メルティナの絶技
更にメルティナは《解放》の術式を発動し、そよぐ夜気から《アニマ》を解放。
その中から光の《アニマ》を取り出して双剣に収束させていく。
やがてどちらともなく敵に向かって駆け出し、白刃を振るって分身体と渡り合った。
メルティナは耀神楽を舞い、剣刃を閃かせ周囲にあまねく光の《アニマ》を収斂させていく。
夜の暗闇では光の《アニマ》を収斂させにくいが、自身から漏出する光の《アニマ》が呼び水となる今の状態だと、それも容易だった。
そして、今回はいつもと違うことを試してみる。
二つの剣刃に収束させた光の《アニマ》を天高く飛ばし、上空で光球を形成。魔力で不触不可視の経路を作り、双剣と紐づけ。遠隔操作で光の《アニマ》を誘導する。
そうする事で、神楽を舞い時間が経つにつれて光球が大きく成長していった。
ヒントになったのは、神楽奉納。そして、クロアとの闘い。
奉納の際、神楽によって収斂された《アニマ》は最終的に天高く拡散される。
そこで意図的な可逆。拡散ではなく収斂。
クロアとの戦闘で思い至ったのは、あれだけの輝度は普通、周囲にしてみれば間違いなく眩しいという事。だからこそ、上空で収斂する。
《耀神楽 七の舞 極光》。降り注ぐ極光のように、跳躍し空中から斬閃を飛ばすのが基本だが、応用を利かせ真空波を飛ばして斬撃する。これで一巡。再び一の舞から剣舞を始めた。
轟音に大地が揺れ、大気が震える。仲間たちが絶技を次々と繰り出す中、白刃を閃かせるメルティナは一心に神楽を踊り続けた。
降り注ぐ光で純白の巫女装束が輝く。スカートの裾を翻し、腕の大振袖を靡かせながら。
息を弾ませ緩急自在に舞い踊る様は優艶で、見る者を惹き付けた。
敵意を剥き出しにしていた筈の分身体は、その艶姿に見惚れて攻撃を中止していた。
それを一刀両断。真っ二つにする。メルティナの舞は尚も途切れることなく続いていく。
いつしか結界内の敵は殲滅し終えていた。透明な障壁を取り囲む敵は、侵入を阻まれて二人に近付けない。
(大分、大きくなりましたね……)
合間にチラリと目線をやれば、掌に載るほどだった光球が今や、大人一人を飲み込んで余りある規模に変貌を遂げていた。
不意に、エブリシュカの悲鳴が聞こえた。顔だけ向けると、巨大化した彼女が敵の大魔法の脅威に晒され光の中に飲み込まれ、降り注ぐ曳光の弾丸がこちらにも迫っていた。
(くっ――――)
威力を見る限り、直撃は即死を免れないし結界も少し心許ない。このまま神楽を舞っていては光球の維持どころか、回避もできない。
だが一度解除してしまうと、再び同じ規模に成長させるまでには時間を要する。
「唵」
上空から半球状に真紅の結界が展開されていく。シャルが新たな術式を発動、結界の重ね掛け。
絶技《真紅の断崖》。
《聖盾》の改良版。宝珠を散りばめた飾太刀と脇差を触媒に構築した、シャルが誇る最硬の結界。神気を付与する事で強度に更なる磨きが掛かっていた。
(これも、絶技……)
結界に覆われることで、涼やかな夜気とは違う霊妙な空気を感じる。神気の清冽な波動に身が引き締まる思いがした。
彼もまた、クロアたちに遜色ない実力を兼ね備えていた。
考えてみれば、それも当然。何の見所もなく興味が湧かない人間に、クロアが形だけでも従うことなんてあり得ない。
彼の言う所の愛が何なのかは、メルティナには分からない。それでも、彼我との実力を測りたがる性格であることくらいは、先の戦闘で理解できた。
シャルの張り巡らせた真紅の障壁は、大魔法の攻撃を悉く弾き返しながらも小動一つしない。
