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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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オヴェリアの提案

 ――――朝。窓から差し込む柔らかな陽光は爽やかで心地よい。

 少しずつ秋も深まり、木々の紅葉も鮮やか色合いで空の下を彩る。

 布団の誘惑から逃れて上体を起こすと、傍らには健やかな寝息を立てる幼い淫魔族サキュバスの少女。


「ほら、起きて。もう朝よ」

「んぅ…………」


 全くしょうがない。顔を綻ばせるエブリシュカは、目尻を下げながら寝ぼけまなこをこする幼女、レニファを温かく見守る。


「よしよし♪」


 添えるように優しく頭をでてやると嬉しそうに目を細め、ポスンと頭を傾けてエブリシュカに預けて来る。母親に甘えるような素振りに、喜色を深め相好そうごうを崩した。


 ベッドから出て愛用の毒々しい紫紺の法衣に袖を通すと、まだ眠たげなレニファの手を包み込むように取り自室を後にする。それから、寮の一角を占める子供部屋へと足を運んで少女に着替えをさせる。


 そこで母親役のリタラが朗らか笑みを浮かべて二人に近付いて来た。


「おはよう♪ 二人とも」

「ええ、おはよう」

「おはよう」


 ニッコリと屈託ない笑みは、見ている方も自然と顔が綻ぶ。甘えん坊でシャイなレニファも、彼女とはちゃんと挨拶あいさつを交わしていた。

 はい、コレ。幼子の着替えを渡されたエブリシュカは頷き返すと、さっそく着替えに取り掛かる。


 リタラの他にも、アニスやイェイユが子供たちの着替えを手伝っていた。

 レニファに懐かれた当初は渋々やっていたエブリシュカだが、今では純粋に慕って来る彼女を好ましく思っており、甲斐甲斐しく世話を焼く自分を楽しめるようになった。


 レニファに優しくすることで、自分が救われていることに気付いたのは、つい最近のこと。

 彼女と同じ年頃にして欲しかったこと。それらを自らの手で行うことで、心の中で欠落した何かが埋まるような、じんわりと温かい多幸感が胸に去来する。その心地良さが好きだった。


 娼婦しょうふだったエブリシュカの母親は、そこまで愛情を掛けていたとは言いがたい振る舞いをしていた。

 少なくとも、愛されていたとは到底思えなかった。


 もし愛情を持っていたなら、金に目がくらみ嬉々として自分を売り飛ばしたりなんかしない。

 愛情というものを知ったのは、養父に引き取られた後だった。


 面倒見の良かった兄に、我が子と変わらぬ愛情を注いでくれた養母。あそこでの日々は、本当に楽園のような一時だった。

 売られるまで母に命令されるがまま少女娼婦をさせられていた分、余計にそう感じた。


 だからこそ出奔しゅっぽんした手前、あの時と同じくらい幸せであるように過ごそうとした。享楽にふけり、喜悦を堪能し、幸福を求めた。

 しかし、残ったのは虚しさだけ――――。


「はい、できた。フフ♪ よく似合っているわ♪」

「ん」


 膝を着き目線を合わせ、相好そうごうを崩して優しく頭をでてやる。すると、再び嬉しそうに目を細めた。

 その姿にエブリシュカもやりがいを感じ、幸せな気持ちになった。


『求める限り、際限はありません。ただ、与えることで満たされる。そういう生き物なんですよ、人間というものは』


 ヤズフィリオの言葉が脳裏に甦る。成程、確かに彼の言う通りだ。普段は胡散臭い宗教家も、たまにはいい事を言う。

 孤児たちの着替えが終わると、皆で朝食のために食堂へ。


 途中、プレッツィオと出くわした。リタラが心配そうにシャルディムの容態を尋ねると、


「大丈夫だ。今は落ち着いている。あれならじき、目を覚ますだろう」


 その一言にアニスもイェイユも安堵を漏らした。正直、エブリシュカとしてはどうでも良かった。

 初動の処置が奏功したのだとか。やはり、腐っても回復役なだけはあった。


「なんだか安心したら、お腹が空いて来ちゃったわね」


 緊張が弛緩し、笑みを零すリタラ。アニスやイェイユもそれに同意しながら食堂への扉を潜った。

 今日の料理当番はヴァイスとクロア。生姜焼きの香ばしい香りが食欲をそそる。子供たちへの配慮か、つけ汁には蜂蜜が使われており優しい甘味が肉汁と一緒に口の中で溶け合う。


