晦冥の空へ
部屋をノックすると、すぐに開けて隙間からデカい図体を覗かせる。
エブリシュカはザウラルドに事情を話し、助力を要請した。
「腕は立つんでしょ? だったら協力して」
「……なんでオレが行かなきゃなんねえんだ?」
剣呑な眼差し。エブリシュカを射殺すような視線が全てを物語っていた。
もっともな話だ。仮に超獣を呼び付けてシャルディムが死んだとしても、それは自業自得。同情の余地なんてない。
だが不測の事態によって襲来した場合、この街にも被害が出る可能性がある。
そう考えれば、侵攻を事前に食い止めるためにも実力者は何人いても足りない。
「そりゃあ、もちろん。アンタが人助けのために冒険者やってるからよ」
「――――っ」
大きく目を見開く。やはりそうだ。エブリシュカは確信を得る。
『蹂躙の剛腕』の異名は、五年前の『大粛清』の時に聞き及んでいた。
それと、抵抗勢力に与していた冒険者の方が使命感に燃えていたのも知っている。
『権力や為政者におもねることなく、人助けを』
そんな高邁な理想を抱いたからこそ、為政者に与していた冒険者協会は都合が悪いとして大義名分を謳い、彼らを断罪した。
それ故に、ザウラルドを説得するために必要な言葉をエブリシュカは知っている。
「最悪の場合、この都市にも超獣の被害が及ぶかもしれない。だから、手を貸して欲しいの。アンタの能力で、みんなを守って」
助けて欲しい。それが、彼を動かすための言葉。
瞠目した後、眉間に皺寄せ瞳を閉じて黙考するザウラルド。彼の中で葛藤があるようだ。
急かすようなことはせず、静かにじっと見守る。
やがて、観念したかのように盛大に溜め息を吐くと、
「――――ったく。しょうがねえから、助けてやるよ」
「ええ。アンタなら、そう言うって信じてたわ」
勝った。誇らしげに胸を張り不敵に微笑むエブリシュカ。
「フン」
ザウラルドは鼻を鳴らして顔を逸らす。
一旦部屋に引っ込み、身支度を始める彼の部屋にエブリシュカも入室。妓楼の衣装を脱ぎ、先程部屋に戻って取って来た倉庫鞄から紫紺の法衣を取り出して身に付けた。
「なんで、ここで着替えるんだよ」
他に行け。鋭い視線がそう言っていた。
「男が一々細かいこと気にしないの」
時間が惜しいから仕方ない。腰に手を当て、豊満な胸を反らし態度で訴えた。
廊下を出ると、寝間着姿でうろついていたレティシアとリヴェーリアに出くわした。二人とも、緊迫した表情を浮かべている。さすがに異変に気が付いたようだ。
「どこに行くの?」
怪訝な表情のリヴェーリアが武装したザウラルドとエブリシュカを交互に見て尋ねる。
「ええ。ちょっと、オヴェリアの依頼でね♪」
柔和な笑みを浮かべ、端的に答えた。何でもない、と示すように。
「…………内容は?」
「悪いけど、内密にって言われてるの♪」
笑みを崩さず回答を拒否。あまり時間を取られたくない。
「あのっ」
「何? アタシら、急いでるんだけど?」
切実な顔のレティシアに、冷淡な表情のエブリシュカはつれない。奥歯をグッと噛み締めた少女は尚も食い下がる。
「先程から起こっている、神殿の異変。シャル君と、何か関係があるんですか?」
「さあて。どうだったかしら?」
視線を逸らし、うそぶくエブリシュカ。しかし、それが逆効果。
「やっぱり、関係あるんですね? シャル君はどこですか?」
詰め寄って来るレティシア。いい加減、鬱陶しくなって来た。胡乱な眼差しを少女に向けていると、隣の偉丈夫が割って入る。
「安心しろ。シャルディムなら大丈夫だ」
「でも――」
「問題ない。そのために、オレたちが行くからな」
決意に満ちた精悍な顔で断言するザウラルド。無言で見詰め合う二人。やがて、見下ろす彼が視線を切ると、エブリシュカを促してその場を離れた。
「絶対に、大丈夫なんですよね?」
どうか、彼には無事でいて欲しい。切実な祈りが込められた言葉。
「ええ、勿論」
「当然だ」
背中越しに答え、魔女と偉丈夫は祭壇へと向かった。
ザウラルドの招集に成功したエブリシュカは、舞台の上にやって来た。
皆既に甲冑など武装し終え準備万端なようで、気後れを感じさせる人間は一人も居ない。
それは、唐突に訪れる。夜気に包まれた穏やかなはずの空気が軋んだ。
「なんだ?」
プレッツィオが疑義を発するまでもなく、エブリシュカたちは夜空に生じる不穏な予兆に顔を上げて見入った。
「来るよ」
ジグが銀狐の半面からひょっこり顔を出し、空を仰ぐ。何が、は言うまでもない。全員が戦慄し、緊張が走った。
「まさか、超獣出現の瞬間に立ち会うことになるなんてな……」
冷や汗を掻くプレッツィオは動揺を隠しきれない。エブリシュカもまた、不安を掻き立てる空気の不協和音に心の余裕がない。
そして数分後。それは突如として現出した。
