最後の抵抗
「大丈夫だよ」
「え――――?」
決然と言い放つシャル。純白の舞姫は思わず声を漏らした。
アガーシュラが上体を弓なりにしならせ、三本の棘を振り上げた直後。焼け爛れた裂傷へ、漆黒の弾丸がその牙を突き立てた。絶技《真黎の魔弾》。
激痛に苛まれる敵は攻撃を中断し、身体を仰け反らせて絶叫。そこへクロアが斬りかかった。
絶技《妖炎の太刀 光焔劫火》。
精霊の力で強化されたそれは、巨大な爆炎を鯉口から発射。斬撃は紫の業炎となって裂傷を斬り刻む。
二の太刀の真空波で敵に纏わり付く妖炎を両断し、余波の逆巻く風と魔力がそれに感応して激しく燃え爆ぜ、灼熱が迸出し劈く閃光が敵を苛烈に燬いた。
響く絶叫が胃の腑を掻き乱し、鼓膜にこびり付く。メルティナは堪らず顔を顰めた。
絶技《上天の剣》。超速の抜刀から音断ちの斬閃が放たれ、焼燬した裂傷を更に破壊。腕の付け根が音を立てて裂け、だらりと垂れ下がった。
「ちょっと、お願いしますにゃあ」
いつの間にか、エブリシュカを抱えたヴァイスが隣に立っていた。
「…………」
屈強な腕の中で沈黙する彼女の顔は疲労の色濃い土気色。心なしか唇が紫で、憔悴し切っていた。
急速な魔力消費による激しい虚脱状態。所謂、魔力切れ。そんな有様だった。
「わかりました。責任を持ってお預かりしますよ」
前触れもなく背後に現れたのは、銀狐の半面の下で柔和な笑みを浮かべるクロア。ヴァイスの要請を受け両手を差し出し、エブリシュカを優しく抱き留める。
それを見届けたヴァイスは跳躍。具足の脹脛から爪先にかけて翼が大きく展開。虚空を足場に強く蹴って勢いよく上昇していく。
《七星拳技 七星龍衝 相手の頭上に陣取ると、盾と複合した巨腕を戦槌のように振り下ろした。目に見えない、巨大な力が働き、轟音を響かせて地面に叩き付けられた。見上げる程の巨躯が地に伏せ、更なる荷重を喰らって大地にめり込む。まるで、巨大な竜に組み伏せされているような様相だった。
動きを封殺する超重の衝撃。不可視の圧力に苛まれ続けるアガーシュラは、怒りを滾らせ激烈な殺気を周囲に放出。迸る殺意が魔風に乗って頬を撫でた。極寒の冷気を感じ、ゾワリと粟立つ皮膚がヒリつく。
総身が震えあがり背筋が凍るそれは、さながら死神の抱擁。触れられても居ないのに生きた心地がしない。
不意に、三本の赤黒い棘が真紅の結界を強襲。轟音を響かせて激しくぶつかり合い、閃光と火花が瞬く。
「シャ、ル…………?」
顔を向けた先には、一匹の宝石獣。アイスグリーンの和毛を纏い、大房の尻尾を揺らしていた。
そこにはもう、彼の姿はなかった。
〇 〇
アガーシュラが棘を真紅の障壁に突き立てた際、シャルは結界の後方に居た。
神気を纏った結界が良い目くらましになっている。それを確信した彼は反撃に転ずる。
宝石獣の魔法《煌めきの盾》と結界術式。二つを掛け合わせた止揚、それが《真紅の断崖》。術式は《聖盾》や《難攻不落》以上に高度で堅牢な結界だ。
神気を付与した《風迅》を使って大きく跳躍。眼下の真紅の障壁に足を掛け、一足で敵の頭上まで到達した。
特別な術式は要らない。ただ、そこに偏在する火と金、土や星、そして闇と光の《アニマ》を飾太刀の刀身に収斂。魔力と神気でそれらを覆い、強固に鍛造すれば光輝の大刃となった。
「おおおおおおおおおああああああああああああああああああっっ!!」
弓なりの大上段から一刀両断。白銀の九尾を揺らし、力の限り大刃を叩き付けた。
それでもまだ死なない。二の太刀、三の太刀、靴底の結界を足場に空中で翻身し連撃をもって斬り刻む。
不意に、風が流れた。そよぐ方向は敵後方。相手の肩口に乗って行方を追えば、逃げた筈のビルギットが身の丈以上もある大砲を構えていた。
「まったく。とんだ厄日なの」
砲身が四つに展開、風車のように回って風を舞い上げる。砲身の中身が露出し、大気を収斂する回転子部分とそれに付随した突起部品までもが表出した。
彼女の肩口には、背中に透明な四枚の翅を生やす少女。風の精霊シルフィードの加護を受けた『疾風』の魔眼で舞風を突起部先端に収斂。プラズマ化し発光していた。
