痴話喧嘩
朔夜の母方の親類で、シャルの師でもあるテオドロス。
彼が無頼の徒であったヴァイスを取り立てたからこそ、ナハティガルナの護衛を務めることができ今の地位に居られる。シャルの補佐役に。
「それは、あり得ませんにゃあ。吾輩は知己に誘われ、聖上に関わる情報を提供しつつ、独自に内情を探っていただけですにゃあ」
獅子身中の虫。ヴァイスは柔和な笑みを浮かべたまま、紳士然とした余裕の態度を崩さない。
「なんで昨日、それを言わなかったのよ?」
「オヴェリア様を介した方が、良さそうと判断したまでの事ですにゃあ」
笑みを浮かべた顔を傾け、手をヒラヒラと敵意の無さを示す。
「ふ~ん…………」
腕組みするエブリシュカの彼に対する視線が剣呑だ。ただ、軽はずみに人の命を奪おうとする彼女へ、明け透けに情報を漏らすことで生じる懸念を考慮するのは、シャルも頷けるところであった。
『――――それで。黎明破曉からの指示は?』
「今のところ、無いですにゃあ」
ヴァイスによると、『暁の巫女』の姿形を知らされてはいたものの、それ以降具体的な命令は降りて来ていない、との事。儀式の日程も、ヴァイスは教えられていないとか。
『まあ、黎明破曉っていうくらいだから、儀式は『大炎月』の翌朝辺りとは思うけど……』
オヴェリアが推測する。
魔術儀式に必要な三要素。地の利、龍脈との距離や《アニマ》の濃度。人の和、人員や術式の完成度。そして天の時、天体の動きと時節。これらが合致した時、儀式を成功させることができる。
『大炎月』は燼雪の月、二百年周期で十二月上旬に起こる天体現象で、満月が烈火の如く紅く燃え上がる夜を指す。今が十月上旬であることを考えると、まだ時間的な余裕がある。目立った動きを見せないのも納得だ。
ただ、少々悠長に構え過ぎな気もシャルはしていた。
『とにかく。二日後にはイシャードに着くから、それまでは巫女の護衛を頼んだぞ。貴様ら』
冒険者たちを見渡すゼルティアナ。だが、その物言いがいけなかった。
「嫌なの」
即答しそっぽを向くビルギット。
「ごめんなさい。アタシの任務は密偵であって、護衛は範囲外なのよねぇ。お生憎様♪」
ふてぶてしく薄紅色の髪を梳き流すエブリシュカ。
「ざけんな。英雄か何だか知らねえが。なんで、テメエに指図されなきゃなんねえんだ? 偉そうに……」
忌々しげに睨み返すザウラルド。
「――ま。金さえ払ってくれんなら、何でもいいっスけどね? ああ。そういや成功報酬の現ナマはいつ、渡してくれるんスか?」
金をせびるのはナガル。
「そうですねぇ。敵となら、戦いましょうかねえ。全力をもって。フフ♪」
薄唇に指を宛がい、クツリと微笑むのはクロア。
当然の反応だった。コイツらクズ共が二つ返事で快諾する訳がない。シャルディムには最初から分かっていた。冒険者ならある意味、当然とも言えるが。
「…………おい、どうなっている?」
命令を一蹴されたゼルティアナ。非難の矛先は、当然の如くシャルディム。
「まあ、こういう奴ら、としか言いようがなくて……オヴェリア様みたく依頼、という形なら受けてはくれますよ?」
一応。弁明の際、申し訳なさから視線を泳がせた。
『分かった。じゃあ、先の報酬から二十万、上乗せする』
『ほう。思い切ったな?』
オヴェリアの提案に感心するゼルティアナ。
『うん。主に朔夜とゼルが』
『おいっ!』
自分からは出さないらしい。オヴェリアは中々いい性格をしている。
『私は別にいいけど』
反対に、朔夜はその提案を快諾した。彼女は昔から金払いにはあまり頓着しない性格だった。
『そんな事よりも――』
朔夜の関心事は別にあるようだ。何故だか真剣な眼差しを、シャルとメルティナに向ける。
『二人とも、なんか距離近くない?』
眉根を寄せ、胡乱な視線を画面越しに投げ掛けて来る朔夜。
「ああ~、えっと――」
