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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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火竜の姫

 途中、ナガルからの苦情が形代かたしろを通じて来たが負けじと反駁はんばく。自分の敵愾心ていがいしんを彼に向けそうになるのを抑えながらアガーシュラを間断なく爆撃していた。

 そして跳躍。完全に射程外に行かれた。思わず顔をしかめて舌打ち。


「ったく、面倒な事になったわね……」


 眉間みけん皺寄しわよせ、忌々しげに奥歯で苦虫を嚙みつぶすエブリシュカ。

 八つ当たりに美少女と感動的な再会を果たしていたシャルディムに形代越かたしろごしで話しかけると、怒りに任せてえ上げる。


「このクソガキッ! 後でアンタのこと殴らせなさいよっ 覚えときなさいッ!!」


 盛大に罵倒ばとうしてやった。遠巻きに眺めていると、金切り声に辟易したのか、白銀の獣耳から遠ざけていたようで何より。


「ああ、ホント最悪」


 盛大に溜め息を吐き、肩を落とす。それから気を取り直して三尾を伸ばし、黄昏色の鳥翼を展開して更なる上昇を開始。

 真紅の宝珠オーブを散りばめた大杖たいじょうを虚空に構え、魔力を展開。夜風がそよぐ空に魔風が巻き起こる。


「行くわよ。ファラク」


 呼びかけに答えるように、赤竜が低くうなった。

 そして背中や腰の宝珠、全身に張り巡らされた術式に魔力を通して展開。身体が紅く発光する。


「がっ……はあ…………っ」


 表皮の裏側をナイフでこそぎ落とされるような痛みが全身を駆け巡った。反射的に首を跳ね上げ、意識が飛びそうになるのを必死で繋ぎ留める。

 エブリシュカに施された術式は、欠陥品だった。背中の召喚術式は問題ないが、それ以外の術式が最悪。


 場所によっては魔力が滞り、それを無理矢理循環させようとすれば身体が軋んだ。まるで、内側から灼熱しゃくねつ岩漿がんしょうに焼かれているような疼痛とうつうを味わう。

 それでも、大杖たいじょうに施した術式の補助があって少しはマシにはなった。


 以前、これを施術した魔術師は起動実験の際に暴走事故によって死んだ。だからこそ、養父に拾われる機会に恵まれた。

 ――――そう。エブリシュカは実の母親から魔術師に金で売られた。


 それからは道具として扱われ、最終的に召喚武装にされた。人体の方が宝璽レガリアよりも高度で複雑な術式が組み込めるからという、ただそれだけの理由で。

 初回の起動実験で大失敗し、放置されている所を養父に引き取られた。


 身体や魂に刻まれた欠陥術式は幻獣との魂魄融合を目的とした物。

 召喚師の家系といえど、その知識は養父の元にはなく、冒険者になった後も一向に手掛かりすらなかった。


 だからこそ、オヴェリアからの報酬ほうしゅうを「神殿や王立魔術研究所のあらゆる知識」に指定した。

 そして、あった。神殿で禁忌とされていた知識の中に。


 英雄の肩書きで閲覧許可をもらい、自身に施術せずあくまで武器への応用という形で妥協した。


『大丈夫。性格は普通にクズだけど、力を持つ意味と責任には自覚的だから』


 欠陥術式の補強は、オヴェリアのこの口添えがあって実現した。

 ただ、実戦投入は今回が初めて。


(柄にもなく、緊張してるわね)


 痛みに苛まれながら自嘲じちょうを浮かべた後、瞑目めいもくし深呼吸。改めて意識を集中し、おもむろに詠唱えいしょうを紡ぎ始めた。


「其は、劫火の化身。火竜の君――」


 大杖たいじょうの宝珠が輝き出し、全身の術式が駆動。痛みが増す。歯を食い縛って耐えた。


「そのあぎとは溶岩の岩漿がんしょうを砕き、その瞳は睥睨へいげいせし万物を焼尽させ――」


 真紅の光がその輝度を増し、暗晦あんかいの曇天をあかく焼く。ほとばし疼痛とうつうの中、言葉を絞り出す。


「灼熱の竜尾は地を焦土と化し、天を燼滅させる紅蓮の翼で飛翔する」

(熱い…………っ)


