遭遇戦
自身の声が艦内に聞こえるよう、回線を開く。
「各設備の回路を遮断、メインコントロールルームへと再接続。各員、新たな指示を出すまで待機」
元々、この戦艦はオヴェリア専用。一人で一切の操縦を行う仕様になっていた。
しかし、自身の魔力のみでは連日の運用は物理的に不可能。そこで設備を整え人員を配し、複数人での運用ができるようにした。
だが、神刀の実力を十全に発揮させられるのはオヴェリアだけ。操縦を一手に引き受けることで、漸く本来の力を振るうことができる。
「深淵へと誘え、テュポーン」
外科手術で胸に埋め込んだ宝珠が煌めき、オヴェリアの身体は下半身に長い竜尾を生やした人魚の姿に変貌を遂げた。
幻獣テュポーンとの魂魄接合。限定的な魂魄の接合で幻獣化を果たした。
そこから更に、神気解放。
「深淵より四海を越え、遥かなる蒼天へと漕ぎ出せ。《凌雲陣》」
右手の聖印から神気が溢れ出、それが艦船全体に満ちる。そして、神気に包まれた戦艦は真の姿を白日の下に晒した。
くすんだ鉄色の船体が、鮮やかなホライゾンブルーへと変わり、側部の巨大な主翼と副翼、尾翼はそれぞれ鰭に変化。
大砲を武装した空飛ぶ鯨のような戦艦は、神気解放によって二対の胸鰭を持つ大鯨の様相を呈した。
神気解放は神刀と聖印、そして自身との交感による魔力活性によって成り立つ。
その際、十二仙は独自の結界術式を展開し神刀の能力を最大化する。それこそが神気解放の真価。
因みに、オヴェリアは結界の効果範囲を戦艦丸ごと覆い尽くす。これは他の十二仙でも類を見ない程の規模だった。
オヴェリアは仰向けから態勢を変え、頬杖を付きながら全周天型の室内に外の景色を映し出し、二人の様子を確認する。それぞれが神気解放し、朔夜の大太刀とゼルティアナの大弓は真の姿を顕現させた。
「全速前進。目標、城塞都市イシャード」
戦艦フォルネウスは鯨のようにその巨体をゆっくりと撓ませ、二対の大きな胸鰭で虚空を叩くと加速。
騎竜以上の速度で蒼穹を驀進。二翼の騎竜は騎手に魔力を注がれて身体能力を強化され、向上した速力で戦艦に追い縋った。
〇 〇
オヴェリア・レピドゥスの神刀である戦艦フォルネウスが突如形状を大幅に変え、更なる加速を見せた。純白の法衣を着た旭祭司の面々に戦慄が走る
後方から追随していた五羽の怪鳥はみるみるうちに引き剥がされる。
戦艦フォルネウスの発艦に際し、慌てて怪鳥の背に乗り一昼夜飛び続けた。
そして今朝方、ようやく追い付いたというのに。
「ちょっとっ なんかフツーに気付かれてるんですケドっ⁉」
聖印越しに金切り声を上げるのは淫魔族の女性、セレスタ。うるさい。鉱人の老人、グウェナトルを始めとした皆が響く声に顔を顰めた。
気付かれた。その懸念について、グウェナトルは今一度黙考する。
「それはない。ボクの完全隠蔽は完璧」
反論するのは小柄な獣人の青年、ノエル。瞳に掛かる前髪が野暮ったい陰気な彼はこの一団を権能によって隠蔽していた。
『陰晹』。雲霞によって朧に翳る日。能力は彼が言う通り完全隠蔽。五感は勿論、魔力感知すら攪乱する隠匿の能力。
「でもっ 現に逃げられてるじゃない! どう見ても勘付かれてるんですケドっ⁉」
「まあまあ。失敗は誰にでもありますよ」
険悪な二人をなだめようとするのはローラン。長身瘦躯の優男。
「ミスじゃない」
不貞腐れたノエルがそっぽを向く。
「どうする?」
最年長のグウェナトルに尋ねるのは無骨な大鎧に身を包んだ有角人のウスターシュ。残された時間はない。ひとまず結論を出す。
「恐らく、完全には気付かれておるまい」
確証はない。が、ある程度の予測を付ける。
「ほら」
得意げに鼻を鳴らすノエル。
「どーゆーコト?」
怪訝な顔のセレスタが尋ねる。
「捕捉しておれば、彼我の距離とこちらの人数の少なさから砲撃して来てもおかしくはない」
