜りし権能は『月蝕』。
影を侵食する深淵の闇。それに絡め取られた朔夜はたちまち身動きを封じられた。
その権能はセレスタにも及び、無理矢理歩かされて強引に刀身を抜いた。影を使って止血の応急処置をされたのがせめてもの救い。
「この状況では逆転の手もあるまい。なんせ文字通り、手も足も出ない状態だからな」
笑みを滲ませるフェルナト。漏れなく『瑞光』の加護を受けている彼はその間にもセレスタを操り、腰溜めに構えた両手が白雷を孕んだ風を纏う。
《白雷迅風》は既に消失し、魔力の制御を失った大鉄扇は地表に向かって落下していた。
「フェル、ナ、ト……っ」
血を吐きながら、怨嗟を込めてその名を口にする。ヤツは自分を捨て石にするのを躊躇わない。セレスタは正直、蹴落とし合いで登り詰めた旭祭司たちに仲間意識を感じた事など微塵も無い。
だが、捨て駒として使い潰されるのは我慢ならなかった。
「くっ…………」
縄の如き影で縛り上げられた朔夜は苦悶の表情を浮かべる。ミシミシと全身が軋み上げているのが傍目にも分かった。このままだと無理矢理心中させられるのは必至。全てを諦めかけた時、頭上から影が落ちて来た。
「朔夜様――――――――!」
それは幻聴だったかもしれない。風圧を纏った騎竜の高速機動から声が聞こえるかはとても疑わしかった。それでも、主を思う切実な叫びはセレスタの鼓膜を震わせた。
一瞬、旭祭司二人の視線が逆落としを仕掛けて来る騎竜に注がれる。
朔夜はその隙を見逃さない。僅かに逸れた注意の間隙を縫って刀身に魔力を込め、桜吹雪がその場に咲いた。
「しまっ――」
「遅い」
爆発。大気を震わす薄桃色の爆炎が蒼穹に咲いた。
神刀『東雲』。朔夜の大太刀が有する能力は『神殺し』。繰り出される斬撃と桜吹雪は、あらゆる霊験を無力化し破壊する。神すら屠る無敵の刃。
まさに鬼札。鏡月朔夜は、忌まわしいまでに『黎明破曉』にとっての天敵だった。
神気を孕んだ炎に抱かれ、セレスタは跡形も無く焼失した。
爆煙から吐き出された朔夜は、力なくその身を落下させていた。
咄嗟に花弁を操り、爆発の中に空気の層を作って自爆の被害を最小限に抑えることができた。
だが流石に無傷とまではいかず、防寒着の大部分を焼失させながら空を落ちていた。
意識が朦朧としている。防御障壁を突き破った爆風の直撃を受け、手足の感覚が酷く曖昧だ。
「朔夜様――――――――!」
再び聞こえる、自身の名を呼ぶ声。さっきはその声に助けられた。
「大丈夫ですかっ⁉」
悲鳴にも似た声で無事を尋ねて来るのは竜騎兵。落下していた朔夜を両腕で抱き留めていた。
騎竜に視線を向けると、『東雲』を前肢で掴んでいるようだった。これでまだ戦える。
(そうだ。死にかけてる場合じゃない……)
満身創痍の身体に鞭を打ち、魔力を注ぎよろよろと上体を起こす。それから朔夜は腰背部の鞄から一つの瓶を取り出した。中で満たされていた紅い液体はノエリスの血。脊髄型の神刀『龍髄』。無限造血の能力で生成される血液は神気を孕み、限界を超えて治癒能力を高められたそれは万能薬そのもの。
故にこそ、ノエリス・アバーテは実質的に不死身だった。
栓を開けて一口呷る。それだけで、満身創痍だった全身がたちどころに全快した。
「全く。死ぬかと思った」
朔夜はようやく人心地着けた。
「こっちは生きた心地がしませんでしたよ……」
自爆した時は本当にどうしようかと。騎手は力なく不平を零した。
「ありがとう。本当に助かった」
微笑を浮かべ、素直に謝辞を送る朔夜。
「ええ、まあ……」
ゴーグルで目元が見えないが、そっぽを向く彼は満更でもないようだった。
