『真黎』の真骨頂
エブリシュカたちがアガーシュラに肉薄しているのと同時刻。
ナガルは一人、急勾配の断崖に陣取っていた。眼下には白亜の軍勢がその骸を晒し、溢れる白と緑が夜の草原を濁らせていた。
「さーてと。そろそろ準備始めますか♪」
嬉々として担いでいた狙撃銃のスタンドを立てて地面に設置すると、それに合わせて自身も這いつくばる。
「出ろ。ヴェリス」
ナガルが暗く沈んだ声でその名を呼ぶと、足元の影から影の精霊『陰獣』が姿を現した。
色は漆黒、体格は幼児並みで蛙と魚を合わせたような異形。膨らんだ腹には大きな眼球を抱える。背鰭が頭頂から背中を縦断し、蜥蜴の尻尾の先には掌のような鰭が生えていた。
陰獣は喰らった魂の影を、持つ能力を写し取る。つまり、形状は喰らった物に由来する。
どんな魂を食らわせ、どのような能力を身に付けさせ、どういう戦法を採るか。陰獣は暗殺者の個性が強く出る。
ナガルは陰獣を濃紺の狙撃銃に憑依させると、銃身が漆黒に染まった。竜種の生体金属を素材としているため、余り長くは定着させられない。
(ま、問題無いんスけどね♪)
全てを見通す『千里眼』と攻撃に無限の追尾性を付与する『凝視』の能力。それらが陰獣に取り込ませた能力。
笑みを浮かべて銃口と同じ方向のスコープを覗き込むと、見えない筈の上体がスコープの鏡に飛び込んで来る。
『千里眼』の能力で見通したいものは、相手の弱点。
ナガルたちは事前にジグから超獣の概要を聞いていた。
世界にあまねく《アニマ》を仮初めの身体としている連中に、本来は弱点というものは存在しないのだろう。
しかし、その一方でナガルは予測する。
(攻撃に一々魔力使ってんなら、繋ぎ留めてる《アニマ》に濃淡のムラが生じる筈っスよ)
それこそが急所、相手の弱点となってスコープの鏡に映る筈。
程なくして、鋼殻の薄い左腕の付け根、胸の脇の下。それがレンズ一杯に広がる。
(よし――――!)
これなら問題ない。但し、相手が超獣である以上、全力を尽くす必要がある。
そもそも、簡単に勝てる相手だろは誰も思っていない。ナガルは魔力を狙撃銃に通して陰獣と同調を果たした。
精霊は幻獣と同じく魔法が使える。影の精霊である陰獣に魔力で働きかけ、魔法の発動を指示。
陰獣の姿形によって使える魔法は異なる。ナガルの陰獣ヴェリスの魔法は《死の爪痕》。
振るわれる漆黒の爪に触れた者を絶命させる即死の呪詛。それを鋼殻製の弾丸に施す。
満を持して引き金を引く。《加速》の術式を施された銃口から放たれし漆黒の弾丸は亜音速の領域に達して闇夜を斬り裂く。
絶技《真黎の魔弾》
暗殺者が誇る一触即死の必殺技《奈落の一撃》と《死の爪痕》を掛け合わせ、限界まで加速させた絶死の弾丸。これがナガルの切り札だった。
六発の弾丸は立ち塞がる空気の壁を穿ち貫き、着弾地点へと猛烈な勢いで突き進む。『凝視』の能力があるお陰で、敵がエブリシュカたちの猛攻に晒されて大立ち回りを演じていても、着弾には問題ない。
銃弾はやがてスコープが映し出した箇所に吸い込まれ、乾いた音を立てて爆ぜた。
その瞬間、アガーシュラは全身を撓ませて空を仰ぎ慟哭。甲高い悲痛な絶叫が鼓膜に突き刺さる。
ナガルは堪らず長耳を両手で塞ぎ、鼓膜を守った。
「ふぃーーーーー。やってらんないっスよ」
誰よりも遠く、距離を隔てていたナガルでさえこれなのだ。至近距離に居て攻撃を加えていたエブリシュカやシャルの事など、今は想像したくない。
耳を聾する毒音波が止むと、状況に変化が訪れる。アガーシュラがナガル目を向けた。
(は――――?)
