絶技繚乱
クロアは自身の手で血盟を潰した当時、この『魔眼』と『香気』が嫌いだった。
老若男女問わず隷属させるこの能力は、使えばたちまち人が集まりクロアを崇拝する。自身の人間的な魅力とは関係なしに。寧ろ、それが無いと突き付けられているようで。
実際、無かったが。
(セレナ…………)
だが血盟壊滅後。一人の少女と出会ったことで考えを改め、これらを極めることで技へと昇華させた。
アガーシュラの着地に合わせて、クロアは風の精霊を伴って跳躍。
《風迅》の容量で気流の層を生み出し空気抵抗を緩和。地を割り砕く暴力的な着陸は、その激震が足を絡め取ろうと無数の手を伸ばしてくる。最小限の接地で跳躍を繰り返し、それを躱しながら疾風と化して接近。
地震が振動まで弱まり、ナガルを見失っている隙に刀が届く距離まで詰め寄った。
「行きますよ」
妖刀の柄に手を掛け、抜刀。
絶技《妖炎の太刀 光焔劫火》。超速の抜刀で鞘に燻ぶっていた怨念の炎が大火となってアガーシュラに噴射された。寸毫の差でそれに先んじた紫炎の太刀で斬撃を飛ばす。
呪詛の炎に巻かれる超獣に、旋回し上段から一閃。魔力で強化した真空波で二の太刀。
紫炎が真っ二つに割れる。しかし放たれた斬撃の魔力と感応し、爆炎となって超獣を再び燬いた。
敵は喰らう直前、左側の腕三本を隙間なく揃え攻撃を防いだため未だ無傷。成果としては、腕部の鋼殻が煤けたくらい。
しかし、今回はそれだけでは終わらない。
「来い」
《アニマ》は視認できない極小の粒子のような存在で、互いに惹かれ合う性質を持つ。
つまり、これだけ炎を燃やせば火の《アニマ》が大量に引き寄せられる。
火の《アニマ》を呼び水に《アニマ》の集合体である火の精霊たちを呼び込んだ。
精霊の加護を受けた紫炎の妖刀は天を衝く炎柱と化し、周囲を一瞬で焦土と化し、熱波に当てられた夜気が陽炎を立ち昇らせる。
クロアは、満を持して一刀を振る。
絶技《妖炎の太刀 星火燎原》。
上体の左腕三本を、棘の付け根から一刀両断。斬閃は胴体部にまで食い込んだ。紫炎が爆ぜ、熱と光が迸発。夜陰を劈き激しく燬いた。
アガーシュラの左腕三本が肘先から焼け落ち、胴体の焼け爛れた箇所から迸る激痛に堪らず絶叫を響かせた。その様子を見てクロアは満足して大笑。
「はははははっ よそ見なんてしていたから、こんな事になるッ!」
剥落した鋼殻から生じた周囲の分身体たちも、怨念の炎に燻され焼死体となって焦土に横たわっていた。
それらを一顧だにせず、火傷に悶えるアガーシュラを眺め狂ったように笑っていた。
クロアの放った絶技の爆風に晒され、焼け付く熱風と暴力的な余波を鳶色の外套と義手で防ぐ。
(あのヤロウ、とんでもねえ威力を出しやがる)
ザウラルドは堪らず顔を顰めた。あれだけの威力、自分には到底出せない。
(ま、威力が全てじゃねえけどな?)
