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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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深まる夜

 無言で立ち上がる彼女は、顔を俯けたまま。その横顔がほんのりと染まっていた。風呂上がりだからではない、その艶姿に思わず見入ってしまいそうになる。


「――――それでは。準備、して来ますね…………?」

「うん……」


 純白の巫女装束から寝間着に着替えて来るのだろう。

 メルティナが部屋を後にすると、耳鳴りがするくらいの静寂が居座った。

 とりあえずシャルは精霊化を解き、服を狩衣かりぎぬから膝丈の作務衣さむえに着替える。


 あくまで護衛のため。誰に聞かせるでもなく、心の中で自分に言い聞かせた。

 明かりの下で日記をつけ、それが終わる頃にはメルティナが部屋の前でノックして来た。

 それを出迎え、再び中に招き入れる。


 暗がりで良く分からないが、顔を俯けるメルティナの耳が紅くなっているような気がした。二人、無言のままベッドの前に立つと、


「それじゃあ、寝ようか?」

「はい…………」


 他意はない。頭の中で何度も呟く。ただ、ここで自分が率先して布団の中へ促すか、彼女を先に促すか。

 護衛の観点から見てどちらが正しいのか逡巡していると、しずしずとメルティナの方から布団の裾を摘まんで横になる。


 しかしその際、ハッキリとこちらを見ているから入るのが少し躊躇ためらわれる。いけない事をしているような気がして、良心の呵責かしゃくうずく。その一方で背徳感がざわざわと背筋を這い上がり、メルティナの形のいい胸の中に飛び込んでしまいたい誘惑にかられる。


 生唾なまつばを飲み込み、明かりを消してから無言を貫く彼女の元へゆっくりと近付いていく。

 頼むから見ないで。言葉に出すのが何だかはばかられ、シャルもまた一言も発せず布団の中へと入った。

 顔を紅潮させたメルティナを見詰めながら寄り添うと、彼女が布団を掛けてくれた。


「「…………」」


 頬を染め見詰め合う二人。心臓の音がうるさく響く。相手に聞こえるのではないかと思えるくらいに。


「あ、そうだ。ドアの方を見張らなくちゃ」


 我ながら白々しい、とは解っているが相手に背を向けた。白銀の尻尾を二人の間に挟んで。

 鼓膜の奥で心臓が早鐘はやを打つ中、開かないドアを見詰めて気を紛らわせる。

 すると、華奢きゃしゃな両腕を伸ばしてメルティナがシャルを抱きすくめた。


 身体を押し付けられ、神経が明敏になった尻尾を通じて伝わる、柔らかい胸の膨らみと心音。そして鼻腔をくすぐる甘い香り。理性の糸が焼き切れそうだ。


「ありがとう、ございます。私のために」


 耳元で囁く密やかな声。掛かる吐息がくすぐったい。思わずピクンと跳ね付いた。

 寝られない。重なる二つの鼓動が眠気を掻き消す。夜目がギンギンに冴え、まぶたを閉じるという選択肢がない。このままだと、明日の神楽奉納で体力が持たない。


「あ、そうだ」


 妙案が閃いた。シャルを抱き締める腕に手を添えて解くのを軽く促し、布団からでるとベッド脇に置いた倉庫鞄ストレージから手のひらサイズの小袋を取り出す。


「それは?」

「匂い袋。空薫物からたきものが入ってるんだよ♪」


 シャルが種々の香草を調合して練った入眠効果のある練り香。再び布団に入るとひもを解いて差し出し、メルティナに匂いを嗅がせる。


「いい匂い……」


 顔を近付けて香気を嗅ぐと、口を綻ばせた。その際シャルは香気に魔力を注ぎ、効果を強化。

 彼女のまぶたが重くなり、やがて眠りに落ちた。


「…………ふぅ」


 これでよし。安堵あんどに胸をで下ろすと、途端に眠気が襲って来た。匂いが鼻先をかすめたらしい。

 よく眠れそうだ。ひもを結んだ匂い袋を胸に仕舞い、布団に包まって瞳を閉じる。


「おやすみ、メルティナ」


 程なくして意識が闇に没した。


  〇                              〇


 通信が切られた後、朔夜は不貞腐れていた。二人に背を向け、腕を組んで胸を反らす。


「何を子供みたいにいじけている?」

「フン」


 たしなめるのはゼルティアナ。朔夜は鼻を鳴らすばかりで請け合わない。


「何がそんなに気に入らないの?」


 首を傾げて尋ねてみる。正直、オヴェリアは驚きを隠せなかった。普段、あれだけ冷静な彼女がここまで感情を表に出すなんて。こんな一面、オヴェリアは知らない。


「それより、もっと速度出ないの? 今の倍くらい」

「無理」


 全速力と言った筈だが。


「使えない……」

(メンド臭……)