 煮えたぎ煉獄れんごくかまでられている気分だ。もはや痛覚が正常に機能していない。

 それでも、詠唱えいしょうにに呼応するファラクの魔力が増大していく。


 膨大な魔力が体内から漏出。それに伴い内圧が高まり、更なる激痛がエブリシュカを襲う。集中が削がれ、緊張の糸が焼き切れる寸前。


煉獄れんごくより生まれし火竜よ。その権能をもって、万象を焼燬しょうきせよ――――《火竜皇后エキドナ》!」


 絶技イクシード火竜皇后エキドナ》。一際大きな輝きが迸出ほうしゅつし、見る者の視界を深紅に染め上げた。

 魂魄融合こんぱくゆうごうを果たしたファラクとエブリシュカ。その姿は異形。


 腰から上体が人型、腰から下は竜の胴体と四肢に尻尾。背中からは七頭の赤竜が大樹の幹ほどもある鎌首をもたげ、二対の翼は竜の胴体から。

 金色の双眸そうぼうで地上を睥睨へいげい、体表を覆う鋼殻は深紅。夜風が撫でる長髪は茜色。


 先程とは一変。激痛に苛まれない代わりに高揚感が身体に満ち満ちていた。天壌のどこへでも翔けていける。そんな万能感すら沸き起こる。

 後ろをチラリと見れば、シャルディムの結界内でメルティナが神楽を舞っていた。


 邪魔させるわけにはいかない。羽ばたき夜空に舞い、猛然と敵に肉薄する。

 七頭の赤竜がその顎から火の粉を散らし、豪火球を放った。暗晦あんかいの空に爆炎が閃く。


「オラァアッ!」


 翼を用いて急反転。振り上げた三尾の尻尾を浴びせる。爆煙で視界を潰され、節足が機能不全に陥ったアガーシュラは避けることができない。直撃を受け上体を後方に投げ出す。

火竜皇后エキドナ》はアガーシュラに比して体格が二回りほど小さい。それでも引き倒すには十分な威力だった。


 超重の巨体を叩き付けられ、荒涼とした大地から土煙が舞った。

 追い打ちに豪火球を雨のように降らせて爆撃。上昇して距離を取ると『灼熱』の魔眼を発動。

 人造魔眼は融合時も有用に働いてくれる。膨大な魔力で収斂した火の《アニマ》で作る特大の豪火球。それを凝視し、魔眼で燃やして更に威力を高めた。


「燃え尽きろッッ!!」


 自身の巨躯きょくと同じくらいの規模に火勢が増大したそれを、弓なりに身体を反らして頭上に掲げ、全力で投擲とうてきした。

 絶技イクシード《赫焉の光星メテオクリムゾン》。


 劫火ごうかの光が激しく燃え爆ぜ、閃く真紅が夜空を焼き大地を焦土と化す。

 爆圧と爆縮、そして衝撃波。爆発の暴威が周辺一帯をことごと蹂躙じゅうりんし、一切が灰燼かいじんとなり果てる。


「はあ、はあっ……、…………っ」


 短時間で大量の魔力を一気に消費した。高揚感に浮かされていたエブリシュカも、さすがに息切れを起こした。

 幾重いくえにも重なる塵埃じんあい遮幕しゃまく。その中から、膨大な魔力の胎動を感じた。


(な―――――――っ)


 エブリシュカは思わず絶句。総身が震えあがり背筋が凍った。

 舞い上がっていた砂塵さじんが晴れると、上体を起こしていたアガーシュラは赤黒い巨大な光球を右の三本腕で保持。頭上に掲げると、光球から曳光えいこうする弾丸が天高く放物線を描き、飛雨ひうとなって広範囲に降り注いだ。


 大魔法グランキャスト《穿貫のピアードダウンプアー》。

 降り注ぐ光弾は、その半分が大地を爆砕し、残りはエブリシュカに集中した。


「きゃあああああああああああああああああああああっ!」


 身体を丸めて翼にくるむも、強烈な爆撃は防ぎ切れるものではなく、暴威は彼女をき、悲鳴が夜空に木霊した。

 黒々とした爆煙の中から、術式が解け気絶したエブリシュカが煙を引いて落下する。


 それをヴァイスが優しく抱き留めた。満身創痍まんしんそういの魔女を保護した彼の視線の先には、黄金に輝く恒星の如き光球が夜空を照らしていた。


「暁の、巫女…………」


 この光景を見て何故、彼女がそう呼ばれるのか得心が行った。


   〇                              〇


 シャルディムがアガーシュラの分身体に潰されていた場所。

 そこは今、音を立ててしかばねを焼く炎と立ち昇る黒煙が居座っていた。


「シャ、ル…………?」


 仮面の下で目をみはり、呆然と立ち尽くすメルティナが辛うじて言葉を絞り出す。

 血に汚れた装束は既に着替え、予備で同じ意匠の真新しい純白の巫女装束を身に纏っていた。

 どうしてこんな事を? 頭の中には疑問符が一杯だ。


 確かに、死体を燃やせば救出も早い。エブリシュカの行動の理由にも納得がいく。

 だが、これでは――――


「まったく。酷い事するよね……」


 声の方に振り返れば、年齢の上昇した銀髪の獣人の少年。群青の狩衣かりぎぬが少しすすけているが、無事で何より。五体満足の様子にひとまず安堵した。

 しかし、再会の喜びも束の間。アガーシュラの分身体が二人を取り囲む。


「どうして、来たの…………?」


 モフモフの九尾の尻尾を揺らし、メルティナに背を向けながら飾太刀かざたちを構えるシャルが尋ねて来た。勿論、答えは決まっている。


「貴方を、守るためですよ」


 メルティナもまた、双剣を構えた。


「うん……」


 恥ずかしげに身をよじるように白銀の尻尾たちがモフリと揺れた。


「はい♪」


 シャルからの返事に、仮面の中で思わず破顔した。それからすぐに臨戦態勢。

 心臓に魔力を注ぎ込み、内包する膨大な魔力に接続。粒子状となった光の《アニマ》が漏出し、内側から輝き出した。


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