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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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長い一日の始り

 程なくして、時刻は薄明を迎える。夜色の蒼が漂白され、暖色が滲む空には月と太陽、星々が一同に会した。

華麗な舞に合わせて裾が翻り、長い髪がなびく。華やいだ雰囲気の中で白刃が閃き、どこか緊張感が漂う。


 勇壮な旋律は力強い打楽器の律動と管楽の野太い調べが支え、それらを土台に弦楽が曲を彩っていた。舞は奏曲と調子を合わせることで心身への負担が軽くなる。囃子手の正確な拍子や神楽の成否に直結するため、シャルたちは努めて精密に音を刻んだ。


 いよいよ旦日たんじつ。太陽が地平の先からかおを(のぞ)覗かせた。

 ゆっくりと昇り始め、朝の到来を告げ白んだ空を紅く染める。舞台の上からもからもよく見えた。

 地平の底から完全に露出すると、雄大な大地が柔らかな朝日に身を浸す。


 流れに乗った演奏の中、心に余裕のできたシャルはその光景を眺める。仮面もまた薄いスリットで遮光性が抜群なので、差し込む陽光も眩しくはない。

 譜面は身体が覚えている。紡がれる旋律に身を任せ弦を爪弾き、巫女たちの舞いに彩りを添えた。



 朝が空けて日も高くなり、市井しせいの人々が日常を始める頃。

 メルティナはシャルが奏でる旋律に導かれるまま、優艶ゆうえんな微笑をたたえて壇上で舞っていた。


(良い音色……)


 踊りながらでも分かる、彼の演奏が卓越していると。玄妙な弦音が鼓膜に真っ直ぐ届いていた。

 少年の弦音を伴奏に踊れる喜びを噛み締めつつ、その嬉しさを舞いへと昇華させる。


 登壇した際の決まり事として、一切の発声を禁止されていた。

 何故なら、神楽で展開した魔力と《アニマ》が言葉に宿る『言霊』に感応し、言葉が示唆しさする事象を現出させてしまうから。


 だからこそ、終始無言で遂行する必要があった。

 舞と曲は巡り、鏗然こうぜんと響く旋律と、絢爛けんらんな舞が途切れることはない。既に何順もしたお陰で舞台の上では現在、空間に魔力が浸潤した中で金の《アニマ》が収斂し金色の淡い光の粒子がポツポツと浮かび上がる。


(綺麗……)


 光の微粒子が揺蕩たゆたい、勇壮な旋律と舞いを彩る光景はとても幻想的だ。メルティナは思わず目を細めて頬を上気させ、恍惚こうこつを浮かべた。

 神楽を奉納してきた中で、こんなに早い時刻でこの状態になるのは経験にない。展開する魔力量と旋律の完成度、《アニマ》を収斂しゅうれんさせる練度のけたが違う。


 この状況を生み出しているのは間違いなくシャル。彼が気絶していた間、誰も奉納したがらない訳だ。ハッキリ言って、モノが違う。

 客席は時間の経過に合わせ、少しだけ拝観者が増えた。自分たちの神楽が評価された。そう思うと、力の限り好みを打ち震わせる喜色を弾けさせたくなる。だが、ここは我慢。先はまだ長い。


「おいおい。ありゃあ、冒険者の『毒婦』じゃねえか?」


 興を削がれる外野の声。観衆が少ない分、よく響く。


「うお、マジか。一体、どの面下げて神楽を舞ってやがんだ?」

「場違いだぞ。テメェはベッドで腰でも振っとけー!」


 盛況を飾る神楽奉納にあって冒険者と思しき男たちが、聞こえよがしに野次を飛ばして来た。

 伏し目からチラリと一瞥いちべつすれば、遠巻きに他の拝観者たちが迷惑そうにしていて気の毒だった。


 それでも登壇した以上、反論もできない。気にしないよう無視して踊り続けるしかない。

 されど野次は止まらない。次第に人数が増え、更には売女とイェイユの悪口まで。

 神楽の合間、イェイユの様子を盗み見る。伏し目がちで神妙な面持ちの彼女。気丈に振る舞う様子は頼もしいが、堂々とした雄姿に却って胸が痛んだ。


 魔力は人の感情に敏感で、壇上を満たすこの魔力が負の感情に囚われた場合、どんな悪影響があるか分からない。

 何か手立てを考えなくては。メルティナがそう考えていた時、琵琶びわを抱えたまま演奏を中断して立ち上がったシャルが舞台から飛び出し、観覧席へ降り立った。


(シャル………?)


 そしてあろうことか、ヤジを飛ばす冒険者たちを次々と蹴り飛ばした。

 野次が止んだことで安堵し胸の空く思いがした。だが、神楽を中座してしまったことの方が気に掛かって内心は落ち着かない。


 そんなメルティナの心配を他所に、シャルは琵琶びわを弾き嚠喨りゅうりょうな旋律を奏でる。


「大丈夫だよ、みんな。君たちの事は、僕が必ず守るから。だからどうか、今は奉納する事だけに専心して!」


 会場の耳目を集めることもいとわず、高らかに宣言した。

 それを聞いたメルティナの胸の中で、かあっと熱い何かが込み上げ涙が滲みそうになった。


「みんな、がんばれー!」


 孤児院の子供たちの声援が聞こえた。

 子供たちだけではない。今日まで寝食を共にし、警護に駆り出されていない手隙の冒険者たちも声援を送ってくれていた。


(みんな……)


 そしてそれは一般の拝観者たちにも波及し、神楽に温かな声援が送られた。

 それは、メルティナの中では今までにない経験。心にじんわりと温かいものが広がっていくのを感じた。


 他の舞い手や囃子手はやしてたちも同じようで、彼らから解放される魔力から喜色を感じた。

 縄で捕縛した冒険者数名を巡回中だったクロアたちに預け、シャルは駈け出して再び登壇。元の場所に腰を落ち着け合流した。 


 琵琶びわの頼もしい調べが主旋律として曲を先導し、壇上の空気が明るくなるのを肌で感じた。

 メルティナは相好そうごううを崩す舞い手たちや囃子手と共に笑顔を交わし、精力的に舞を披露する。


 もっと華麗に、もっと鮮烈に。

 舞を見た人の記憶にいつまでも残るように。ささやかな幸せを願う祈りが天に届くように。

 一心に踊り続けた。



 シャルディムは仮面の下で人知れずほくそ笑む。


(上手く行った)


 仕込みは上々。確かな手応えを感じていた。

 先日、冒険者組合ギルドに顔を出していたのは、この時のため。

 冒険者業界は底辺なだけあって、他人の足を引っ張る事に精力的な人間が少なくない。


『毒婦』と蔑まれるメルティナの神楽にケチを付けられては堪ったものではない。

 これはつまり、魔物の戦闘におけるヘイトコントロール。

 ヤジを飛ばされるなら、最初からこちらでそれを管理してしまえばいい。


 そこでシャルは事前に仕込みを買って出てくれる人間を募り、それを自作自演した。

 集まったのは十人に満たない少数。とても御し易かった。

 ああやって見せしめにしておけば、次からは誰も何も言うまい。


 そして子供たちの声援も、仕込みの一つだった。

 事前にお菓子を買い与えれば、二つ返事で了承してくれた。

 後顧の憂いはない。紡がれる旋律に身を浸すシャルは心置きなく、喜悦きえつに尻尾を揺らして奏曲に耽った。


また来週の土曜に更新します。

漸く仕事が落ち着いてきました。

最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。

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