救援の算段
「シャルディム?」
怪訝な顔を浮かべるクロア。
「うん。それと、神気を解放してるね。アレは」
気が付けば、仙狐がベッドの脇に佇んでいた。確か、名前はジグ。ナハティガルナがそう呼んでいた。
それにしても、
「神気って、どういうことよ?」
聞き慣れない言葉について問い質すエブリシュカ。
「聖印を賜ったシャルディムは転生の時、僕ら仙狐の一体と魂魄を融合させた。そのお陰でより強くナハティガルナ様との魂の紐帯が形成され、魔力と神気を引っ張って来て展開することができるんだよね」
「ちょ、それって……っ」
とても破格な事だ。驚愕に目を瞠る。
神気を纏うことができるのは、それこそ十二仙のように常世神との強い結び付きがなければ無理。
英雄以外で常世神と強い紐帯を持つ人間なんて聞いた事がない。
そしてそれを神殿内で発現させているという事は、考え得るのは不測の事態。
エブリシュカにとってシャルディムのことはどうでもいいが、メルティナなど女性陣のことが気掛かりだった。
妓楼を後にし、竜翼を広げて夜の曇天を翔けた。クロアも屋根伝いにその後に続く。
「あれは……」
神殿から猛烈な速度で何かが飛び出していくのが微かに見えた。膨大な魔力の発生源。恐らくはシャルディム。メルティナの場合は光の《アニマ》を漏出させるのが大きな違い。
数分の後、神殿に到着すると敷地内へと侵入。舞台上に人が集まっているのが見えたのでそこに降下した。
「状況は?」
辺りを見渡せば、首のない死体が二つと鮮血に沈む斬殺死体が一つ。純白の巫女装束を血で汚し俯くメルティナに暗殺者の双子とナガル、白衣姿のプレッツィオ、それにヴァイス。
最後に青ざめたヤズフィリオ。
「姉貴じゃないっスか。妓楼の仕事は――」
「プレッツィオ。どうなってるの?」
下世話を口にするナガルは顎に炎を内包する赤竜で牽制。この場で最も聡明な人間に事の経緯を尋ねた。
彼によると、メルティナが斬殺死体に呼び出しを喰らい、それを指示したのは首なしの二人。
メルティナ気絶させられると、それを出歯亀していたレドベージュが拉致され、死体が斬殺された所にシャルディムが登場。メルティナを人質に取られ、身動きが取れなかった状況をナガルが狙撃で救援。
その後。レドベージュは救出され、シャルディムが神気を放ちナガルにこの場を預けて離脱。
そしてヤズフィリオとプレッツィオが到着し、双子がメルティナを起こして今に至る。
「おや。皆さんおそろいで」
遅れてクロアがやって来た。
「それで? どうするの?」
再びプレッツィオに尋ねる。ひとまず死体を片付ける運びとなった。
「……シャルは、助けに行かないんですか?」
「どうやってあの速度に追いつくんだ?」
メルティナの提案はプレッツィオに却下された。
「エブリシュカ……」
「イヤよ。なんでアタシが」
苦々しい表情で首を横に振る。前に殺されかけたこともあり、シャルディムのことは好きじゃない、というか嫌いだ。
そんなヤツの手助けなんて、真っ平ごめんだった。望みが立たれたメルティナは気落ちして顔を俯かせた。
かくして、男たちが手分けして死体を舞台から運び出す。
その間、バケツに水を汲んでメルティナや双子がブラシ掛けで血を洗い流した。
死体を火葬場に置いて来た男性陣が戻ってきた所で、今後の話し合いをする。
「ねえ。ブラッドヘイズって、何?」
「シャルとどんな関係があるのです?」
(ああ――――)
どうやらあの二人、血霧の名前を出したらしい。復讐相手なのだから、当然といえば当然。
「シャルディムの冒険者時代の綽名だ」
答えたのはプレッツィオ。
「そ、そういえば、元冒険者だと本人が言ってましたねえ……」
精彩を欠くヤズフィリオが首肯した。
「いいんスか? バラしちゃって……」
蝙蝠の仮面の下で懸念に顔を顰めるナガル。
「この期に及んで、まだ隠し通せると思うのか?」
プレッツィオの言葉に誰も何も言えなくなった。
「一言で説明すると、アイツは冒険者時代に方々から恨みを買って、復讐しに来る相手が後を絶たないんだ。くれぐれも、この事は他の連中に教えるなよ?」
彼が双子とヤズフィリオに睨みを利かせると、彼らは恐怖に身を竦ませながらも首を縦に振った。
「それで、例祭はどうするんだ?」
プレッツィオがヤズフィリオに問い掛ける。当日はあと三日後。今回の騒動の影響は間違いなく拭い切れない。
「……ま、まあ。今回はやるにしても、お客さんは、入れられないかと」
覇気のない声で呟く神殿責任者。それが妥当だろうと、エブリシュカも内心結論付けた。
「…………」
独り、メルティナだけが悔しそうに顔を顰めて拳を震わせる。
「そんなことよりも」
ここで注目を集めたのはジグ。銀狐の半面から半透明な顔を突き出す。
「このまま神気垂れ流しのシャルディムを放っておいたら、街にも被害出るんじゃないかな?」
「どういうことだ?」
真っ先に疑問を発したのはプレッツィオ。それを受けてジグがコクリと頷く。
「ナハティガルナ様の神気を、超獣が嗅ぎつけてやって来るんだよ。多分、シャルディムは超獣に復讐相手を、殺させるんじゃないかな?
