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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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胸の内

 部屋の中がざわつく中、ヴァイスは自身の紋様について淡々と説明する。


「これは、陽光神イリアコリアスよりたまわった聖印。この印が持つ権能けんのうは『仏曉ふつぎょう』。内に秘めたる力を呼び起こす覚醒かくせいの光」


 具体的には、対象の潜在能力を引き出す能力が付与される。例えば、己が内に眠る自己治癒能力を限界まで引き出して傷を修復したり。大した魔力も使わず、そんな芸当ができるのが聖印。

 その能力の強大さは、冒険者がなれる職業で修得する通常技を遥かに凌ぐ。

 更に、聖印を発動する事で陽光神と自身の魂が交感現象で活性化し、身体能力が強化される。


「眷属を召喚しなければ神気解放できない十二仙と違い、旭祭司は刻印に魔力を注ぐだけで発動ができるという簡便さが強いですにゃあ」

『うん、確かに脅威かも。それで? 他にはどんな能力があるの?』


 オヴェリアに説明を促されると、ヴァイスは饒舌じょうぜつに話し始めた。


「『天照あまてらす』という能力は広範囲に膨大な光量を放つことで本拠地の廃坑を照らし、作物の栽培をして自給自足をしてますにゃあ」


 他にも、ヴァイスの知己であるシャムザが持つ権能は『陽炎』。蜃気楼のように強力な幻術を操る。


「守秘義務があるのか、他の権能は教えられずじまいですが。恐らく陽光神という性質上、太陽にまつわる能力を付与される。そう考えた方が妥当ですにゃあ」


 ただ、知己の口振りだと中には大規模な隠蔽いんぺいを施す能力もあるのだとか。それが、長年活動を秘匿ひとくしていられた要因らしい。


『なるほどな。面白い、是非とも手合わせ願いたいな』


 梟雄きょうゆうの性で血沸き肉躍るのか、ゼルティアナは瞳を爛々(らんらん)と輝かせて獰猛どうもうに笑い、両拳を強く握り込み武者震い。


『それじゃあ、他に何かある? 聞いておきたいこととかは?』


 シャルは周囲の人間を見渡す。誰も口を開きたがらない。ただ、一つだけ聞いておきたいことがあった。


「じゃあ、一つだけ。今現在、『黎明破曉れいめいはぎょう』が動いているっていう情報は無いんですね?」


 例えば、誰かの独断専行とか。


『うん、そう。特に聞いてないから、こうして動いてる』


 実体をつかませない蠢動しゅんどうは彼らの得意とするところ。故に、今までその実態がつかめずに居た。

 ヴァイスが勧誘を機に独自で内情を探りたくなるくらいには、徹底的に秘匿ひとくされていた。


「わかりました。それを聞いて、安心しました」


 初動の段階で何の襲撃も受けていないなら、騎竜並みの速力となった今ではほぼ追随不可能。

 シャルは安堵に胸をで下ろした。


『お姉ちゃんは――』

『着いてからにしろ』


 何か言いかけた朔夜さくやがゼルティアナに押し退けられた。


『んじゃ、お休み~♪』

「おやすみなさい」


 メルティナやエブリシュカも手を振るオヴェリアに挨拶し、それを見届けると通信が切れた。

 スマホの画面が漆黒になると、部屋にも静寂が戻って来る。

 退室を心待ちにしていたビルギットがすぐさま腰を浮かせた。


「それじゃ、先に失礼するの」

「アタシも寝ようかしらね?」

「用事も済みましたしねぇ」


「フン」

「いやぁ~。転がり込んで来る大金が楽しみだなぁ♪ アハッ」

「それでは。おやすみなさい、ですにゃあ」


 皆一様に去り際の台詞を残して部屋を後にした。


「みなさんお休みなさい」


 そんな彼らをメルティナは優艶ゆうえんな笑顔で見送った。

 程なくして解散となり、シャルはメルティナを自室へと迎え入れる。彼女は久々のモフモフタイムに心躍らせているようだった。本人はそれほど気乗りしていないが。


(しょうがないなぁ……)