闇が広がる落ち窪んだ眼窩の視界に捉えられた。距離を大きく隔てているというのに、恐怖に凍り粟立つ皮膚が雄弁にそう語っていた。
巨木の両腕と大樹の幹のような四本の副腕、それと長大な尻尾を無軌道に振り回して冒険者たちを寄せ付けない。
敵を振り払うと次は百足の如く無数に生やした節足で足元の分身体を轢き殺し、地響きを立てながら迫って来る。
所々アガーシュラの体表が爆撃を受けているがまるで目もくれず、落ち窪んで闇に沈んだ眼窩はナガルを視界に捉えて離さない。
突き刺さる視線に総身が深く戦慄し、長大な質量が放つ重圧と本能的な恐怖が足を絡め取ろうと手を伸ばす。
「くっ――――」
蝙蝠の仮面の下で歯噛みしたナガルは脱兎のごとく逃げ出した。動かなければ、身が竦んでその場に硬直していただろうから。
『ちょっとっ 何、街の方に逃げてんのよ! バカなのっ⁉』
携帯している形代からエブリシュカのクレームが入る。
「んなコト言ったって。ってか、ちゃんと足止めしてくださいよっ これじゃ側面攻撃にならないじゃないっスか⁉」
当初の作戦と様相が違う。何故かは分かり切っている。
「だいたい、いつまで実力隠してるんスか? さっさと絶技でぶっ殺しちゃえばいいでしょ? どんだけ勿体付けるんスか。死ぬまで? ねえっ⁉」
『うっさいわよっ ちょうど今から本気出す所だったんだから!』
「じゃあ早くしろって話っスよ! いつまで待たすんスか⁉」
ぎゃぎゃあと形代越しに喚き合うことで何とか平静を保つナガル。巨体の移動に伴う地震に足が縺れそうになるのを堪えながら地を駆け全力疾走した。
(大将はよくもまあ、あんなのとガチでヤり合ってたなあ……)
大規模な破壊力と、超大な質量を伴って襲い掛かって来る時点で自分には無理。気合でどうにかなる次元の話ではない。
超獣相手に一歩も譲らなかったシャルの闘争心と異常性に感嘆し、畏敬の念を抱いた。
突如、漆黒の影が自身を包み込む。アガーシュラが跳躍して翻身。逆さ吊りの状態で上空からナガルを見詰めていた。口角を吊り上げ微笑を浮かべているように見える不気味な表情は、胃の腑が湧き立つほど不快だった。
「だああああっ クソッ!」
《潜影》で影と同化して沈み込む。その直後、超大な巨躯を大きくしならせて突風を巻き起こし着地。無数の節足が大地を穿ち地表が爆ぜ、舞い上がる土砂が礫となって周囲に飛散した。
視界を塞ぐ土砂の遮幕が下りると、ナガルの姿は消失。周囲を見渡すアガーシュラは彼を完全に見失っていた。
〇 〇
アガーシュラが激痛に苛まれて絶叫していた際、至近距離に居たクロアは耳をつんざく喚声に意識を飛ばしかけていた。
「ぐっ…………」
出血するほど唇を噛んで意識を繋ぎ留めるも、視界が朦朧として足元が覚束ない。堪らず妖刀を杖代わりにして踏み止まる。本体の叫喚は分身体にも有効だったらしく、周囲のそれらは軒並み失神して頽れた。
やがて収まると、致命打を与えたナガルの元へと駆け出した。彼が逃げた先にはイシャードがあり、人々が危険に晒される。
「いけませんねえ」
正直、街の損害とかはどうでもいいが、敵から無視されるのは少々矜持に傷が付いた。
どうやら自分は、相手にとってコバエか何か程度の存在でしかなかったらしい。
「後悔させてあげますよ」
血振りしてから納刀。殺意を漲らせ獰猛に笑うと、ジグに呼びかけた。
『憑依』。その身に人ならざる存在を降ろし、身体能力を向上させ一時的に霊格を昇華させる術法。
クロアは仙狐を憑依させる事で、自身の姿を変じさせた。
銀狐の半面が肥大化して白銀の毛に覆われ髭を生やして頭と同化、六本の長大な尻尾が後ろに伸びる。全身を白銀の毛に覆われた半人半獣の偉丈夫へと変貌を遂げた。
「ヴィレンヴィア」
妖刀に宿る怨霊を呼び起こす。霊体化し半透明状の長髪の女性が双肩に圧し掛かる。湧き上がる殺意と怨讐、そして殺人衝動。常人であったならそれらで気が振れ、狂人となり果てるが霊格を引き上げた今はどこ吹く風。平静を保つことなど、造作もない。
「さて。始めましょうか」
クロアは虚空を凝視する。吸血族特有の『魅惑』の魔眼で。
更に魔風を巻き起こして『蠱惑の香気』を拡散させた。
この二つはクロアが持つ先天性霊的形質で奥の手。それによって精霊に強く働きかける。
『憑依』によって霊格を引き上げた今なら、それが可能だった。




