ビルギットの裏切り
人間を惨殺する事に何の美学も、愉悦も、葛藤すらない。
これが。これこそが、万人をして忌避する『血霧』の異常性なのだと理解した。
だからこそ、その翌日には街を離れた。
そうして去年、復讐の矛先が自分や友人に向けられた。『血霧』の居ない所で。
彼に関わったから、友人たちは殺された。
そう考えると、どす黒い怨念が胸に荒れ狂うのが分かった。そしてシェムヘドに出会い、復讐に与した。
だが誘拐の企てを知り、数年前の光景を思い出すと無理だった。
途端に冷静になり、説得を試みたが無理だった。仕方ないので自分だけ降りた。
誘拐の決行は今夜だが、『血霧』たちが来るまでは恐らくまだ時間がある。さっさと移動して村に入り無関係を装う。それしかない。
旅程は順調。進路上に魔物の姿は見られなかった。
しかし、敵前逃亡を許してくれる連中ではなかった。ビルギットは顔を顰めて舌打ち。
「………追手が、来てるの」
独り不平を零す。全くもって意味が分からない。どうしてわざわざ敵対しようとするのか?
雲鳥の足音は全部で四つ。だが、暗殺者が一人居るから油断はできない。
早駆け。雲鳥を全力疾走で追従させているためスピードは向こうが上。
こちらも全速力で振り切ろうと考えたが、前方で火球が着弾。瞬時に身体を倒して曲がるよう指示。飛散する礫と土埃を回避しながら陥没した地面を躱した。
その瞬間。雲鳥の脚部に火球が被弾。ビルギットは吹き飛んだ。
「…………っ」
驚愕に目を剥きながらも、投げ出された身体を空中で立て直して着地。虚空の彼方に居るであろう、敵を睨み付けた。
「まったく。どういう了見なの? シェムヘドは情報をバラさないなら見逃すって言ってたの!」
拳を握り締め声を張り上げるビルギット。
けれどそれで見逃す相手ではない。だが、こうやって抗議しておけば一人か二人は必ず会話に応じる。まずは敵の数を把握するのが狙い。
「シェムヘドは甘い。オレなら情報漏洩のリスクを排除しておく」
雲鳥を降りて近付いて来るのは瀟洒な鎧に身の丈程の大剣を持つ大男。名前はゲロルト。
「邪魔をするなら、殺す」
宝石を散りばめた煌びやかな鎧と大盾を持つ男はエメリヒ。
(よりにもよって、主力なの)
戦慄を覚えると同時に、彼らの未来の暗さを思った。
「笑えるの」
肩を震わせ、嘲笑を浮かべるビルギット。
「何が可笑しい?」
「これだけ統制が取れてない状態で『血霧』と戦うなんて、自殺行為なの。絶対に無理。諦めて帰った方が、まだいいの」
「言いたいことは、それだけか?」
ビルギットの侮蔑に対し、ゲロルトは静かな怒りをぶつける。
「もう十分なの。全員まとめて殺し尽くすの」
眼帯を外しながら倉庫鞄から取り出したのは、小柄な身の丈を超す大砲。
左手の義手を接続し、直接魔力を流し込める仕様。
『波動砲』。武闘家の『気』という概念に着想を得た武器。
《収斂》の術式を搭載したモーターを術式で駆動させ、吸気口から大気中の《アニマ》を収斂し砲身内に収束。魔力を込め《炸裂》の術式を付与し、砲弾として射出する。
更に――
(『魔眼』発動――――!)