戦いとは、そんなに底の浅いものではない。実際、ザウラルドはあの絶技と正面からやり合った場合、勝つ自信があった。
爆風が弱まると肉と鉄の焦げる醜悪な臭いは鼻腔を貫いた。鼻が曲がる。
それらを振り払うように《飛翔》の術式で跳躍し接近を開始。痛みに悶絶している間に距離を詰める。
接敵と並行して漆黒の左腕に仕込んだ『黒き心臓』を起動させた。そうすることで左腕の自由が利く。左手を握り込んだ。
脈打つ『黒き心臓』が自身の心臓と同調して魔力の循環が起こり、腕に力が漲って来た。
それに付随して『黒き心臓』に施した『斬裂』の呪詛が発動。斬った相手に致命傷を与える呪詛。
分身体を避けながら近付いていく。ザウラルドの切り札は、クロアほど間合いを詰めなくてもいい。まだ十分に間隔があるが、これだけ近付けば問題ない。
「喰らえ」
右手に大太刀のバレットブレードを握り締め、左手で小太刀のバレットブレードを抜き放つ。
絶技《上天の剣》。
左腰のバレットブレードを逆手抜刀。切っ先が鯉口から離れた瞬間、鞘と刀身に仕込んだ《飛翔》の術式が発動。義足のそれと掛け合わせ《増幅》で累乗。効力を跳ね上げた。
音の壁に迫る神速の域に達し、《剛毅》の剛力で《斬閃》、二刀を閃かせ斬撃を飛ばす。限界まで加速された斬閃は呪詛で強化。裂罅の牙となってアガーシュラに襲い掛かった。
クロアが焼燬した裂傷に二刀の斬撃を叩き込む。深々と突き立てられた牙は肉を食い破り、緑色の体液を周囲に撒き散らした。
苦しみ悶え、巨躯を抱えて蹲る敵は悲痛な叫びで耳を聾しに来た。
「どうだっ⁉」
両耳を塞ぐザウラルドは余勢で地滑りしながら、激痛に苛まれ身悶えするアガーシュラを観察していた。
「ん?」
アガーシュラの頭上、空中を疾駆するヴァイスが見えた。具足の脹脛から爪先にかけて翼が展開し、それが空中機動を可能にしているようだった。
遠くからでも分かる闘気の高まりに大技を予期し、即座に全速力で離脱した。
星の《アニマ》を収斂させ、掌に重力波を展開。膨大な気を体内で循環させ、漲る力で渾身の拳撃を脳天に叩き込む。《七星拳技 鬼拉黒闇衝》。
アガーシュラに降り注ぐ超重の圧力。精強な巨躯が軋み上げ、身体を支える節足が圧し掛かる重量に耐えかねて折れ砕け、何本かは捥がれた。止まることを知らない受難に敵は悲鳴を上げた。
「凄まじいな……」
あの壮年の武闘家もまた、実力を隠し持っていた。驚嘆し動揺を隠せない。
「まったく。油断なりませんねえ、あんな隠し玉を持ってるなんて」
「あ?」
気が付けば、クロアがこちら側に退避していた。ただ、相手の方がまだ超獣に近い。
一言投げ付けてやろうかと考えていた矢先、巨大な魔力の胎動に思わず後ろを振り返った。
(なんだ?)
視界の先で浮かび上がる光球が夜空を照らす中、空中のエブリシュカが夜空を紅く染める真紅の輝きを放っていた。召喚術式に詳しくないザウラルドでも、奥義たる完全現界でないことくらいは分かった。
「魂魄融合、ですか?」
「あん?」
聞き慣れない単語を呟いたのを耳が捉えた。
クロアの従える眷属によると、それはかつて封印された禁忌の術法によく似ているのだとか。
「なるほど。これが、これこそが彼女の術式の本領なのですね」
狐顔の口元に指を宛がい、クツリと笑うクロア。強敵の出現に歓喜し笑みを零しているようだ。
「…………」
超獣すら注視する魔力の高まりと赤光の煌めき。ザウラルドもまた、無言でそれを見詰めていた。
〇 〇
晦冥の空の下。爆炎に包まれたシャルディムを見て、エブリシュカはとりあえず留飲を下げた。
「フン」
以前、似たような事をされたので意趣返し。勿論、これで死ぬとは思っていない。この程度で死ぬようなら『血霧』などと綽名されてない。
敵に向き直ると七頭、赤竜の鎌首をすべて展開して魔法《赫灼の炎弾》でアガーシュラを爆撃。竜翼を羽ばたかせて空を遊弋、相手に的を絞らせない。
他にも、有角の偉丈夫や白猫の魔族、変態が近接距離で攻撃を加えているから注意が散ってエブリシュカに攻撃が全く届かなかった。
だが、いくら爆撃しても鋼殻にヒビは入らないし敵の勢いも衰えない。
そんな状況を一変させたのが、ナガルの絶技。後方で狙撃の機会を窺っていた暗殺者にアガーシュラが初めて明確な敵意を向け、彼に目掛けて地上の一切を挽き潰して驀進。
エブリシュカは竜翼で滑翔し追随しながら炎弾を叩き込み続ける。しかし止まらない。