 醤油の塩味と生姜のキリリとした辛さがそれに合流し、旨味の旋律を舌の上で奏でていた。

歯切れのよい肉は子供でも噛み千切りやすく、舌鼓を打つ味も手伝って皆夢中で食事した。



 朝食を終え、惜しみつつもレニファと別れたエブリシュカは街へと繰り出す。

 雑踏に紛れて市井の噂話を収集した後、冒険者組合に顔を出すと朝だというのに大勢の冒険者やその関係者がひっきりなしに出入りしていた。


 それは行政府にある城砦、軍の駐屯地も同じだった。ファラクを使って空から眺めていてもそれが伝わって来る。

 超獣ゴライアスの出現から既に二日が経過。事態を把握し切れていない彼らは、今なお対応に追われ忙殺されていた。


 あの後。アガーシュラが退散すると、エブリシュカたちはその場を離れて近くの村に一泊した。

 翌日にプレッツィオが手配した雲鳥モアまたがりイシャードまで引き揚げ、ギルドマスターであるバウゼンに事の詳細を報告して現在に至る。


 人知れず城砦の屋根に腰掛けていたエブリシュカはスマホを取り出すと、雇い主であるオヴェリアに定時連絡をするべく起動させた。

 エブリシュカの顔を移していた漆黒の画面が、やがてオヴェリアのどこか眠たげな表情を映し出す。彼女が眠たそうなのは、再会してからずっとそうだった。


「定時連絡よ。今のところ、特に目立った動きは見られないわね」

『ほいほい』


 その他、シャルディムが相変わらず寝ているのと、巷間こうかんでは超獣ゴライアスにまつわる根も葉もない噂が飛び交っていることを伝えた。

 一通り報告し終えると、エブリシュカは一つの疑問をオヴェリアに投げ掛ける。


「ねえ」

『何?』

「この前言ってた、アレってホントなの?」

「うん。朔夜とゼルを連れて、そっちに現地入りするつもり」


 神刀十二仙の鏡月朔夜とゼルティアナ・タッチェル。その二人と合流してここ、イシャードへ赴くという。

 理由は勿論、『暁の巫女』であるメルティナの保護。


 このタイミングで動くのは、異教徒である『黎明破曉れいめいはぎょう』に対し、機先を制するため。

 冒険者や軍、そして魔術師。これだけ大勢の人間が出張っている状況下ではどうしても裏社会への監視が薄れ、暗躍に動きやすい。


 逆に言うと表立って行動すれば、即座に現場の人間が対処に動くという事。

 その状況を利用してオヴェリアが自身の神刀である戦艦を大々的に動かす。そうすれば表立って活動できない彼らは後手に回るしかない。だからこそ、大胆な行動を彼女は即決した。


 ただ、英雄の一存で戦艦を動かすのは難しいらしく、関係調整の結果今日の夕方進発。という段取りになっている。ままならないものだ、組織のしがらみというものは。

 尚、十二仙の二人とは途中で合流するらしい。こちらの負担にならないようで何より。


『とにかく、そっちは大船に乗った気持ちでいれば良いから』


 戦艦だけに。


「誰がうまいこと言えと?」

『えっへん♪』


 微妙に薄ら笑いを浮かべるオヴェリアへツッコミを入れると、彼女は勝ち誇ったようにフンスと鼻息を鳴らして胸を張った。

 全速で航行すれば、三日後には着くらしい。それは、竜を駆る竜騎兵よりも速い。さすがは神器。


 オヴェリアによれば、朔夜とゼルティアナの二人は戦力として単純比較しても自分よりも実力が上だという。

 特に朔夜さくやに至っては、十二仙最強。彼女が自信を窺わせるのも納得がいった。

 ただ、どうしても一つ。エブリシュカにはぬぐえない疑念があった。


「ヴァイスのことなんだけど……」

『ヴァイス? ――――ああ、あの白猫ちゃんか』


 暫くの間、彼はナハティガルナの護衛をしていたので、女神に選ばれた十二仙である彼女とは面識があるらしい。


『どうかしたの?』

「――――ううん。やっぱり、何でもないわ」


 曖昧あいまいに笑って誤魔化す。そう言いつつもエブリシュカは憂愁ゆうしゅうにじませ、昨日のことを思い返していた。


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