 再び説明すると、また鼻を鳴らし渋面じゅうめんで不機嫌を露にする。その様子に辟易へきえきした。


「まったく、付き合い切れん」


 失礼する。ゼルティアナはきびすを返して居住区にある寝室へと帰って行った。艦橋に二人だけ取り残された。もっとも、階下では操舵手や通信手たちを副館長が統括し、夜間飛行に気を張って務めているが。


 オヴェリアも眠たくなってきたのですみに作った休憩スペースへと足を向けた。

 上着を脱いで肌着姿になると、ふたになっている座面を開けて毛布を取り出し、ソファの上でくるまる。今は別の動力手が魔導エンジンに魔力を供給しているので、オヴェリアが離席しても問題はない。その代わり、何かあれば即応できるように脇に控えていた。文字通り。


「シャルは、弱み握られてるって言ってた」

「まあ、否定はしてなかったかもね」


 寝かせて欲しいんだが。それでも構わず話しかけて来る彼女を、内心で鬱陶うっとうしく思いながら適当に相槌あいづちを打つ。


「うん、そう。やっぱり、まだテルテュスの事が好きなんだよ、あの子」


『テルテュス事件』のことならオヴェリアも知っている。なにせ同じ十二仙を、幻想級ファンタズマランクでもない一介の冒険者が殺したのだから。

血霧ブラッドヘイズ』。市街戦を得意とする、冒険者としては珍しい部類。中々に興味深かった。


(今はもう、興味ないけど……)


「あんな優しい子が、弱みを握られていいように……生贄とはいえ、許されていいの?」

「う~ん……」


 取り敢えず、考えているような素振りで憤懣ふんまんやるかたない朔夜を受け流す。


「あ、そういえば。朔夜はシャルディムが極悪非道の『血霧ブラッドヘイズ』の二つ名で冒険者の間では有名なんだけど、知ってた?」


 優しいと繰り返すから少し、気になっていた。


「あの通り、シャルはすごく可愛らしい外見だから。どうせ、魔が差したとか、他人を外見で判断するクズが返り討ちに遭っただけしょ? ホント、バッカみたい」

「なるほど……」


 朔夜は冷ややかな視線を寄越し、事も無げに切り捨てる。

 そういう考え方もあるのか。オヴェリアは自身と異なる視点に感心した。


「いくらシャルが可愛らしいからって、やっていいことの分別は付けるべきだと思う。うん、そうに違いないっ」

「本当に可愛い弟なんだね」


 気持ちは分かる。オヴェリアも、妹のことは大好きだ。ずっと一緒に居たいと、そう思えるくらいに。


「でも、血は繋がってないんじゃなかったっけ?」

「実を言うと、繋がってる」

「は?」


 寝耳に水。思わず目をみはった。


「テオドロスおじいさまから内緒にって言われてるけど、あの子はおじいさまの孫にあたるの」

「隠し子?」

「じゃなくて、私生児。私の副官であるフェルニアルとは、異母兄弟なの」

「ああ……」


 狐の獣人で銀髪というのは、ナハティガルナのお膝元であるデューリ・リュヌでも珍しい。

 それこそ、女神の血を分けた鏡月かがみづきの一族しかその形質は発現しない。かなり稀少だ。

 どこの馬とも知れない冒険者で狐の獣人で銀髪はどういう事か、という疑問が氷解した。


「じゃあ、母親は――」

「死んでる。だから、あの子は冒険者になった」


 そして、ギルドマスターがテオドロスの元へと預けた。内弟子として師事できたのは、さぞ感無量であったろう。


「早く会えるといいね」

「そう。だから、もう少し速力出ない?」

「無理。それじゃ明日に備えてわたしは寝る」


 お休み。彼女に背を向けて眠りに就く。込み上げる眠気に対し、すぐさま意識を手放した。


  ○                                   ○


 消灯し床に就くヴァイス。彼の元で来訪者が尋ねる。


「ドウイウ、ツモリダ……?」


 近くに人影はない、気配すらも。ただ、ベッドの下から声が響いて来る。


「何が、ですかにゃあ?」


 瞼を閉じたまま密やかにささやく。何かしらの術式であれば、シャルの施術した防御結界が作動するのだが、それが無いとなると権能である可能性が出て来た。


「そもそも、アナタは旭祭司のどなたですかにゃあ? 自己紹介をされた覚えが無いですにゃあ」

「ウラギリモノニ、オシエルナハ、ナイ」


 何を言っているのだろうか。頭に疑問符が浮かぶ。裏切り者と断定しているのに何故、襲撃して来ないのだろうか。意味が分からない。


(脅し? 若しくは、別の何か意図が…………?)


 突っ込むべきか、否か。面識がない以上、判断に窮する。


「それで、何か御用ですかにゃあ?」


 取りえず、本題を話してもらうべく水を向けた。


「…………マア。イイ。コンヤ『暁の巫女』ヲ、サラウ」

「馬鹿な事を言ってはいけませんにゃあ」

「ナン、ダト……?」


 短慮たんりょ過ぎて思わずバカと言ってしまった。不興を買ったのか、声色が少し変わった。


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