「改めましてこんばんは。メルティナと申します。実は、シャルとは健全なお付き合いをさせて頂いておりますわ」
どう説明したものかとシャルが言い淀んでいると、優艶な微笑を湛えたメルティナが交際宣言をしてしまった。
『はあああああああっ⁉』
『ほう?』
『…………』
三者三様の反応。朔夜は驚きを露わに、関心を示すのはゼルティアナ。オヴェリアだけは我、関せず。胡乱な眼差しで無関心を貫く。
『ありえない。まだ、あの事件から二年も経ってないのに……』
明らかに疑惑の視線を向ける朔夜。十歳からの三年間の付き合いで、彼女はシャルの性格を掴んでいる。だからこその疑念。
「うるさいなぁ……。色々あるんだよ」
苦しい言い訳。誓約で嘘が吐けない以上、目を泳がせながら呟くことしかできない。
『色々って何? その子が来たのは精々先月でしょ? 気難しいシャルが、すぐに心を開くとは思えない。というか、それは絶対にありえない。何か、弱みでも握られてるんじゃないの?』
忌々しい程に鋭く、的確だ。しかし、メルティナは優艶な微笑を崩さない。
「弱みだなんて、人聞きが悪いですわ。ただ、私たちはいくつか秘密を共有している、というだけの話ですわ、お姉様♪」
「うん。そうそう」
喜色を深めて紺碧の双眸を細める。動揺は微塵もない。心強いメルティナの援護射撃にシャルも首を縦に振った。嘘は言っていない。
だが、そんな二人の態度が面白くないのか、朔夜の顔は厳しいまま。
『絶・対ない。だって、あんな。片目片腕を失ってまで守ろうとした女の子を、たかが一年で思い出にできるとは到底思えない。それなら、死ぬような思いまでしてジェスを殺したのは何だったの?』
「…………っ」
思わず言葉に詰まった。
ジェスレイド・テンパートン。『テルテュス事件』の際にシャルが殺した十二仙。
彼の実力が発揮しにくい市街戦に持ち込み、ラゴウが不意打ちで利き手の右腕を斬り落とした状態で戦い、最終的にシャルも左の肘先を喪失して漸く勝てた相手。
あの当時、よく勝ったものだと未だに思っている。
「過去の思い出よりも。私との今を、そして未来に、目を向けるようになったんですよ。
ねえ? シャル~♪」
指を絡ませ、甘い声音で語り掛けるメルティナはトロンと目尻を下げ優艶に笑う。
テルテュスに関する事柄で迂闊な事は言えない。シャルは無言で首肯し同意を示す。
その様子に剥れる朔夜。何か言いかけると、ゼルティアナに遮られた。
『いい加減にしろ。痴話喧嘩なら、着いてからにしろ。それよりも、頼んだぞ? シャルディム』
「はい。メルティナは、僕が護ります。必ず」
力強く頷き、彼女と重ねた手に優しく力を籠める。
『その意気だ。シャルティム、貴様は強い。それは、私が保証する』
誇らしげに胸を反らすゼルティアナ。常に自信に満ち溢れ堂々としているさまは本当に頼もしく映る。
『それに。超獣とも渡り合える精鋭たちが一緒なのだ。正直、私は何の心配もしておらんよ』
「はい……っ」
「あ、じゃあちゃんと現ナマ用意してくれるんスね? いやぁ、嬉しいなあ♪ ハハッ」
『貴様……っ』
現金な事をいう無粋な極みのナガルに、ゼルティアナは顔に青筋を立てた。
『そうだ、思い出した。ヴァイス。黎明破曉の幹部の人数は?』
それと個々の強さも。確かに、戦闘になるかもしれない相手の情報は必要だ。事前情報も無しだと、思わぬ不意打ちで不覚を取る場合もある。シャルは固唾を呑んで彼からの言葉を待った。
「『黎明破曉』の幹部、旭祭司は吾輩を除くと十名。そこに教主一人を加えた人数が、敵の最大戦力ですにゃあ」
気になる強さは、大体十二仙と同じとこのこと。油断していい相手ではない。
『ほう。その根拠は何だ? 言ってみろ』
「畏まりましたにゃあ」
ゼルティアナの問いに紳士然とした笑みを浮かべると、おもむろに左手の甲を画面越しで相手に見せた。
その直後、魔力を通したかと思うと黄金の紋様が浮かび上がった。




