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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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妓楼の上客

 メルティナが呼び出されていた頃。エブリシュカは妓楼ぎろう『極彩蝶』に居た。

 密偵みっていとして情報収集をするに当たって、この店には事情を話して協力してもらっていた。

 ここなら趣味と実益を兼ねて活動にはげめる。そんな打算を働かせた結果だった。


 今日、エブリシュカが相手にするのは中々の上客だという。何でも、羽振りが良く女の扱いも雑な所がなくて他の妓女ぎじょからも好評らしい。

 ショートボブにした薄紅色の艶髪つやがみ豪奢ごうしゃに飾り立て、端正な顔に化粧を施し、あでやかな衣装をまとい客の待つ部屋へと入る。


「お晩でございます。今宵は――――」

「おや? 何故、アナタがここに……?」

「は?」


 恭しく下げた頭を上げれば、そこには銀髪を肩に垂らした真紅の瞳の美丈夫。クロアだった。

 ベッドでくつろいでいる彼は髪を降ろして上着を脱ぎ、はだけた肌着から胸元が露出していた。


「なんでアンタが……」


 眉間みけん皺寄しわよせ露骨に嫌な顔を浮かべるエブリシュカ。


「客だから、でしょうねえ」


 柔和な笑みを貼り付けねっとりとした声音。傍観者気取りの台詞がしゃくさわる。

 顔をしかめたエブリシュカは舌打ちすると、ベッドの端に腰掛けた。もちろん目なんか合わせない。


「いいんですか? そんなあからさまな態度を取って」

「気にしないで。アンタ以外にはやらないから♪」

「ああ。そうですか、それはよかった♪」


 おどけた調子の猫なで声。神経を逆撫さかねでする意図を見透かしたのか、相手は物腰柔らかく応じた。

 それがますます気に食わない。


(いや――)


 落ち着け。自分に言い聞かせるように瞑目して深呼吸。気を取り直し、再びクロアの方へ顔を向けた。


「で? 何の用?」


 ふてぶてしくぶっきら棒に。コイツは自分の血盟クランの女性をことごと惨殺ざんさつした男。油断してはいけない。

 背中の術式から竜を出す準備を整え、腰から伸びる小翼で浮遊できるよう、神経の末端まで意識を行き渡らせた。


「なるほど。ここで密偵みっていとして情報収集してたんですか?」


 首を傾げるクロア。会話の間が悪い。それがイラつかせ神経を逆撫さかなでする。


「だったら何?」


 敵愾心てきがいしんを露わに応じた。正直、誰かに代わってもらいたい。


「大分嫌われてるみたいですねえ。直接話した事など無いというのに。フフ♪」


 失笑し口元を抑えるクロア。何がそんなに面白いのか、エブリシュカには分からない。


「そもそも。好かれる要素がドコにあんのよ? この、女の敵」

「ああ。確かに」


 忌々(いまいま)しげに毒づく。それでも相手の余裕は崩れない。顔に貼り付けた笑みは不快で、心に波紋を呼び起こす。

 しかし、手を出し実力行使はいけない。ナガルを相手取って分かったが、竜級冒険者でも上位者ともなれば出し抜くのは至難の業。下手をすると自分が不覚を取りかねない。


 悠然と構えるクロア。エブリシュカはそのふてぶてしい態度が気に入らなくて不快に感じていた。

 緊迫した空気と重苦しい沈黙がねやの間を支配する。


「やれやれ。仕方ないですねえ……」


 溜息交じりのクロアが肩をすくめると、倉庫鞄ストレージから二胡にこを取り出した。

 ベッドの上に胡坐あぐらくと、弓を構えて弾き始める。

 長音を多用した、ゆったりとした曲調。澄み渡るような真っ直ぐな音調は、心の琴線に触れた。


 エブリシュカは妓楼ぎろうことを手習いしたからこそ分かる。安定した長音を弾き続けるのは、確かな技術が求められる。音の処理も一つ一つ手抜かりがなく聞き心地が良い。

 クロアの演奏は卓越していた。多分、シャルディムと同じくらい。


 清澄な音色を聞いていると、心がなごんだ。仙楽せんがく夜想曲ノクターンはまるで時間がゆったりと流れているように感じさせる。エブリシュカは瞑目めいもくして清聴にふけった。


