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殺戮のケモミミヒーラー  作者: 西院玲璽
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孤軍奮闘

 分身がまとった甲殻はそれほど頑丈ではなく、一太刀ひとたちで致命傷を負わせられた。

 おそらく、通常時や精霊化(アストライズ)の時ではこうも行かない。神気解放であればこそ。

 仙狐せんこたちも火炎を吐き散らして牽制けんせいし、敵を近寄らせない。

 最後方が見えた頃。唐突に影が降って来た。


「上っ!」

 

 チーが鋭く叫んだ。形代かたしろで既に確認済みだったので雲鳥(モア)を跳躍させる。

 赤黒い巨大なとげが降って来た。鋭利な先端が地を穿(うが)つと周囲が爆砕。

 巻き添えを喰らった分身の残骸ざんがいや、飛散した土砂がつぶてとなってシャルたちを襲う。結界が発動しそれらを遮断。


「危ないっ」

「ッ!」


 とげの二撃目。空中で逃げ場がない。舞い上がる気流と反射の効果で僅かに逸らし、手綱を引いて身を仰け反り寸毫すんごうの差で回避することができた。

 しかし、お陰で四つとも術式が失効した。


 水柱のように突き上げて来る砂礫されき。負傷させたら待つのは死。咄嗟とっさに呪符を取り出し《遮蔽(プリヴェント)》で防御。

 くいを引き抜いて繰り出される三撃目。


 着地と共に《風迅(ブリーズ)》で加速し、再び跳躍。事なきを得る。背後に右手をかざし《反射(リフレクション)》の結界を展開して飛び散る礫は防ぎ切った。更に『爆炎符』で無理矢理加速。煙をおとりに時間を稼ぐ。

 白亜の軍勢を振り切った。仙狐たちも全員無事。これで――


 大魔法グランキャスト《鮮血に染まる磔刑のブラッディクルシフィクション》。

 アガーシュラを中心に発生する地震。大地を揺るがす震動がその場に足を縫い留め、白く刺々しいくいが音を立て、天を衝く勢いで地表を突き抜けた。広範な周囲一帯を円環状に杭で埋め尽くす。

 仙狐たちや雲鳥モアは成す術なく、直撃を受けて身体が宙に浮いた。


「みんなっ!」


 雲鳥モアの胴体を貫くくいを頬にかすめながら声を掛ける。しかし返答はなく、実体化を解いて宝珠だけが残された。

魔力を送って遠隔操作し、手元に戻して倉庫鞄ストレージの中に仕舞った。暫くは彼らも実体化できない。


「くっ……」


 増援は見込めない。自分から拒絶したから。実体化が解けるまで、アガーシュラの相手は自分だけ。


「それでも、やるしかない…………っ」


 歯を食い縛り、拳を握り締めた。えて口に出す事で自分を奮い立たせる。

 絶命した雲鳥モアを乗り捨て空中に身を投げ出した。靴の底面に結界を展開し跳躍、くいよりも上の空中に静止。まずはアガーシュラに取り付く算段を考える。


 白亜の杭はアガーシュラ本体を避けて広がっていた。大魔法を使わせないためにも、接近する必要があった。

風迅(ブリーズ)》を展開、《飛翔(ソアラ)》の術式を発動して跳躍、虚空を翔ける。


 本体を中心に形成された空白地帯には、剝落した鋼殻から分身体が発生しひしめいていた。まずはそこを目指す。

 アガーシュラは腕を振り上げると、シャル目掛けて振り抜いた。


「なっ――――」


 放たれた巨大なとげやりとなって襲い来る。繰り出されるモーションから危機を察知したシャルは、反射的に空中で回避機動を取っていた。

 風と音を斬り裂き飛翔するそれは、放たれてからかわしたのでは間に合わない。事前に起こりを感知し、軌道を読み切り、穿(うが)たれた瞬間には逸出していないと直撃するだけ。


 もう片方の腕からも射出。空中を大きく横っ飛びで逃れた。通過の際、頬撫でる風が破滅の恍惚こうこつへと甘美な誘いを掛ける。強く歯噛みし、気を張って誘惑を振り切る。

 しかし、脅威きょういは去らない。すでに生え変わった棘が三発目として虚空を穿(うが)つ。


 らず地面に着陸。突き出た杭の隙間を縫うようにして本体を目指した。上空に形代かたしろを派して観察し、投擲(とうてき)動作に入った瞬間に杭の頂上付近に跳躍し結界を展開し宙に静止。そこから跳躍して危機から逸出。躱した後は再び着地、杭の中に身を隠しながら移動した。


 ごうを煮やしたアガーシュラは再び跳躍。林立するくいの中へと飛び込む。着地の際、蛇腹の底部で自ら生やした杭を折り砕きながら降り立った。入れ替わるようにして宙に身を躍らせるシャル。尻尾を振るってくいを蹴散らしている間は静観。それが止んだら再び接近を試みた。相手から近付いて来たので、詰める距離は格段に減った。くいさくを抜け、分身体がひしめく場所まで辿り着く。


(もう少し――)


 赤黒い巨大なとげが風を唸らせ強襲。斜め上方に飛んで難を逃れた。ぜる土砂も振り切って疾駆。

 二撃目の投擲とうてきも空中機動で回避。途端に現れる巨大なあぎと。引き裂かんと迫り来る禍々(まがまが)しい牙。

 宙返りで上にかわし、翻って頭上に降り立つ。


(辿り着いた!)