 毎日という約束を、図らずも破ってしまったわけだし。シャルも普段よりは寛容的だった。

 二人でベッドに腰掛け、背を向ける形で尻尾を突き出す。


「はい」

「ありがとうございます。ずっと、心待ちにしてました♪」

「それが本音かよ」


 頬を上気させ、顔を綻ばせるメルティナ。彼女の言葉に反駁はんばくが口をいて出た。


「勿論、シャルが目覚めてくれたことの方が嬉しいですよ。フフ♪」


 こぼれる笑みに手を添える。喜色に細められた紺碧こんぺき双眸そうぼうは潤んでいて、どこかつやめかしい。気を抜けば見惚みとれてしまいそうだ。

 咄嗟とっさに目を逸らしてそれを避ける。


 気を紛らわせるように、白銀の尻尾をフワリと揺らして彼女の気を引いた。

 失礼します。断りを入れてから、彼女の華奢きゃしゃな両手が伸びて来た。香油を馴染なじませた和毛にこげに指先が触れ、尻尾がピクリと跳ねる。


 フフ、と。彼女の密やかな笑みが耳朶を優しく撫でた。

 尻尾が落ち着きを取り戻すと、白銀の毛並みを彼女の両手が優しくき流す。程よい弾力を堪能たんのうするようにゆっくりと、それでいて細かく指先を差し入れていた。


「――――、……っ」


 頬を真っ赤に染めたシャルが微かに身悶みもだえしながら彼女の愛撫あいぶを耐え忍ぶ。気持ちよさと恥ずかしさがい交ぜになった不思議な心地に、顔がで上がった。

 ゾクゾクと愉悦が尻尾から脳髄まで駆け上がり、脳を焼く。甘い痺れが快楽に意識を白濁させた。


 それに伴い性欲と衝動が頭をもたげて来る。しかし、その甘い誘惑に乗ってはいけない。一夜の過ちを犯すことは許されない。

 大房の尻尾の和毛にこげを楽しむメルティナを邪魔しないよう、シャルはき上がる性欲と衝動を抑え付け必死に耐え忍ぶ。


 毛並みに沿ってでたと思ったら、逆に撫で上げ毛羽立ててふわふわの綿状になった毛の弾力を堪能。大分手つきにも遠慮がなくなって来た。

 吊り上げた口端くちはから時折笑みをこぼす辺り、シャルの尻尾を撫で回すのを心から楽しんでいるようだ。するするとすべらかな指通り恍惚こうこつを浮かべている。


 やがて、毛羽立ち膨らんだ白銀の尻尾を指先でくしけずり、毛並みを整えていくメルティナ。終わりの時が近い。

 き上がる愉悦に身体を打ち震わせながらも、普段の手付きからそう推察できた。

 白魚の指でいた結果、毛並みが元に戻っていく。最後の一梳ひとすきを終えると、指先が尻尾から離れた。解放された安堵あんどと、名残惜しい寂寥せきりょう渾然こんぜんとなって名状しがたい心持にさせられる。


「…………」


 いつもなら礼の一つも述べ、ほうっと陶然とうぜんとした表情を浮かべるのだが、今日は少し様子が違った。

 無言でいるのをシャルが不審がって振り向くと、伏し目がちな紺碧こんぺき双眸そうぼうを不安げにらしながら自身の左肘を抱いていた。胸の膨らみが押し潰されている。


「? どうかした?」

「いえ…………」


 何でもありません。そう口にするのとは裏腹に、歯を食い縛り一層腕に力を込めて縮こまるメルティナ。明らかに何かある。まるで、極度の不安に襲われているような。


(ああ――)


 シャルには思い当たる節があった。

 それは、先程の十二仙との会話。

『暁の巫女』という異教の神に捧げられる生贄。これまで何の瑕疵かしもなくそれに選ばれ、冒険者よりはるかに強い英雄である神刀十二仙と同等の実力を持つ人間たちに狙われている。


 そんな事実を聞いて、不安を抱かない方がどうかしている。

 そうでありながら不安と絶望に我を忘れ無闇むやみすがるでも泣き叫ぶでもなく、弱みを見せまいと気丈に振る舞う。彼女の高潔な精神にシャルは心打たれた。


 そんな彼女を支えてあげたい。打算からではなく、心からそう思えた。

 シャルは精霊化アストライズで自身を成長させた。それほど魔力を活性化させていないから、周囲にはバレてないはず


 目をみはるメルティナの背丈を追い越すと、はにかみながら両腕を背中に回して優しく包み込む。かつて、自分が彼女にそうされたように。

 

「シャル…………?」

「大丈夫だよ、メルティナ。相手が異教徒だろうと何だろうと。君は、僕が護るから」


 穏やかな声音を彼女の耳元でささやく。耳朶じだを打つ声に彼女は総身をふるわせた。

 確かに、シャルだけでは実力不足かも知れない。それでも、


「ここにはヴァイスやクロア、精鋭と呼んで差し支えない実力者が居るし。いざとなったら、みんなを頼ればいいんだ」

「――――、はい……っ」


 感極まったのか、湿っぽい声音に彼女は言葉を詰まらせた。少しは不安が和らいだのか、胸の中で強張る身体がほぐれるのを感じた。

 それでも、不安が完全に払拭される者でもないだろう。故にシャルは提案する。


「不安なら、今日明日はこのまま一緒に居ようか?」


 背中に回した腕をほどき、首を傾げて尋ねてみた。


「え――――?」


 驚きに目を白黒させ、ぼっと顔を真っ赤に茹で上がらせるメルティナ。勿論、シャルから手は出さないと固く誓って。


「まあ、嫌なら無理にとは――」

「わかりました」

「ん?」


 自身の大胆な発言に後悔と羞恥しゅうちを覚えて瞳を逸らしていると、意外な答えが返って来た。

 思わず怪訝を浮かべながら改めて彼女を見る。伏し目がちに羞恥に頬を染め、身を捩りぎゅっと両肘を抱いていた。まるで気娘のようにいじらしい。


「その……お願いしても、いいでしょうか…………?」


遠慮がちにチラリと控えめな視線を寄越してくるのが、甘えるのを躊躇っている子猫のようでとても愛らしい。


「うん……いい、よ…………?」


 そんなメルティナを見ているとシャルも恥ずかしくなり、明後日の方向を見て頬をく。


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