 白雲が覆う空の下、山間を穏やかに流れる大河。その水面に船を浮かべ、船頭が黙々とかいぎながら悠然と進む。そんな情景が胸に去来した。

 終曲。最後の一音を弾き終え、余韻よいんが過ぎた後にゆっくりと弓を弦から離す。

 そして再び二人無言のまま、沈黙が静寂を連れ来る。


「…………ねえ」


 おもむろにエブリシュカが口を開いた。


「なんでしょう?」

「どうして、自分の血盟クランを潰したのよ?」


 自らの手で。手口は口が裂けても教えてくれないだろうから、理由だけ。

 どれだけクズな言い分を聞けるか、ある意味では見物だ。


「……あれは。私が私であるために、必要なことだった。通過儀礼、というヤツですねえ」


 真紅の視線を足元に落とし、穏やかな語調。言っている意味は、まるで要領を得ない。

 落ち着いた雰囲気から、煙に巻くという様子でもない。本当にそうとしか言いようのない、とでも言いたげな視線を送って来た。


「ああ、そう……」


 これ以上は詮索せんさくできそうにない。あきらめて肩をすくめた。


「逆に。アナタこそ、どうして密偵なんか引き受けたんです?」


 二胡を鞄に仕舞いながらエブリシュカにたずねるクロア。


「へえ…………気になるの?」


 珍しい。少しからかうように、距離を隔てる彼の顔を四つん這いの上目遣いで覗き込む。


「ええ。アナタの性格的に頼まれごとを素直に受けるとは考えにくくて」

「誰が性悪よ、失礼ねっ」


 柔和な笑みに嚙み付いた。その様子にますます喜色を深めるクロア。やはり性格が悪い。

 だが、それを今指摘した所で相手の思う壺。ここは華麗に受け流すのが正解。


「まあ、なんていうか。オヴェリアには駆け出しの頃、世話になったからね。その付き合いよ」

「恩返し、ですか?」


 少し違う。頭を振って否定。


「そうね…………興味、とでも言った方がいいかしら?」


 虚空を見詰め、昔日に思いをせながら。口から衝いて出るままに任せ言葉を紡ぐ。


「興味、ですか?」


 一体どこに。クロアの疑問ももっともだ。それを説明するには、まずは出会った当初の頃から話す必要がある。聴く気があるかをただし、彼の頷首の後、組んだ両手に視線を落としながら語り出す。


 エブリシュカはここより遥か内陸南部の出身。魔術師たちが権勢を誇り栄華を極めている山岳国家ソラニテ・ガレ。鎮護ちんごする常世神は『輝石きせき』のグラナティカ。

 エブリシュカが十五歳の頃。


 十歳の少女だった時節に引き取ってくれた魔術師の家系、アングラード家。それを没落させようと画策する魔術師を暗殺した後に高飛びして冒険者となった。

 当時エブリシュカは王宮魔術師の一角を担っていた。その実績を登録時に証明すると、最初から竜級ドラゴンランクとして厚遇された。


 引く手数多で事実、方々から仲間の勧誘が殺到。そんな折、不思議とオヴェリアが目に付いて興味の向くまま声を掛けた。それが彼女との邂逅かいこう

 彼女は血盟クラン加入を二つ返事で了承。クラン名は忘れたが、二年以上は在籍していた。


「その時のオヴェリアって、どこか思い詰めたような顔しててあまり余裕がない感じだったわ」


 とにかく強くなりたい。彼女は激烈な情念に突き動かされるように強さを求め、己が技量の探究をし続けた。そこには己を顧みない危うさがあった。

 それでも途中で死ぬことはなく、どんな魔物、冒険者なら誰であれ負けることはなかった。


 そうして五年前。竜級ドラゴンランクから幻獣級ファンタズマランクへと昇給した彼女は『大粛清』で戦果を挙げた後、故郷へ凱旋がいせん

 その際にクランを解散し、風の噂で十二仙への推挙が決まったことをエブリシュカは知った。


 それから月日は流れ三年前。神器の画面越しに再会した彼女は余裕のなさや表情の険が取れ、穏やかな人柄となっていた。

 まるで別人だったが、現在の気性が本来の性格らしく、エブリシュカは驚いた。

 次いで興味が湧き、彼女の密偵役の頼みを二つ返事で快諾し今に至る。


「へえ、そんな事があったんですねえ」


 唇に指を宛がいクツリと微笑するクロア。どうやら、興味が惹かれる話だったらしい。


「それよりアンタ。その眼、吸血族ヴァンパネラなんでしょ?」


 吸血族ヴァンパネラ。真紅の双眸と赤黒い翼を持つ種族。昔、召喚術について独学していた頃。濫読らんどくした書籍の一つに記述があったから覚えている。

 彼らはかなりの希少種で姿を見る機会は殆どない。それに、淫魔族サキュバスと違い背中の翼を完全に隠してしまえるので人間と区別がつかない。


「…………よく、わかりましたね」


 柔和な笑みがどこかぎこちない。触れられたくない過去のようだ。


「翼はないの?」


 自身の背中を指差すエブリシュカ。とりあえず、当人が嫌悪感を示すまでは話題を引っ張る。


「…………ええ。ありません。無いんですよ」


 少し間を置いた後、言いながらはだけた肌着を脱いでエブリシュカに背を向ける。


 クロアの背中には、確かに翼は存在しなかった。

 記述によると、地方によっては悪行が伝わり不吉の対象とされている場合もあるとか。

 振り向いたクロアが何か言いかけた時、神殿の方から大きな魔力の胎動を感じた。

 二人とも、反射的にそちらの方に目を向けた。


いつもお読みいただきありがとうございます。

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