あの状況では、あれが精一杯だった。本当にギリギリ。勝利を分けたのは、それこそ運としか言いようがない。竜騎兵には待機としか命令していなかったので、来るとは思っていなかった。
周囲を見渡すと、朔夜の乗る騎竜は低速で滑空していた。
視界の先では相変わらず万雷を前に、徐々に高度を落としていく戦艦フォルネウスが副砲による迎撃と回避運動をしている。ゼルティアナもまた、大弓を片手に旭祭司との熾烈な激闘を繰り広げていた。
先程自爆に巻き込んだ二人と怪鳥の気配はしない。ちゃんと爆殺できたらしい。
その様子から、この空域に敢えて留まり続けるオヴェリアの真意が見えた。朔夜は竜騎兵の両腕から解放されると、後ろから抱き留めて耳元で囁く。
「このままイシャードへ」
「え?」
鼻の下を伸ばしていた騎手は疑問を抱いた。
「この場は二人に任せる。私たちは、一刻も早くイシャードへ救援に行かないと」
それが、現状での最善手。
この分では、イシャードの方でも『黎明破曉』が良からぬことを画策しているに違いなかった。
「……分かりました。しっかり掴まっていて下さい」
「うん」
説得に応じた騎手が手綱を引き、二人は一路イシャードを目指した。
〇 〇
大弓『三死一生』を神気解放させ、《神鷹陣》を展開したゼルティアナ。
身の丈を超す大弓は倍の大きさとなり、まるで双翼を広げる隼鷹じゅんよう)の様相を呈していた。
彼女は戦艦に穴が穿たれても驚く程に冷静だった。あの障壁と装甲を貫くとは、威力が尋常ではない。そう評するだけ。
考えられるのは一つしかない。今朝方、オヴェリアから報告のあった陽光神の権能。
「ふむ。この状況、間違いなく敵は旭祭司の一団だな」
「あの、何か…………?」
ゼルティアナの呟きに竜騎兵の女性が振り返る。
「何でもない。貴様は騎竜の操縦に専念しろ」
「はっ はい……っ!」
正面に向き直った騎手から意識を外し、追撃を企図する敵、万雷を展開する相手に弓を番えた。
弦を引き絞ると矢が現出。更に周囲に同形の矢が無数に展開、神気と魔力を込めて指を離して矢を放つと、全ての矢が一斉に風を切り裂き万雷に迫った。
通天無尽。あらゆるものを狙い定め、尽きる事のない矢を放ち続ける。これが大弓の神刀『三死一生』の能力。
しかし、万雷に到達する事は叶わない。途中で噴き出した赫灼の大炎によって全て焼き払れた。
「ほう?」
この炎もまた、威力が尋常ではない。噴出した方に顔を向けると、燃え盛る巨大な鎧の肩で屹立する森人の青年が一人。その身を淡い黄金の燐光が包んでいた。
「フハハハハハハハッ! 我が名はアデラール・ディセンダント。十二仙が一人、『神弓』のゼルティアナ・タッチェルとお見受けした。神に仕える者同士。いざ、尋常に勝負!」
天を仰ぎ大笑。取り敢えず、相当な自身家であることが窺えた。ゼルティアナは先程よりも大量の弓矢を展開、魔力を込めて射掛ける。
魔力は物理現象だが物理法則からの制約は限定的。魔力を込めた矢は倍の速度で相手に殺到した。
すると、敵の挙動に合わせて燃え盛る鎧は二対の腕を前方にかざす。掌にある砲口から猛る大炎を吐き出し、矢を悉く焼き尽くした。
「我が権能は『煬光』。全てを焼き尽くす灼熱の光!」
ご丁寧に自身の能力について解説して来た。よほど勝てる見込みがあると思われているらしい。
「ほう。面白いな……」
待ち望んでいた強敵との邂逅。狂気に爛々(らんらん)と目を輝かせて相手を見た。喜悦が全身を貫き、高揚に頬が上気した。
燃え盛る鎧は腰から下はなく、代わりに炎が猛烈な勢いで噴出している。恐らくは魔法人形の一種だろう。ゼルティアナそう予測した。
(敵は『傀儡師』か……)
『傀儡師』とは、その名の通り魔法人形や魔法生物を作成し操る存在。
高名な傀儡師ともなればそれらを自作し、更に操縦者の方が強い。