」
自分では殺せないから。
「なっ――――」
戦慄が走る。それはとてもマズい。
詰まるところ、ジグの言いたいことはこうだ。
シャルディムは神気を垂れ流しにしてそれを超獣に捕捉させ、地形すら破壊する超常の能力でシェムヘドたちを殺させる。あくまで事故死を装う形。
ただ、彼らが村の郊外で待ち構えていて会敵した場合、村どころかこの街にまで被害が及びかねない。
一応、ナハティガルナが神殿を中心とした対超獣用の結界を施術しているので、陥落は容易ではない。
それでも、街に近付かれたら近隣の村は破壊し尽くされるし、そうなれば冬越しの食料の確保がままならなくなる。今は収穫の最盛期。時節的にも最悪だった。
「あんの、バカ…………っ」
苦虫を噛み潰したエブリシュカは一人毒づく。
「どうして、そんなことを…………っ」
思いついてしまうのか。青褪めて立ち尽くすのはメルティナ。
「それだけ、思い入れがあった相手なんだろ」
だから、思い詰めて独り暴走する。
プレッツィオは真剣な眼差しを晦冥の夜空の彼方に向けた。
「なればこそ。止めに行かねば、ですにゃあ」
ここへ来て傍観していたヴァイスが発言した。白猫の顔が自然と周囲の耳目を集める。
「だな。幸い、この舞台は発射台に丁度良い。上手くいけば、追い付けるかもしれん」
「本当ですかっ⁉」
プレッツィオに迫るのはメルティナ。少年を一人に居ておくのが余程気掛かりなのだろう、心配する様子が見て取れた。そんな食い気味の態度に気後れする竜人の青年は後ずさる。
彼は倉庫鞄から鱗状の小盾を複数取り出し、更に魔晶石を散りばめた大杖を構えた。
それから、雷を纏う黄金の牡牛を召喚。雷の精霊『アステリオス』。
「俺なら、ここから近隣の村の郊外まで射出してやれるぞ?」
この場の全員に目配せをして語り掛けるプレッツィオ。
「行きますっ」
「吾輩も」
「いいですねぇ」
メルティナにヴァイス。それからクロアまで名乗りを上げた。
「アンタら。最悪、超獣が出たとして、ちゃんと勝算はあるんでしょうね?」
エブリシュカは懸念を示すと、
「そんなの、やってみなくては判りません!」
「オイ」
以外にも、メルティナは無鉄砲だった。
「まあ、その時はさすがに本気を出しますよ。ええ」
「ですにゃあ」
自信をのぞかせるクロア。それに同意するのはヴァイス。
「…………ったく、しょうがないわねぇ」
腰に手を当て、肩をすくめるエブリシュカ。
「私たちも行く」
「なのです!」
思い詰めたように切実な顔で訴える双子。居ても立っても居られない。そんな風情を感じさせた。
「ダメだ。神殿で大人しくしてろ」
プレッツィオが待ったを掛けた。
「でも――」
「飛竜級ですらない雑魚は、足手まといなんですよ」
正論で切り捨てるのはクロア。
「――――っ」
「…………っ」
目を白黒させ鼻白むソルベージュと、悔しそうな顔を俯けるレドベージュ。
「心配しなくても、アンタらに頼るような事態にはならないから」
二人の頭をポンポンと優しく叩き、穏やかな声色で語り掛けるエブリシュカ。
「エブリシュカ殿の言う通りですにゃあ。お二人はどうか、朗報をお待ちくださいにゃあ」
胸襟を広げ、双子に肉球の付いた手を差し伸べるヴァイス。
ただ、保険として。あと一人、連れていく事にした。