胴長で長大な尻尾を持ち、刺々しい無数の節足で支える白亜の巨躯。夜の闇に浮かぶそれは、遠く離れた舞台の上からでも確認できた。
アガーシュラ。ジグがその名を口にした。
「あれが、超獣……」
驚愕を浮かべるメルティナが戦慄する。双子やヤズフィリオは蒼白な顔で絶句し、声も出ないようだった。
遠くからでも十分に視認できる巨躯と威容。圧倒的な存在感が肌に伝わる。間近で見た時の迫力は如何ほどか。想像するだに恐ろしい。
「いいですねいいですねぇ♪ 愛のために全てを投げ出し、あまつさえ超獣までを利用するとは! いやぁ、全く素晴らしい! これぞ、愛ッ 無上なる愛のなせる業ですよッ!」
「なんか、いつになくテンション高いっスねえ。大丈夫っすか、頭?」
空を仰いで大笑するクロア。そんな彼に忌避感を抱くナガル。
そんな二人を他所に、エブリシュカたちは現出した超獣の動静を観察していた。
アガーシュラが何か、吐瀉物らしき白いものを地表に吐き出す。その後、吐き出した線虫のような生物を自ら喰らった。まずもって意味が分からない。魔物を吐き出したと思ったら、それを自分で食べるなんて。その論理はエブリシュカの理解を超えていた。
理外の存在。そんな考えが頭を過ぎった。
「アレって、倒せんのか?」
もっともな疑問。それを問い質したのはザウラルド。
「常世神や現人神とかじゃないと無理じゃないかな?」
答えたのはジグ。超獣との交戦経験があるのか、それらの言葉は確信を暗に伝えていた。
「だからさ。戦って魔力を消耗させて、この世界に留まらせないようにする必要があるんだよ」
つまりは遅滞戦闘の持久戦。見上げる程の巨体相手に。骨が折れる、どころの話ではない。
「…………ち、ちゃんと、無事に帰って来なさいよねっ」
「応援してるのですっ」
両拳を強く握り、声を張り上げ切実に訴えるソルベージュ。片やレドベージュは鼻息を荒げ、胸元で拳を強く握り締めた。
実力不足にふてくされるでもなく、激励の言葉をエブリシュカたちに投げ掛けて来た。その態度が心強い。
「はっ 誰に言ってるのよ」
「はい、勿論です♪」
「約束、ですにゃあ」
「仕方ありませんねえ」
「了解っス♪」
「フン」
それぞれが双子の励ましに応えた。
「よし。では、始めるとしよう」
咳払いをしたプレッツィオの指示に従い、エブリシュカたちは舞台の中央に集まる。
彼の小盾が三つ。三方から包囲し、それらを頂点に楔型の結界を展開。その後ろに別の小盾を三つ配し、アステリオスが全体の出力を底上げして準備完了。
『絶技』《八雷・尖鎗》。
電流が迸り、術式が発動。瞬くよりも早く、エブリシュカたちは晦冥の夜空に撃ち出された。
楔型の結界が漆黒の虚空を斬り裂き、猛然と突き進む。結界内は胃の腑が浮き立つ浮遊感に苛まれるだけで、慣性から来る圧迫は感じない。
加えて、眼下に広がる光景が闇晦に包まれ判然としないのもあり、高速移動している実感が湧かなかった。
再びアガーシュラに目を向けると、南に誘導されていた。
「あれ? 待って。このままだと――」
「狙いは逸れますねえ」
エブリシュカの懸念にクロアが同意する。
「ん? なんか、徐々に地面が近くなって来てないっスか?」
「ですにゃあ」
懸念事項がもう一つ、狙撃手として視力に優れるナガルから。未だ上空に居る段階だが、解るらしい。
「おい、どうすんだよ?」
「うっさいわねっ アンタも考えなさいよ、他人に聞いてないで」
ザウラルドの台詞はもっともだが、それが解っていればエブリシュカも声を荒げたりしない。
「とりあえず、飛距離を伸ばしますにゃあ」
ヴァイスが結界内にて、盾と一体化した大手甲を構える。魔力を解放し気を高め、やがて拳術を発動。エブリシュカたちは浮遊感どころではなく、結界の中で浮いていた。
水中に揺蕩う感覚よりも、もっと不安定。
というか、身体の質量を感じない。
「これは…………?」
メルティナが紺碧の瞳を白黒させる。
「無重力、ですにゃあ」
『七星拳技』。大枠の『気』ではなく星の《アニマ》に特化し、重力や引力、斥力などに働き掛ける拳術。
それが自身の切り札であると、ヴァイスは相好を崩しながら説明した。
その後、無重力状態の結界は飛距離を大きく伸ばし、村々を飛び越えて外界の森林地帯に到達。結界は平原に軟着陸し、ガリガリと地表を抉り削って減速。やがて停止し、結界が効力を失って解けた。
辺りを見渡せば、食い散らかされた白亜の線虫や分身体、その無惨な死体が打ち捨ててあるだけ。緑色の体液が散乱する酸鼻に耐えない光景が広がっていた。
「急ぐわよ」
エブリシュカの短い号令一つでパーティーは行動開始。
一路、アガーシュラ本体の元へ。
そこに、シャルディムも居るのだから。




