予感的中
シャルディムたちと会議をした翌朝。
ソファの上、包まっていたふかふかの毛布からやっとの思いで這い出したオヴェリア。彼女は欠伸で伸びをしながらスマホ越しの通話を聞いていた。
「――で? 他には?」
寝ぼけ眼をこすりながら尋ねる。
『今、話を聞いておらんかっただろう?』
呆れ顔の将門熊春は溜め息を零した。傍から見れば解る。しかし、彼女は敢えてそれを口に出さない。
通話をけしかけ、至福の安眠をぶち壊し叩き起こしてきたのは熊春。
起き抜けに老け始めの顔を見せられ、ただでさえ気が滅入るのに老婆心からか戦艦の航行状況まで詳細を聞いて来た。お陰で目覚めは最悪。気が消沈した顔を浮かべると心配して来た。
一体どの口が、誰のせいだと思っているのか。そりゃ欠伸だって出る。
『そうやって居られる辺り、航行に問題はなさそうだな』
「ん。まーね」
適当に相槌を打つも、違和感を覚える。
神刀十二仙筆頭の熊春。物腰柔らかく融通が利き、更に気配りもできて如才が無い。
が、そんな言動とは裏腹に、その実かなりの冷血漢で腹黒かったりするのが彼の本性。
それに気付いている者は十二仙の中でも余り居ない。オヴェリアを除けば、古参組のノエリスにレオポルドや瓊玉。そして朔夜。
十二仙内でこれなのだから、部外者で彼の冷酷さを知る者はごく少数に限られるだろう。
そう考えると、抱いた違和感に対し自然と身構えてしまう。
『まあまあ。そう、案ずるな。取り越し苦労に終わって、何よりではないか?』
優しげに目を細めた後、朗らかに大笑する熊春。こちらの心持を呼んでいる辺り、全くもって笑えない。
「タヌキおやじ」
『随分と嫌われたものよのぅ……』
鋭い眼光を向けると、顎髭をさすりながら困惑の色を見せる。
『正直な話。儂が敵方なら、真っ先にそなたの戦艦を狙うんだがな……?』
「どういう意味?」
発言の真意が解らなくて尋ねた。その申し出に彼は指を立てる。
『なに、簡単なことよ。そなたの戦艦はどこにでも高速で大軍を展開し、容易く兵站線を構築できてしまうからな』
戦争でこれほど厄介な能力もない。だからこそ、『黎明破曉』は常に戦艦フォルネウスの動向を注視している。というのが熊春の持論だった。
「今のところ、異常はないけど?」
『そうか。なら、それに越したことはない』
うむ。顎髭に手を添えながら頷いた。ただ、そこに安堵の表情はない。まだ、というだけで懸念は抱いたままのようだ。その顔にオヴェリアは納得がいかなくて、自身の表情も険しくなる。
「わたしだって、何も対策してない訳じゃない」
『であろうな。そなたの才は、幕僚たちも認める所でもあるし……』
歯切れが悪い。思わずきつい言葉で尋ねる。
「何か不満でも?」
『…………そうさのう。ま、とにかくだ。万全を期したといっても、油断だけはせんようにな?』
「わかった」
これ以上、小言を言われる前にオヴェリアから通話を切った。
「それくらい、言われなくても解ってるし」
再びふかふかの毛布に包まって不貞腐れるオヴェリア。このまま二度寝しようか。悪魔の囁きが聞こえてきた直後、朔夜とゼルティアナがオヴェリアの前にやって来た。
「おはよう」
「貴様、艦橋でも相変わらずだな?」
「おやすみ」
二人に背を向けてふて寝を決め込む。それを阻止せんと、ゼルティアナがふかふかの毛布を引っ張った。
「馬鹿を申せっ さっさと朝食を食べんか⁉」
「うるさい……」
目を瞑りながら眉間に皺を寄せた。
「何かあった?」
白銀の獣耳を震わせ、首を傾げる朔夜。彼女はオヴェリアの違和感を察したようだ。
「弟くんのことは良いの?」
「全然良くないっ」
オヴェリアが顔を向けると脊髄反射で憤慨する朔夜。昨日のアレはやはり地の性格だったらしい。
「熊春から、連絡があった」
「何、熊春殿からだと?」
怪訝な顔を浮かべる弓使いは、毛布を引き剥がそうとする手を止めた。
老婆心から航行に問題ないかと聞いて来たので、異常なしと返した。二人にそう伝える。面倒なので要約した。
「とにかく油断するなって」
「成程、確かにな。目的地も近付いていることだし、警戒するに越した事はない」
朔夜もゼルティアナの言葉に首を縦に振った。
ただ、オヴェリアは正直釈然としない。
(ちゃんと、万全を期してるのに……)
旭祭司はかつて十二仙の一人を殺した脅威なのは分かるが、それを考慮しての行動なのだ。
この状況で、一体どうやって襲撃するというのか?
