超獣出現
零距離からの刺突なので、防御障壁が展開する暇もない。
「がはっ」
吐血。野太い刀身を無理矢理に刺し込まれ、激痛に苦悶の表情を浮かべていた。
そのまま横に薙いで致命傷を負わせる。内臓が零れる中、爆炎符を無理矢理そこに押し込んでから飛び退き、
「唵」
腹部を中心に爆散した。足先と頭部だけ残し、後は焼失。絶命は確認するまでもない。
《加速》の魔眼と《浸食》の右腕。
これらは保護観察中、自殺衝動と自傷行為が落ち着いた後に保護者が傀儡師に頼んで取り付けてもらった。
『ただ日常生活に支障ない物が欲しいなら、こんな所に来ないで欲しいねえ』
笑みを貼り付けながら、慇懃無礼な物言いで嫌味を口にしていた眼鏡女の姿が懐かしい。
シャルとしては、元に戻るなら何でもよかった。結局、傀儡師本人の要望を聞き、それぞれの部位に術式が施された。
そして精霊化の際、それらは体組織の一部として認識されて同化した。
故に魔力消費も少なく、術式を介さないお陰で発動も早い。癖が強いが気に入っていた。
「ほう。ヴィンセントを倒したか」
「っ⁉」
突如として声が聞こえた。足元に目を向ければ、《潜影》による接敵を許していた。
《奈落の一撃》が来る。しかし、加速中であれば難なく避けられる。
跳躍しながらの斬撃。体を開き背筋を反らして躱した先には、矢が放たれていた。
ゆっくりと流れる景色の中、寸毫の差で回避。風圧が頬を斬り裂く。通過した際、威力を殺さずそれを手に取り、軌道を逸らして攻撃を外した相手に投げ付ける。防御障壁はなく、鎖帷子を突き破って鏃は内臓に達した。呻きながらその場に頽れる。
「『血霧』………ッ!」
シェムヘドが憎悪を滾らせた表情で弓を番える。
大弓。剛弓よりも大きく、身の丈を超す長さを誇る射撃武器。
取り回しは容易ではないが、高い威力と射程を誇る。そのため、愛用する人間は多い。
矢が発射されたのを確認すると、射線を外しながら《風迅》と《飛翔》の術式を駆使して一気に詰め寄る。だが、上空から迫る敵に勘付いて空を仰いだ。
(有翼人―――?)
有翼人は主にここから北西部にある山頂国家、リザヴェルグに居を構えるものが多い。
ただ『事件』の際、警護の人間と戦う羽目になって何人か殺した記憶があった。
全身から憤怒と殺気を漲らせ、翼を折り畳み急降下して来る女槍使い。
《影縫い(シャドウバインド)》の苦無を彼女の影に差して動きを止め、そのまま接敵。
横合いから突っ込んで来るのは甲冑姿の侍。白刃同士が激突し火花が散る。
(次から次へと…………っ)
本当に鬱陶しい。シャルは奥の手を使う事にする。赤鬼の半面に憑依させていた鬼の霊魂を呼び覚まし、自身に憑依させた。
『鬼神憑依』。鬼をその身に降ろす事で尋常ならざる膂力を得る術法。
『精霊化』や通常時に使うと霊魂に引っ張られて冷静で居られなくなるが、神気解放で霊格が上がっているので今は影響を受けない。それでも、術式の多用はできない。
(一気にカタを着ける!)