メルティナは安堵から一瞬、経路の維持と光球の操作が疎かになった。魔力と《アニマ》が暴走を始める。
(しまっ――――)
蓄積した膨大な量の魔力と《アニマ》がリバウンドによって逆流する未来を想像すると、背筋が凍り絶望に暗澹とした気持ちに沈んだ。
しかし、そうはならなかった。
シャルが、支えてくれた。
光球に向かって手を翳し、魔力の経路を伸ばして破綻を防いでくれていた。
「はあっ!」
その間にメルティナは停滞しかけた神楽を立て直す。華奢な四肢を躍動させ、虚空を斬り裂く白刃が光を反照し瞬く。流麗な剣舞が息を吹き返し、光の《アニマ》の収斂が加速した。光球が更に肥大化する。
咆哮。天を仰ぎ夜空を震わせる裂帛が鼓膜に突き刺さった。歯を食い縛って耐え忍び、踏ん張りを利かせて神楽の破綻を繋ぎ留める。
それからアガーシュラは、機能を喪失した節足の代わりに長大な胴体と尻尾を蠕動させ、蛇のように地を這いメルティナたちへと迫る。
壊れた残りの節足が千切れることも厭わず、蛇腹で煙を巻き上げ驀進。
その間、舞姫は光を夜空に収斂させて踊り続ける。瞬く光の微粒子たちが経路に導かれ、螺旋を描いて空に舞い上がると光球に吸い込まれた。その度に明滅し、次第に体積を大きくする。
結界は耐震構造なのか、接敵の際に足裏から伝わる震動は微弱で気にならない。神楽に集中が容易だった。ありがとう、心の中で少年に感謝した。
(それはいいから、集中して)
(あ――――)
魔力の交感現象。二人で光球を維持しているため、彼の心の声が聞こえて来た。
胸の奥がじんわりと熱を帯び、思わず頬が緩む。人類を震撼させて余りある暴威を振るう超獣が目の前に迫っているというのに。
(――――よし、今だ!)
「はいっ!」
メルティナは朗らかに答えた。敵が振り上げた三本の赤黒い棘。それが振り下ろされるよりも早く、溜めに溜めた光の《アニマ》を斬閃に変えて敵を斬る。
絶技《旭光》。メルティナが編み出した、彼女だけの絶技。
メルティナの振るう太刀筋に合わせて、閃く斬撃がアガーシュラを襲った。間断なく虚空を斬り裂く白刃に呼応し、光球から斬閃が降り注ぐ。黎明の如く、鮮烈な輝きを放ちながら。
「やあああああああああああああああああああああああッッ!!」
一気呵成に連撃を繰り出し、次々と光の剣刃を叩き込む。それに合わせて光球も次第に小さくなり、膨大だった魔力や《アニマ》も減衰していく。だが、それでも攻撃の威力は衰えない。
アガーシュラを食い破らんとする斬閃の牙は、さながら篠突く雨。視界を塗り潰す程の眩い光が敵を燬く。
全ての斬撃を打ち終え、視界を漂白する斬閃の輝きも収束した。
「敵は…………?」
慣れない大技に消耗して肩を上下させるメルティナ。既にもう、一差し舞う余力すらない。
とはいえ敵の僅かな兆候さえも見逃すまいと残心。立ち昇り眼前を覆い隠す土煙を見詰めた。
やがて砂塵が晴れると、未だに現界を止めない超獣の姿がそこにあった。
体表を斬り刻まれ、八つ裂きの様相を呈しているが残りの三本腕や赤黒い棘、太く長大な尻尾は未だ健在だった。
「噓…………」
渾身の大技を耐え凌いだ。その事に動揺を隠せないメルティナは、絶望から膝を屈した。
こんなの、どう倒したらいい――――?
振り上げられたアガーシュラの尻尾が、風を唸らせ多分に遠心力を伴って真紅の障壁を攻撃。
肥大化し鉄球状のそれが棘を貫通させようと牙を剥くも、頑丈な結界はそれを防ぎ切る。文字通り、歯が立たない。
しかし、それは延命措置に過ぎない。度重なる攻撃の果てに、結界が壊れてしまえば――