 すぐさま上を仰ぎ見、再び禍々(まがまが)しい牙の群れが襲い掛かる。結界を足場に跳躍、右肩に避難した。

 長い尻尾を振り上げ、肩口に飛来。背中を急転直下に駆け下りながら飾太刀かざたちを振り回して斬り付ける。重厚な鉄塊を殴ったような頑丈さを、手応えとして感じた。


 断ち切れる気がしない。まさしく鋼殻と呼ぶにふさわしい堅牢さだ。ギリ、と歯を食いしばって折れかける心を奮い立たせる。

 アガーシュラはシャルを振り落とそうと仰け反ると、蛇腹の方に飛び乗る。


 上体が影を落とす下肢の方は、一軒家の広間よりも広い空間が回廊のように長く伸びていた。眼前に広がる屋根瓦のような白亜の鋼殻。小さく震えたかと思うと、分身体がいて出た。


「ったく、次から次へと……っ」


 生えて来た十を超える軍勢に、飾太刀かざたちを構え直して悪態をく。

斬り結ぼうと駆け出した瞬間、横合いからあの赤黒いとげが唸って迫る。人間の関節稼働を超えた節足の動きに加え、上体が天蓋てんがいとなって逃げ場がない。シャルは一か八かの賭けに出た。


(間に合え――――!)


 左手の釣り針を敵の背中に伸ばして跳躍。一瞬前まで居た場所を赤黒いとげが風を轟かせて通過。

 釣り針と太刀の剣先を鋼殻の隙間に引っかけて張り付き、棘は天井スレスレを走り抜けていった。


 閉所に吹き込まれた突風が暴れ回り、風防となっていた《風迅ブリーズ》が解けた。横殴りの暴風がシャルをなぶる。振り落とされまいと隙間に足を引っかけ、必死にしがみ付いていた。


 やがて風が弱まると、巨大な脇の下に鋼糸を伸ばして移動を開始。

 すると、上体を起こして猫背になった。まだ何かあるのか。仮面の下で怪訝けげんまゆひそめた。

 背中の四カ所が同時に隆起し、鋼殻がぼこぼこと泡を立てながら膨張。それを突き破って出て来たのは、新たなる節足と赤黒いとげ。腕が六本になった。


「なんだよ、それ…………っ」


 目をみは驚愕きょうがくして絶句。アガーシュラが背筋を伸ばしたお陰で足場が断崖絶壁だんがいぜっぺきと化した。容赦なく降り注ぐ赤黒いとげの群れ。らず空中へと逃れた。


 そうすると牙による咬撃こうげきと尻尾の鉄球も攻撃に参加。防戦一方で反撃する隙も暇もない。

 襲い来る一つ一つが絶死の致命打。目まぐるしい状況変化を《加速(アクセル)》の魔眼で対処。


 時間感覚が引き延ばされたせいで体感時間が倍増し、更に攻防の長期化を予期し意識が飛びかける。

 寸分の齟齬そごも許されない曲芸的回避の連続。踏み外せない。一縷いちるの如き繊細な死線の上を必死に足搔く。反撃の糸口が掴める気がしない。


(だったら――――――!)


 無理矢理にでも作り出す。『爆炎符』を数枚取り出し、正対して襲い来るとげあぎとに投げ付け爆破。

 右手をかざして《反射》の結界を展開、爆風で噴進。地表へ緊急避難。


風迅ブリーズ》、精度が落ちやすい略唱で術式を発動させ軟着陸。肩で息をし、人心地着きながら立ち上がった。魔眼の効果は解けている。

 総身が震え上がりそうな威容は未だ健在。立ちはだかる敵の強大さにめまいを覚えた。


「フゥ――――……」


 呼吸を整え、気圧されまいと太刀たちを構え柄を握る小指に強く力をめる。

 分身体が背後から強襲。襲い来るとげかわし、反撃に転じて一蹴。その隙を狙って本体が棘で刺し殺しに来た。


 至近距離での三本同時。《飛翔ソアラ》の最大出力で辛くも回避。着地した途端、尻尾の鉄球が地面を揺るがす。伝う震動が足を絡め取る。遅滞は致命的。降って来る頭部の牙が禍々(まがまが)しい。


(なら――)


 爆炎符を取り出して前方を爆破。その衝撃に右手をかざし、反動で襲い来る牙から逃げる。

瞬間、巻き起こる突風。アガーシュラが尻尾先端を支点にその巨体を急速旋回させた。


「――――――!」


 砂塵が舞い視界が死んだ。このまま留まっていては攻撃の殺到は免れない。そうなれば詰む。

飛翔ソアラ》の術式で身体を無理矢理地面から引き剥がす。上昇した直後、投げ出された分身体と鉢合わせた。


「しまっ――――」


 衝突しもつれ合う。見た所頭部が吹き飛んでいるので死んでいる。だが、無数の節足が絡まって引き剥がせない。


(マズい――――!)


 既に《風迅ブリーズ》の効果は切れていた。そして突如、暗い影が落ちる。尻尾の鉄球が振り下ろされた。


「がはっ」


 喀血かっけつ寸毫すんごうの差で棘だけは回避し、死体に遮られたお陰で鉄球の直撃を免れたが地面に叩き付けられ、めり込んだ身体がきしむ。内側を無数の針で刺されるような激痛が駆け巡り、魔力の解放どころではない。


 血の味と痛みに意識が朦朧とする中、振り上げた腕のとげがこちらを睨んでいるのが分かった。

 避けられない。諦観ていかんに目をつむりかけたその時、耳に飛び込んで来る爆発音。


(え――――?)


 思わず目をみはる。


「シャルっ!」


 メルティナの声を拾って耳が震え、自身の正気を疑った。しかし、近付いて来る足音が彼女の存在を雄弁に語る。


(幻なんかじゃ、ない――――!)

「メル――」


 死骸しがいごと爆炎に包まれた


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