強風が急速に収斂する事で彼女の髪が靡く。纏うマントやフード、スカートの裾が音を立ててはためいていた。
絶技《穿弾颶風》。
圧縮した豪風を『鋼殻』の魔眼で硬化。台風と化した砲弾は猛烈な旗風を伴って驀進。引き裂かれた傷口に吸い込まれ、弾丸に封じ込められた暴風が爆発。竜巻となってアガーシュラを斬り刻んだ。
「なんて威力だ」
さすがのシャルも驚きを隠せない。これほどまでの攻撃ができるとは、思ってもみなかった。
滾る怒りで陽炎が立ち昇るアガーシュラ。超大な質量の巨躯から発せられる威圧感は相変わらず激烈だが、満身創痍であることは隠し切れない。
シャルは勝負に出る。赤鬼の半面に憑依させた鬼の霊魂を呼び覚まし鬼神憑依。更なる膂力を得て空中を疾駆。アガーシュラの眼前に、文字通り迫った。
《アニマ》を収斂させた飾太刀で気合一閃。それを端緒に再び斬り刻む。そこへクロアも参戦。
「フフ♪ 助太刀しますよ。微力ながら、ね」
銀狐の半面の下で不敵に微笑んだ。他方、背後から忍び寄ったザウラルドがバレットブレードから《斬閃》を飛ばす。
「フン」
そこにヴァイスも加わる。巨拳を唸らせて。
「吾輩もやりますにゃあ」
拳を振り抜き、アガーシュラの頬を撃ち抜く。その間に三人が畳み掛けて攻撃を加えた。
方々に注意を散らしているので、シャルには攻撃が来ない。心置きなく斬撃で敵の表皮を斬り刻む。
敵の体表から立ち昇る殺気は、総身を震撼させ肝を潰しその場に足を縫い付けようとする。
シャルは闘志を漲らせて抵抗し、駆け回る事で湧き上がる恐怖を振り切った。
攻撃を疎んじた敵が、大きく身を捩りながら三本の赤黒い棘を振り回した。
風を唸らせ絶命必至の威力は死を想起させて余りあるが、注意力散漫で狙いの不確かな攻撃では当たろう筈もない。
無軌道な攻撃を掻い潜りながら手当たり次第に斬撃を加える。
途中、真紅の障壁に何度も身体を叩き付けるが、堅牢な結界は未だビクともしなかった。
更にナガルの弱点への正確な狙撃と、ビルギットによる砲撃の乱射で相手の注意は余計に散った。
驟雨のように間断ない攻撃と、進退窮まる孤軍奮闘。
膠着した状況にも漸く変化が訪れる。攻撃に耐え切れなくなったアガーシュラの身体が崩壊を始めた。
いける。誰もがそう思ったであろう瞬間、アガーシュラが内包する魔力が大きく律動した。
(マズい、大魔法が来る――――――!)
《鬼神憑依》を一旦解除。呪符を数枚取り出し、《修理》で障壁を修復。先程から何度も結界を攻撃していたのは、恐らく標的にしているから。
二人が危険だ。虚空の障壁を蹴ってすぐさま駆け付けた。
「逃げてっ 大魔法が来る!」
「え――――?」
狐につままれた顔のメルティナこの問答する時間が惜しい。
「ああ、もうっ」
「きゃっ」
無理矢理抱きかかえると、小さく悲鳴を上げた。それを無視し、《風迅》の舞風で一気に加速。全速力でその場から離脱した。因みにエブリシュカはヴァイスが保護していた。
取り残されたアガーシュラの身体がボロボロと崩れ落ち、剥落した鋼殻が闇の中で儚く沫と消えた。そんな中にあって最後の力を振り絞り、膨大な魔力を圧縮させて反撃に転ずる。
大魔法《鮮血に染まる磔刑の杭》。
無数の棘が地表を貫き、天を衝く。地下からの強襲で真紅の障壁は決壊。震動を響かせ音を立てて悉く周囲を飲み込む。
(くっ――――)
『加速』の魔眼で限界まで加速。それでも棘の表出を躱し切れない。
そして、設置した足元が僅かに隆起し足を取られた。身の毛のよだつ恐怖が背筋を駆け上がる。
咄嗟の機転で虚空に足を踏み出して結界を展開。突き出した棘が衝突。破られる。核心を抱くに十分な威力を感じた。
障壁を突破して来た先端。メルティナを手放したシャルはそれを腹部に受けた。背中まで突き抜け、堪らず込み上げた血を吐く。
「ゴバァッ」
腹を貫く棘が血に染まった。内臓を食い破り押し退ける強烈な圧迫感と。余りの激痛に意識が朦朧として来た。
「シャル――――――――ッ!」
メルティナの悲鳴が、夜空に空しく響く。