「…………」
分からない。だから尚のことオヴェリアは剥れた。
ゼルティアナに急かされ、着替えを済ませてから艦橋を後にする。
「…………?」
微かな。曖昧で淡い感触が首筋を撫でる。オヴェリアは反射的に振り返った。
「どうした? まだ寝ぼけているのか?」
呆れ顔で腰に手を当てるゼルティアナ。彼女は実務能力に欠けるが一級の戦士だ。そして、朔夜はそれ以上の。その二人が何も気づいていない。艦橋の通信手や操舵手たちも同様。
「オヴェリア?」
不思議そうに首を傾げる朔夜。疑義を呈するのはオヴェリア自身に対してであり、他意は無さそうだ。
「なんでもない」
扉付近の二人に駆け寄り、食堂へと足を向ける。
何も無い筈だ。最後に環境を一瞥してからその場を後にした。どこか後ろ髪を引かれる想いを抱きながら。
言葉少なに手早く朝食を済ませると、オヴェリアはすぐさま艦橋に戻る。
「異常は?」
「はっ 艦長。特に異常ありません」
敬礼して答える眼鏡で長身の優男は副艦長。長身痩躯の頼りない印象だが、聡明で何かと頼りになる。
「…………そう」
やはり、誰も気付いていない。厳しい目線を艦橋前面に張られた大窓へ向ける。
見渡せるほど開けた地平線。その先に何か不純物はないかと探すも異常は見られない。相変わらず、微かな違和感が首筋をなぞっているというのに。
「館長?」
不思議そうな顔を傾げる副艦長。
(なら、仕方ない)
こっちから仕掛けるまで。
「ゼル、朔夜。竜騎兵に乗って、直掩して。それと、わたしが神気解放したら二人にもやって欲しいの」
神気解放を。
「何故だ?」
疑問を差し挟むのはゼルティアナ。状況が飲み込めていない。
「何か、考えがあるのね?」
真剣な眼差しを向け、確認の意味で尋ねて来るのは朔夜。さすがに察しが良い。彼女の発言に首肯した。
「多分、監視されてる。だから、まずはそれを振り切る」
居合わせた三人に緊張が走る。
それから、素早く指示を各員に通達。
「ここは既に戦場。全員、気を引き締めろ」
『了解!』
マイクに叩き付ける凛とした声に対し、皆は意気も旺盛な返答。これでよし。オヴェリアは満足して頷いた。
「うん。でも、基本は安全運転でね?」
少しの愛嬌を見せると、少しだけ空気が和らぐのを感じた。
「ほう? 大したものだな」
満足げに目を細めるのはゼルティアナ。
「ここは任せて、二人は早く行って」
ドアの方を指差す。
「うん。オヴェリアも気を付けて」
気遣って微笑む朔夜の優しい言葉に、オヴェリアは首を縦に振った。
踵を返すと二人は戦士の顔になり、ドアの向こうへと消えていった。
通信手に内線で竜騎兵の発艦準備を指示。その数分後、騎竜の居る舎房に二人が到着。
二人がそれぞれ搭乗すると、騎手にリードされる形で発艦シークエンスに身を委ねた。
船体後方の格納庫ハッチが開くと、カタパルトデッキから射出。
翼を広げた騎竜が二翼、蒼穹を遊弋した。広げた両翼で風を捉え、気持ちよさそうに艦を中心に旋回、大空を舞っていた。
通信手が二人に経過を尋ねると、異常なしとの返事があった。差し当たって問題もなく、嬉しい限り。
「二人とも無事で何より。それじゃ、わたしが神気解放したら二人も同じく解放してね?」
懇願すると、二人は快諾。これで準備は整った
「それじゃ、始めますか」
長息を吐き切ると、艦内に向け改めて指示を出す。
「各員に通達。これより神気解放を行う」
これを復唱すると回線を解除。ソファの方へと足を向けた。
その手前で立ち止まり、カンカンと足で床を鳴らした。
すると床が円形に空き、そこに飛び込んだ。
中は球状になっていて、底面だけは扁平だった。ゆっくりと落下したオヴェリアはフワリと着地。
ここは、水の中みたいに浮力が溢れている空間。
戦艦のメインコントロールルーム。機関部とは別の、戦艦の心臓部。ここから全ての設備、戦艦全体と接続できた。
虚空に手を翳し、魔力を展開。魔風がそよぐ中、
オヴェリアは水に浮かんで寛ぐように五体を投げ出し、揺蕩いながら目を閉じた。
いよいよクライマックス。
こっからは殆どバトル展開。