漲る桁違いの力で鍔迫り合いから相手を押し込むその刹那。女吟遊詩人の矢が後方から奇襲を掛けて来たのでそれを掴み、兜をしていない侍の喉仏に鏃を突き入れた。
悲鳴が上がる中、双剣使いが上空から迫るも鋼糸で捕獲し首から地面に激突させて撲殺。
鍔迫り合いを解いて反撃に転ずる死にかけの侍をカウンターで斬殺。
呆気に取られているシェムヘドの両腕を斬り飛ばし、神気解放のせいで呪術が効かないのにも拘わらず執念を燃やす呪禁師に脇差を投擲。
障壁も空しく砕け散り絶命。シェムヘドに駆け寄ろうとする神官の女を爆炎符で爆殺。
女吟遊詩人は侍から奪った大太刀を投げ付け殺した。
最後に《影縫い(シャドウバインド)》で動けない女槍使いは飾太刀で止めを刺した。
回復術式で止血されたシェムヘドの右足を斬り飛ばして転倒させ、足蹴にしてから問い質す。
「他に残敵は?」
「どうし―――」
「他に残敵はと聞いている」
骨が砕けない範囲で踏み付け尋問。肺から空気が飛び出した拍子に咳き込んでいた。
相手が答える間にシャルは死んだ敵の内訳を数える。
神殿で殺した忍者と魔道士。ビルギットに殺されたと思しき三人。ヴィンセント。
それと暗殺者に、瞬殺した侍、双剣使い、神官。そして女吟遊詩人。
最後に女槍使いとシェムヘドを合わせれば合計十三人。小規模な血盟としては平均的な数字ではある。
「あ、忘れてた。ビルギットも居たんだったね」
途中で裏切ったらしいから見落としていた。だから十四人。
復讐目的だけで集まった手勢にしては充分だろう。
(しかし、反動が無いな……)
自身の手や身体を注意深く見渡し、そんな感慨に耽る。
普段から《加速》を使わないのは、反動が強いから。加速しているのはあくまでも思考だけであって、それに身体を合わせると相当な無理が掛かる。それは『精霊化』しても同じ。
だが、神気解放すると驚く程に反動がなかった。連続使用の反動から来る極度の疲労や虚脱感が全く窺えない。同じく身体に負荷が掛かる『鬼神憑依』と併用したのに。
(まだ、来そうにないな……)
戦闘が終わり、シャルは月明かりのない夜空を見上げる。未だに何の兆候も見られない。
「いやぁ、残念だよ。考え得る限り、最悪の方法で復讐してやろうと思ったのに」
「地獄に、落ちろ……っ」
殺意を漲らせた視線をシャルに突き刺し、怨嗟の籠った呪詛を吐く。
「ハイハイよかったね。魔物に食い殺されて死んでろ」
自分でも意外なほど感情の籠らない台詞だった。シャルは踵を返すと投擲した武器を回収し、魔晶石を散りばめた守護騎士の盾など、使えそうなものを奪った倉庫鞄に仕舞っていく。
そうやって使える物は全て利用して来たからこそ、今もこうして生き残っている。
回収の間、シェムヘドが呪言を大声で吐き散らかしていたが無視した。
「さてと。目ぼしい物は回収できたし、そろそろ――」
突如、空気が軋んだ。
何かの到来を告げるかのように、大気が震える。上空の暗雲の動きが不穏だ。
「な、なんだ…………?」
「おっ 来た来た♪」
これを待っていた。到来に少し胸が躍った。
「何をした……?」
戦慄の表情で疑問を投げ掛けるシェムヘド。
「お前がメルティナを利用しようとするから、考え得る限り最悪の方法を採ったのさ」
大気が蠢動する中、シャルは嬉々として語る。
「最悪、だと…………?」
「そう、最悪♪ 神気解放で神気を垂れ流しにして、呼んだんだよ。『超獣』を」
「なっ―――」
目を瞠り絶句。顔が恐怖に凍る。無理もない。そもそもアレには、誰も敵わない。
『超獣』。それは、魔物を超えた魔物。
竜より大きく精強で、幽鬼よりも神出鬼没。そして不死族のように何度でも蘇る。まるで自然災害そのもの。
事実、超獣の暴虐によって災害が発生し、それによって滅んだ国も長い歴史の中には存在した。
超獣がいるからこそ、人類の版図は未だこの大陸において三割程しかない。
故に、超獣の脅威から人類を守るために神殿は存在する。
超獣を殺せるのは常世神か現人神だけ。
だからこそ、人々は彼女らを信仰する。日々の暮らしの安寧を得るために。
《仙狐招来》で四体の銀狐を呼び出す。更に魔力と神気を付与する事で人間大のサイズからもう一回り大きく、騎乗しても差し支えない体格へと変貌した。
ドクン、大きな魔力の胎動を感じた。
現出の時は近い。銀狐の群れを引き連れ、乗り手不在の雲鳥に跨り《風迅》を施す。シェムヘドを遠目に眺め距離を置いた。
そして、何の前触れもなく出現した。
空から降って来る訳でも、地中から這い出る訳でもなく。
最初からそこに居たかのように、突如として。




