舞い散る桜花
フォルネウスの船体から炎が燃え盛り、黒煙が噴き上がるのが朔夜にも見えた。
以前、オヴェリアが言っていた事を思い出す。
『フォルネウスの能力は不朽不滅で、絶対に壊れないのがウリだけど。実際にその能力を有するのは主砲や機関部などの主要区画だけ。
ネジの一本に至るまで不朽不滅だったら神気やその加護を凌駕する攻撃で破損した場合、修理や改装ができない。それだと効率が悪い』
船体の外壁には絶対防御の強度はない。それでも、神気の加護の余波で装甲は堅牢だ。加えて、展開していた結界の強度は常軌を逸していた筈だ。敵はそれを一瞬で刺し貫く程の攻撃を加えた。
考えられることはただ一つ。
「権能……旭、祭司……っ」
それ以外に思い当たる節はない。
傍観していると二羽の怪鳥が戦艦に取り付き、二人の白い法衣姿と大鎧の男が内部に侵入していくのが見えた。
マズい、このままでは内側から制圧される。
戦艦フォルネウスの喪失は十二仙としても死活問題。呆気に取られ、唖然としていた朔夜の背筋が凍った。
更に状況は悪化する。白い法衣姿の敵が一人、怪鳥の背より大量の万雷を展開した。
熊春の懸念は正しかった。今、沈めさせる訳にはいかない。救援に向かう。竜騎兵に指示を出す。
白雷を孕んだ突風が強襲。騎竜の行く手を阻み、咄嗟の回避で難を逃れる。
「はっ 行かせるワケないでしょーが!」
フードを取った旭祭司の一人、淫魔族の女性が上体を隠す程の大鉄扇を両手に広げて迫る。その身は黄金が明滅し、白雷を帯びた鉄扇で虚空を叩く。すると白雷と暴風が渾然一体となって荒れ狂い、朔夜たちにその牙を突き立て迫る。
それを横転しながらで躱し、事なきを得る。風と雷の範囲攻撃は厄介だ。
「範囲攻撃なら、私にだって……っ」
救援に行けないのがもどかしい。奥歯を噛み、厳しい眼付きで彼女を睨んだ。
朔夜は魔力を纏った巨刀を振るい、空を切る。そうする事で桜の花びらが舞い散り、花弁一つ一つに魔力を通して操った。天上に切っ先を掲げ、桜吹雪を旋風と化して収束。高速で飛翔する騎竜に随伴させる。
刀身を振り下ろし、吹き荒ぶ白雷の風に向かわせた。白雷に焼かれた桜の花弁が燃え爆ぜる。
白と薄桃、二つの風が衝突して爆炎が巻き起こった。灼熱の閃光が蒼穹を燬いた。
爆煙を斬り裂く白雷の風。脱出して上昇、煙霧に紛れる相手を俯瞰した。
攻撃が来ない間、全身から湧き上がる膨大な魔力を巨刀に注ぎ込み片手で横薙ぎ。夥しい程の桜の花弁が空に舞う。
再びそれを切っ先の尖端で旋風と化して展開。
「後ろっ!」
騎手が短く叫ぶ。奇襲は後ろから来た。さっきまで居た場所に、白雷の風が駆け抜ける。振り返れば敵である淫魔族の女。彼女が乗る怪鳥は白雷の風を纏っていた。
身体強化を施した騎竜の飛翔に難なくついて来る。放たれる白雷の風が大気を劈き焼き焦がした。
竜騎兵は手綱を引き、大きく逸れて回避。その隙に頭上を取られた。このままでは黒焦げになる。
「合図をしたら上昇して」
了解。短く応じる。頭上後方に陣取る旭祭司。溜めを作った分、今度の攻撃は範囲が広そうだ。
「オラァッ!」
大鉄扇を虚空に叩き付け、突風と白雷が大気を斬り裂き迸る。朔夜は襲来する白雷の風目掛けて太刀を振り、展開していた桜の旋風を叩き付けた。桜色の爆炎が白雷を相殺、攻撃は届かない。
(ここだ――――!)