それをしないで逃げたという事は、こちらの全容が掴み切れていない証拠。旭祭司が来ていると考えていない可能性もあった。
ならば、やることは一つ。
「打って出る。ローラン、『瑞光』を更に強化しろ」
その発言に彼は言葉を失った。
「ですが、それでは……」
怪鳥が負荷に耐えられず死んでしまう。故に、これ以上はできないと、最年長のグウェナトルに諫言した。
「構わん。そもそも、戦艦に取り付けなければ全てが徒労に終わるのだ」
今までの苦労がな。そう念を押し、やれと命令する。渋面を浮かべたローランは少しの逡巡の後、観念したように溜息を吐いた。
「よし。ではノエル。『陰晹』による隠蔽を一旦解除しろ」
「え?」
「大丈夫なの?」
考えがある。疑義を呈する二人を押し黙らせ、ウスターシュに戦闘準備を促す。それからもう一人。
「出番だぞ、アデラール」
それを受け、森人の青年は不敵な笑みを浮かべる。
「フッ どうやら、我らが神より賜りし権能が存分にその能力を発揮する時が来たようだな!」
怪鳥の背中で立ち上がり、腰に手を当て大笑するアデラール。その滑稽な醜態をグウェナトルは無視した。
「左様。ここが我らの正念場よ」
そして片腕を突き出し、強く握り締める。
「我らが総力をもって今日、戦艦フォルネウスを沈める」
底冷えする程の殺意を漲らせ、轟沈の遂行を命令じた。
〇 〇
騎竜。それは家畜化した竜を指す。
聖印の能力で従える竜騎兵が乗り、蒼穹を翔け制空権を支配するための兵科。
防寒着にゴーグルをした朔夜。彼女が竜騎兵にエスコートされて搭乗する騎竜は翠緑。エメラルドグリーンの鋼殻が鮮やかな光沢を放つ。
戦艦より進発した騎竜。その背に乗った朔夜は澄み渡る大空へと足を踏み入れ、翠緑の鋼殻は陽の光で輝き、風で波打つ草原を思わせた。
飛翔が安定すると、朔夜は佩いていた大太刀を抜刀。天高く掲げると神気解放のため、魔力を展開。魔風が舞う中で聖印に魔力を込めた。
「万蕾夥しく芽吹き、大輪悉く咲き誇れ。猛り舞え、桜霞。《櫻天陣》!」
身の丈程の大太刀が膨れ上がり身の丈を超す巨刀に変貌を遂げ、白銀の刀身の刃部が薄桃色に染まり桜の花びらが蒼穹に散った。
戦艦を挟んで向こう側、ゼルティアナの神気解放を肌で感じた。
二人がそれぞれ完了させると、戦艦を駆るオヴェリアが更なる加速を得て航行する。
「飛ばします」
「うん。お願い」
朔夜の返事を受け、翠緑の竜に跨る騎手は身体強化の術式を相棒に施す。加速して空を疾駆、戦艦と肩を並べて滑翔した。
突如、直掩するフォルネウスの後方に魔力の高まりを感じた。
「何?」
騎竜の鞍上でハーネスに固定されていた朔夜が後ろを振り返る。見れば怪鳥の一団が猛然と突き進み、こちらに肉薄しようとしていた。
敵襲。オヴェリアがオープン回線で戦闘態勢への移行を呼び掛ける。
所属不明の怪鳥たち。突然の出現に騎手が困惑を漏らす。
『アレは一体――』
「敵以外にあり得ない。アナタは騎乗に専念して」
断言した。それはそうだ。本来、味方であれば回線や形代を使って通信を試みる。そうせずに追随しているのだ。
加えて、後方から更なる魔力の高まりを感じ、敵と断定せざるを得ない。攻撃が来る。
まず、オヴェリアが動いた。戦艦を回頭させ、後方に向けて主砲を展開。大鯨の顎が開かれ、大きな砲身がせり出す。術式発動に必要な魔力量が砲口内に充填され、砲射。
大樹よりも野太い光線が空を焼き、怪鳥の群れを呑み込む。
だが――――
「な…………っ」
余りの光景に朔夜は絶句した。怪鳥の背に乗る大鎧の男が、構えた大盾で主砲の光条を受け止めていた。
数秒の裡に光は消え失せ、今度は大盾から主砲と同等以上の光線が放たれた。
再び回頭し、回避に徹した戦艦フォルネウスを破壊の光が襲う。展開した防御結界を貫き、戦艦上部の甲板を呑み込む形で大穴が穿たれた。