ビルギットは両目に魔力を集中。そうすることで人造の魔眼に施された《鋼殻》と《疾風》の術式が発動。
見た物を鋼のように硬化させる《鋼殻》。
見詰めた場所に疾風を召喚する《疾風》。
《疾風》で波動砲の吸気口に送風し回転数を限界まで引き上げ、射出の瞬間に《鋼殻》で砲弾を限界まで硬化。青白い光の弾丸がエメリヒの構えた盾に炸裂する。
濛々と立ち昇る土煙が晴れると、透明で球状の防御障壁が展開されていた。
「さすがに硬いの」
散りばめられている宝石は恐らく宝珠。その数が八つであることを考えると、《八卦》の原理を応用しているかもしれない。そうなれば厄介だ。
『アレは防御障壁の死角を突くから、あまり意味がないの』
そんな台詞を彼に言った覚えがある。根に持っているのかもしれない。
砲撃を再開。今度は一挙に五発砲撃。それでも結果は同じだった。
「くっ」
頑丈過ぎて不愉快だった。『魔眼』があるとはいえ、これで四対一はいささか分が悪い。
反撃とばかりに妖術師から《爆炎》の燃え盛る火球が飛んで来る。
横っ飛びで回避すると、挟撃するようにしてゲロルトが肉薄して来た。
術具化させた右の義足に施した術式を展開。《炸裂》の術式を地面に転写。
迫る斬撃を飛び退いて躱す。その瞬間、設置した《炸裂》が起動。
相手の真下から爆炎が噴き上がった。降り注ぐ土砂をマントと掲げた大砲で防いだ。
攻撃の瞬間だったため鎧の防御障壁は作動しない。煙が晴れると、ゲロルドは両足を焼失していた。地に伏せ激痛に呻き声を上げる。
さすがに鋼殻製の鎧だけあって頑丈だ。爆発の威力を抑えているのもあるが。
地に伏した彼を相手妖術師の射線上に入れて歩み寄り、頭上に至近距離から砲口を向ける。恐怖に引き攣る口から小さな悲鳴が上がった。
「ま、待ってくれ……」
「イヤなの」
即答。問答無用で襲い掛かって来た手合いが、どの口で。両目の魔眼で侮蔑の眼差しを向けた。魔眼を併用しモーターを高速回転。砲身に《アニマ》を収束させる。
(ん? ちょっと待つの)
このままゲロルトを殺せば、彼の友人や肉親から自分が復讐対象にならないか? そんな疑問が頭を過ぎる。一方で、
(『血霧』に喧嘩売ってるから、問題ないの)
彼が殺した事になって、怨恨の矛先が自分に向くことはない。密かに内心、安堵した。
(ああ―――)
同時に理解した。そうやって殺人を偽装すれば、『血霧』にだけ怨恨と復讐が集約される。
おそらく、ビルギットと同じ考えを持った人間が自分の所業を『血霧』になすりつけている。そう考えると、あの獣人の少年が少しだけ不憫に思えた。
(でもやっぱどうでもいいの。それも含めて自業自得なの)
砲弾の装填が完了すると、躊躇う事無く引き金を引く。防御障壁は発動することなく、ゲロルトの頭部は無残にも爆散した。彼の名を叫ぶ誰かの声が聞こえるも、轟く爆音と舞い上がる土埃に掻き消された。
身を隠している間に《炸裂》を足元へ設置。
起爆させ、靴の防御障壁を使い反動で大きく跳躍。土煙に気を取られている間に落下し、展開された障壁に接地。砲口を押し当て連射。
その間、剣帯から脇差型のバレットブレードを抜刀。親指で撃鉄を引き起こし、六発の回転弾倉式のそれを六回、引き金を引いてから結界に突き立てる。
弾に装填されていた《炸裂》の爆炎が火を噴いた。
『フルチャージショット』。全弾纏めて一度に叩き付ける事で威力を限界まで増幅させる。
とうとう亀裂が走り、玉と砕けて結界が消失。落下の際、エメリヒの頭に砲口を押し当て体重を掛けて無理矢理首を曲げる。転倒時。可動限界を超えて屈曲した結果、頚椎捻挫で絶命。
狼狽するしかない淫魔族の妖術師を容赦なく刺殺。
敵陣中から後方へ砲身を構えつつ納刀したバレットブレードの弾倉を交換。追撃に備える。
やがて土煙と共に戦闘の狂騒が去り、暗夜に静寂が戻る。臨戦態勢を解き、安堵の溜め息を漏らした。
「まったく。義手義足な上、大砲使いだからって。舐め過ぎもいい所なの」
片脚を失って鈍った機動力については、対策しているに決まっているだろう。もっとも、ビルギット自身も右足の術具化は教えていなかったが。
魔眼に関しても「射撃能力を強化するためのもの」としか。それでも嘘は言っていない。
「いやぁ、素晴らしい。予想以上だ♪」
(は――――?)
発せられた闘気に反応して思わず砲を構えた。暗闇の中からやって来たのはヴィンセント。
「一度、戦ってみたかったんですよ。魔眼持ちとは♪」
嬉々として手甲の爪をかち合わせ音を鳴らす。
その口ぶりからも、見逃してくれるとは考えにくい。
(戦うしか、ないの)
魔力を展開し、魔眼に魔力を込める。緊張の面持ちで奥歯を噛み締め、再び戦闘態勢。今度はあらかじめ抜刀しておく。