「今っ!」
騎竜が両翼を羽ばたかせ上昇。急加速によって視界が狭まり、空気抵抗で風が全身を激しく叩いて来る。だが魔力と聖印による身体強化で苦にならず、上昇の妨げにならぬよう細心の注意を払って太刀を振るった。刀身から散る桜の花弁が風巻と舞い遊ぶ。
「甘いっての!」
敵が先回りし、白雷を纏う鉄扇を振り被る。
「突っ切って!」
『はっ!』
朔夜の指示に全幅の信頼を置く騎手は相棒に更なる加速を促した。勇敢な竜騎に朔夜は内心感謝する。
禍々(まがまが)しい牙を立てんとする白雷の風に朔夜は再び大太刀を派手に振るい、桜の花びらを舞い散らし防壁に転用した。
敵と交錯した直後、展開していた結界に魔力を込めた。四方から朔夜に目掛けて桜花が降り注ぎ、切っ先に集約させた夥しいそれを遠ざかる相手に殺到させた。
《百花繚乱の太刀 桜吹雪》。蒼穹を駆け抜ける桜吹雪は白雷の風を呑み込み、それだけでは飽き足らず怪鳥と旭祭司…ごと鯨飲した。
轟く爆炎。音が大気を劈き、迸る閃光が空を焼いた。
敵が陣取っていた場所に爆煙が立ち込める間。距離を取って巨刀を振るい桜の花びらを舞い散らせて弾幕の補充をした。
フォルネウスの方を見れば、相変わらず黒煙を上げて航行していた。展開された巨大な万雷から降り注ぐ電光の回避に専念していた。といっても、展開した三翼の竜騎兵の直掩を受け辛うじて直撃を避けているといった様子。
やはり、艦の内外からの襲撃で後手に回っているのだろう。オヴェリアの苦境が窺えた。
「オヴェリアの救援――」
最後まで言えなかった。滞空していた騎竜。騎手が手綱を咄嗟に引っ張り、唐突にその場から引き離す。白雷の光条が一閃。蒼穹を奔った。次いで渦を成す白雷の風が一瞬の裡に通過。
迸る白雷に施されていた防御障壁が発動、電光の刃がズタズタに斬り裂き消失した。
掠めただけでこの威力、権能に違いなかった。
「バカな……っ」
驚嘆の声を漏らす竜騎兵。動揺を隠し切れていなかった。
「大丈夫。アナタと相棒には、指一本触れさせないから」
そんな彼に対し、決然と言い放つ朔夜。事実、それだけの実力が自身にはあった。
改めて相手を見る。敵の頭上には白雷を迸らせる竜巻が左右に一対。大鉄扇を手に携えていない所から察するに、その二つが竜巻を起こしているようだった。その証拠に、距離を大きく隔てていても魔力の高まりを彼女から感じ取った。
《白雷迅風》。二つの大鉄扇を魔力で高速回転させて竜巻を起こし、権能の『蝕光』で白雷を纏わせる。それがセレスタの本気。更に、全身に纏う黄金の燐光は『瑞光』の加護。支援効果によって今なら実力以上の能力を発揮できた。
与えられた権能は『蝕光』。日蝕の際に太陽を包む白光、絶縁破壊の電風。
「十二仙最強って聞いてたケド。あんま大したことないわねえ?」
勝ち誇るセレスタ。実際、彼女は朔夜を防戦一方のまま抑え付けていた。中破した戦艦フォルネウスが気掛かりだったとしても、最強の相手に破格の戦果だった。
台詞を挑発と捉えたのか、朔夜は巨刀を頭上に振り上げ、一際大きな桜吹雪を咲かせた。
横薙ぎの一閃。それだけで桜花の旋風はセレスタ目掛けて吶喊。舞い遊ぶ桜の花弁が羽虫の蠢動染みていて不快だ。指を差し向け、《白雷迅風》で生じさせた竜巻をぶつける。
桜吹雪が燃え爆ぜる。それを掻き消しながら奥に控える朔夜に迫った。躱すために高度を落とす騎竜。掛かった。これで後は嵌め殺すだけ。セレスタは勝利を確信した。
「逃がさないわよっ!」
竜巻を鞭のようにしならせ騎竜を追尾。距離を隔てようとする朔夜に白雷を纏った怪鳥で追随。二つの竜巻を大蛇の如く別々にうねらせ、退路を塞いで徐々に追い詰めていく。
この時、セレスタは相手の高速軌道を完全に把握し未来位置に白雷を纏った竜巻を置きに行く。
彼女らは防御障壁の代わりに桜吹雪を代用。爆風で層を作り、辛うじて《白雷迅風》を防いでいた。しかし、それももう終わりだ。
朔夜の頭上から竜巻が白雷を迸らせて強襲。それを桜の花弁たちがその身を砕いて防御。間髪入れずにもう片方の竜巻で攻撃。爆風を引き裂いて彼女たちに迫る。
真空波の凶刃が白い柔肌を斬り裂き、刺し貫く白雷が血飛沫を蒸発させた。
慟哭が晴れ渡る空に空しく響く。が、それも一瞬の事ですぐさま真っ黒なボロ炭となって空の藻屑と消えた。
「アハハハハハハッ! なぁ~にが、十二仙最強よ? 全然大したことないじゃない!」
天を仰ぎ、自らの勝利を大笑で言祝ぐセレスタ。ひとしきり笑った後、おもむろに腹部へ視線を落とす。
そこには、巨刀が生えていた。
「え…………?」
上向けられた刃部の色は薄桃色。間違いなく、朔夜の巨刀。あり得ない。信じられない気持ちで後ろを振り返ると、炭と消えた筈の朔夜がそこに居た。
「ウソ、でしょ……?」
朔夜が向ける蒼碧の瞳は、底冷えする程の凍て付く眼差しでセレスタを射貫く。何の感情も浮かべない白皙は冷酷そのもの。
「寧ろ、これが現実」
言われた途端、身を引き裂く激痛が迸り脳髄を駆け上がって痛覚を焼く。喀血。ボタボタと自身の血が怪鳥の背を汚した。




